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14.ご両親
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そこから数日。
開業後の輝は、今までよりも時間的にゆとりのある暮らしになった。それもそうだ、開業医はばっちりと診療時間が決められている。たぶん輝は今まで大きめの病院で働いていたに違いない。だったら普通の外来、入院患者への回診、時間外診療、救急外来、それらに纏わる夜勤などへの対応で忙しかったのにも納得できた。その証拠に「あの患者さん、どうしても入院が無いとなぁ……前の病院に診情書を持って行って貰うかぁ」などとベッドの上で独り言を呟いたりもする。これは輝の悪い癖で、クリニックはクリニック、プライベートはプライベートで完全に切り替えた方がいいと思うのだが。アドバイス出来ない私は自分にしか聞こえない溜息を漏らすしかない。
その輝だが、独りで自宅に居る時は私とイチャイチャするか、勉学に励むという生活を送っていた。大抵は寝室で過ごし、ベッドの前にノートパソコンを置いて、次々と論文などを読み耽っている。表情は変えないがご飯を食べるのを忘れる時もあるので、得る内容がかなり面白い、もしくは必要なのだろう。私は集中する輝の姿を見て、いつだったか医者になりたての頃「一生勉強に次ぐ勉強」と語っていたのを思い出した。そんな輝にコーヒーの一杯くらい淹れて、髪をくしゃくしゃしながら「頑張ってるな、でも休憩も必要だぞ!」と言ってやりたい。でも叶わないので、せめて輝の頑張りが実を結ぶよう応援してみた。
そんなある日、輝の携帯が鳴った。軽く通話を始めた輝だったけれど、時間を追うごとに対応が険しくなっていく。どうやら何かを断っているようだ。輝の携帯番号を知っているという事は、そこそこ近しい間柄だと考えられるので――愛想の良い輝が、ここまで突っぱねる意味は判らない。よく話を聞いてみると「母さんはいつもそうだ」や「これだから母さんには困るんだ」などと聞こえてきたから相手は母親だった。
輝はさんざん抵抗したが、最後は諦めて電話を切る。そして私に報告してきた。
「えーとですね。いま母から連絡がありまして。愛華さんにも影響があるので全て話します。うちの両親は父の定年後もミネアポリスで暮らしていたんですけど、やっぱり日本が恋しくなったそうで。問題はココから。気に入った終の棲家を見つけるまで、ゆっくり日本に滞在して内見をしたいと。僕はホテルを勧めたんですが、やれ料理したいとか洗濯はどうするとか……とにかくうるさくて。年寄りだから融通も利かない。両親の要求は、このマンションへ一ヶ月ほど住む事です。あれこれ言われるのが目に見えているので、ひっっっじょーに気が進みません。特に愛華さんについて何らかの事を言われたら、僕は年甲斐も無くブチギレる自信があります。というのも、だいぶ前から『結婚、子供』としつこいんですよ」
ここで輝は心底嫌そうな表情をする。こんな輝を見たのは初めてだ。
「僕は中三で愛華さんと暮らし始めましたよね。両親には愛華さんが大事なパートナー……恋人であると伝えてあったんですが、呪いや石像化なんて言ったところで理解されないのは判ってますから、死亡診断が下りても隠していました。『ミネアポリスまで連れて来い、一緒に食事しましょう』という両親の要求も、忙しさを理由に愛華さんの写真を送るのみ……なんて感じで、だいぶ断ってます。しかし、敵も然る者でして。日本に残した親戚を頼り、怪しい探偵まで雇って愛華さんが亡くなった事を突き止めた訳です。そこから『結婚、子供』が始まりました」
またまた輝が、醜いものでも見たような顔をする。現在の輝にとって、自分たちの考えを押し付けてくる両親は嫌悪の象徴なのかもしれない。
しかし私にはご両親の気持ちも理解できた。微妙な気分だ。
「さて、両親が来る一ヶ月間の過ごし方ですけど……僕たちがホテルに逃げてもいいかなと思ったんですが、フロントに掃除不要と伝えても、間違いで客室清掃係が入室してくるかもですよね。時間帯は一般の人がチェックアウトする辺りなので、十時頃でしょうか。休診日以外は確実に僕が不在です。客室清掃係はベッドメイクをしようとして、必ず愛華さんに触れます。万が一愛華さんを床に落として壊されでもしたら、僕のせいでホテルが大惨事になりますし……僕は思ったより嫉妬深いので、『街の便利屋さん』のみんな以外が愛華さんに触れるのは、指一本でも御免です」
そこから輝はぶつぶつと小さな独り言を開始。真剣すぎて怖いくらいだ。それを見守る事しか出来ない私の意見としては「一ヶ月間だけ新聞紙か何かで私を包み、クロゼットの奥に隠しておけよ」なのだが――退屈しないようにとテレビを見せたり、もはや何冊目か判らなくなったスケッチブックで近況を伝え続けたり、身体の関係を持ったり――という、私に意志がある前提で暮らしている輝としては、到底納得できない内容だろう。
