人魚皇子

けろけろ

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12.流刑

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 翌朝。
 俺はロージオを伴い、父である皇帝のもとへ向かった。さっそく話を切り出した所、既に父は人魚狩りの件を知っており、しかも――その情報は、かなり早い段階で伝わっていたようだ。
 鱗を揃えた俺に対し、父は一段も二段も高い玉座から視線を送った。
「トニアランよ、この件で何か言いたい事があれば申してみよ」
「恐れながら申し上げます、私は兼ねてより人間の研究をしており――」
 父が言い訳の機会を与えてくれたので、人魚狩りを引き起こしてしまった経緯に触れる。内容は『研究心がきっかけで人間と仲良くなり、その人間に協力した為に話が大きくなってしまった』とだけ。この期に及んで少しでもエドに害が及ばないよう努力する俺に、ロージオは口元を隠し、たぶん苦笑していた。
 そこに父の声が響く。
「……お前も儂を落胆させるか?」
 その発言を受け、俺は理解した。父は俺が語った以上の内容を知っている。どの程度か探ろうとした俺を無視し、父は数匹の女性型を呼んだ。彼女らは次々に証言する。それは数時間前に俺が危惧したものだった。証言している女性型は全員が昨夜襲われた人魚であり、その時に人間から吐かれた言葉を覚えていたのだ。『エド皇子が神である人魚を誑し込み、利用している』という、酷い侮辱を。俺は怒りを覚えると共に、人間の噂の恐ろしさを痛感した。
「父上、お待ちください! その情報には誤りがあります! 私はエド皇子に協力こそすれ、誑し込まれるなどと――!」
「……お前が夜な夜な出掛けておるのは、知っておったわ」
 何とかそれを誤魔化そうとしたけれど、父は俺よりも複数人の証言を信用する。思わず食い下ってしまった俺の肩を、ロージオは強く押さえた。それからロージオが監督不行届を申し出て、次の瞬間には父から意見を却下された為、俺への心証は余計に悪くなったかもしれない。
 父は俺たちをじろりと見てから、すぐに処分を下す。それはロージオが想定した通りの流刑。父の命を受け、俺は当日中に遠方の屋敷へ送られた。移動の直前に妹姫のナルネルに挨拶が出来た事と、屋敷にロージオが同行するのと、宝石箱入りの鞄が持って行けたのだけは幸いだった。



 流刑の地。
 そこは都より数時間離れ、海流が強く水も深く、海藻一本生えていない荒涼とした地帯。
 そこに、ぽつんと一軒だけ屋敷が建っている。
 その屋敷には俺とロージオの他に、身の回りを世話する侍女が四匹、それと父の付けた監視十二匹が住む事になった。この監視は三交替で働いており、俺とロージオの傍には二十四時間、必ず二匹以上の見張りが泳ぐ。その間、一切の外出は禁止。つまり完全なる軟禁状態という訳だ。
 その他にも、俺に対しての制限は存在する。俺とロージオは都に居る人魚との連絡が取れない。例え相手がナルネルでもだ。これは、かなり堪えた。そのせいで何の情報も入って来ない。俺はエドの安否が知りたく、気が狂いそうだった。
 それを何とか打開しようと、俺とロージオは侍女や監視の懐柔に励む。
 しかし、なんと全員が一週間後には都へ帰ってしまい、入れ替わりで新しい人員が配備された。懐柔は時間切れで失敗、その事実だけが新しい監視の人魚に申し送られ、今度は最初から警戒される。
 なるほど、父は俺の思考をよく知っていた。俺は父の本気を感じ、頭を抱える。
 この処遇は、禁忌を犯して他の人魚にも迷惑を掛けている身に、相応しい内容かもしれない。俺の命があるだけ、喜ぶべきかもしれない。だが、エドを気に掛ける事だけは止めようがないので、無意識に何度でも足掻いてしまった。
「……エド、お前は一体、どうしているのか」
 一歩も外に出られぬ俺は、窓の外を見てエドを想う。最後に俺がアドバイスをした時の戦況は良かったが、その後が気になって仕方ない。何故なら、敵が打ってくる次の手で一番可能性が高いのは、真っ向勝負の総力戦だからだ。
「……まさか、それに対してこちらも同じく迎え撃つのではあるまいな? 補給だ、敵の補給を絶たねば。別働隊の用意はしておいたが、それを上手く動かせるか? その間、該当地域住民は退避、わざと厳重に隠した様子の兵糧を残し、死なない程度の毒物を……もちろん、井戸にもだ。そうしなくては、こちらが疲弊してチェックメイトになる」
 ついうっかり、そんな事を口に出して考えてしまう。なのでロージオが、心配そうに俺を見つめていた。
 申し訳無いが、今の俺にはロージオを気遣う余裕すら無い。なぜなら、エドの行く末を考えれば考えるほど、俺の中での不安が増幅されてしまい、最悪の事態が起きたらどうすれば、どうしたら――そればかりを思っているからだ。
「……人間界では、捕まった王族はどうなるんだ? 単なる捕虜で済む訳が……まさか斬首か……?」
 想像しただけで俺の目から真珠が幾つも零れた。悲しい涙は流さない約束だったが、今だけは許して欲しいと脳裏のエドに訴える。
 一頻り泣いた俺は、涙を拾い集めて宝石箱に仕舞おうとした。エドが真珠を欲しがっていた為だ。
 だが俺は、宝石箱に入れる直前で思いとどまり、集めた真珠を窓の外へ放った。「悲しい涙はダメだよ?」と言っていたエドが、この真珠を喜ぶはずも無い。
 俺は宝石箱からエドの羽飾りを取る。これを着けていた姿が思い出され、嬉しいのか寂しいのか複雑な気持ちになった。
「エド……」
 持て得る全ての想いを籠めて、羽飾りに口づけする。いま俺の傍にあるエドの温もりは、この羽飾りだけだ。俺には、これしか――。
「……いや、違うな」
 羽飾りだけと決めつけた思いを、俺はすぐに否定する。なぜなら――俺の心には、じんわりと温かい愛が確かに在った。俺は本にも書いた通り、エドの愛を信じているのだ。そして勿論、エドの事を愛している。その存在を失えば、俺が俺と言う形を成さないのではないかと思う程に。
 俺はその日からベッドを窓際に移した。ここが一番エドと近くなれる。眠る時も起きる時も、ここからエドの無事を祈るのだ。そんな俺を、ロージオは優しく見守ってくれた。
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