輝は散々考えた挙句、二十四時間、寝室を結界で覆うと決めた。まぁ確かにご両親が無能力者なら近づけまい。この案が決まった後、輝の見せるご両親への態度は比較的だが柔らかくなった。
開業後の輝は、今までよりも時間的にゆとりのある暮らしになった。それもそうだ、開業医はばっちりと診療時間が決められている。たぶん輝は今まで大きめの病院で働いていたに違いない。だったら普通の外来、入院患者への回診、時間外診療、救急外来、それらに纏わる夜勤などへの対応で忙しかったのにも納得できた。その証拠に「あの患者さん、どうしても入院が無いとなぁ……前の病院に診情書を持って行って貰うかぁ」などとベッドの上で独り言を呟いたりもする。これは輝の悪い癖で、クリニックはクリニック、プライベートはプライベートで完全に切り替えた方がいいと思うのだが。アドバイス出来ない私は自分にしか聞こえない溜息を漏らすしかない。
その輝だが、独りで自宅に居る時は私とイチャイチャするか、勉学に励むという生活を送っていた。大抵は寝室で過ごし、ベッドの前にノートパソコンを置いて、次々と論文などを読み耽っている。表情は変えないがご飯を食べるのを忘れる時もあるので、得る内容がかなり面白い、もしくは必要なのだろう。私は集中する輝の姿を見て、いつだったか医者になりたての頃「一生勉強に次ぐ勉強」と語っていたのを思い出した。そんな輝にコーヒーの一杯くらい淹れて、髪をくしゃくしゃしながら「頑張ってるな、でも休憩も必要だぞ!」と言ってやりたい。でも叶わないので、せめて輝の頑張りが実を結ぶよう応援してみた。
そんなある日、輝の携帯が鳴った。軽く通話を始めた輝だったけれど、時間を追うごとに対応が険しくなっていく。どうやら何かを断っているようだ。輝の携帯番号を知っているという事は、そこそこ近しい間柄だと考えられるので――愛想の良い輝が、ここまで突っぱねる意味は判らない。よく話を聞いてみると「母さんはいつもそうだ」や「これだから母さんには困るんだ」などと聞こえてきたから相手は母親だった。
輝はさんざん抵抗したが、最後は諦めて電話を切る。そして私に報告してきた。
「えーとですね。いま母から連絡がありまして。愛華さんにも影響があるので全て話します。うちの両親は父の定年後もミネアポリスで暮らしていたんですけど、やっぱり日本が恋しくなったそうで。問題はココから。気に入った終の棲家を見つけるまで、ゆっくり日本に滞在して内見をしたいと。僕はホテルを勧めたんですが、やれ料理したいとか洗濯はどうするとか……とにかくうるさくて。年寄りだから融通も利かない。両親の要求は、このマンションへ一ヶ月ほど住む事です。あれこれ言われるのが目に見えているので、ひっっっじょーに気が進みません。特に愛華さんについて何らかの事を言われたら、僕は年甲斐も無くブチギレる自信があります。というのも、だいぶ前から『結婚、子供』としつこいんですよ」
ここで輝は心底嫌そうな表情をする。こんな輝を見たのは初めてだ。
「僕は中三で愛華さんと暮らし始めましたよね。両親には愛華さんが大事なパートナー……恋人であると伝えてあったんですが、呪いや石像化なんて言ったところで理解されないのは判ってますから、死亡診断が下りても隠していました。『ミネアポリスまで連れて来い、一緒に食事しましょう』という両親の要求も、忙しさを理由に愛華さんの写真を送るのみ……なんて感じで、だいぶ断ってます。しかし、敵も然る者でして。日本に残した親戚を頼り、怪しい探偵まで雇って愛華さんが亡くなった事を突き止めた訳です。そこから『結婚、子供』が始まりました」
またまた輝が、醜いものでも見たような顔をする。現在の輝にとって、自分たちの考えを押し付けてくる両親は嫌悪の象徴なのかもしれない。
しかし私にはご両親の気持ちも理解できた。微妙な気分だ。
「さて、両親が来る一ヶ月間の過ごし方ですけど……僕たちがホテルに逃げてもいいかなと思ったんですが、フロントに掃除不要と伝えても、間違いで客室清掃係が入室してくるかもですよね。時間帯は一般の人がチェックアウトする辺りなので、十時頃でしょうか。休診日以外は確実に僕が不在です。客室清掃係はベッドメイクをしようとして、必ず愛華さんに触れます。万が一愛華さんを床に落として壊されでもしたら、僕のせいでホテルが大惨事になりますし……僕は思ったより嫉妬深いので、『街の便利屋さん』のみんな以外が愛華さんに触れるのは、指一本でも御免です」
そこから輝はぶつぶつと小さな独り言を開始。真剣すぎて怖いくらいだ。それを見守る事しか出来ない私の意見としては「一ヶ月間だけ新聞紙か何かで私を包み、クロゼットの奥に隠しておけよ」なのだが――退屈しないようにとテレビを見せたり、もはや何冊目か判らなくなったスケッチブックで近況を伝え続けたり、身体の関係を持ったり――という、私に意志がある前提で暮らしている輝としては、到底納得できない内容だろう。
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