ニートの引きこもり、大好きなストッキングを重ね穿き!三週間風呂に入ってません!~異世界転生したら最強3K冒険者ストッKINGになりました~

けろけろ

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1.間接的死因:ストッキング

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 俺は叱られも褒められもせず、凡庸に育ってきた。なので入社したのも地元の中小企業。そこで一生骨を埋めるつもりだったが。
「草井くん……君はもっと頑張らなくちゃ、他の社員に置いていかれるよ!」
 これが新入社員研修で人事担当から言われた台詞。十分頑張っていたのに、これ以上を欲され、でも応えられなくて爪弾き。俺は部署への配属前に気づいてしまい、翌日から会社に行けなくなった。

 その後の俺は五年間、二十七歳の現在までニートを極め、トイレと風呂以外では自室から出ていない。床屋にも行かないので髪の毛は伸ばしっ放し。でもウザッたいから後ろで結んでいた。面倒ゆえ顔も洗わない。鏡を見ればブツブツした出来物が四、五個。髭は剃らなくてもいいかなという位に薄いが、毛穴は汚なかった。まぁ顔のパーツがことごとく中心に寄ってしまっている俺にとって、そんな問題は些細な事だ。
(前回の風呂の時に体重を量ったら、八十五キロだったなぁ……もう少し痩せれば、中心に寄っていたパーツが元の位置に戻るかもしれない)
 そうは思うが運動する気にもなれず。しかし、メシは三食しっかり摂る。時間になると部屋の外の廊下に置いてあるからだ。たまには「頑張れ、信じてるよ」なんていう父母からのメッセージも付いていた。応えられない申し訳なさよりも「社会が怖い」という気持ちの方が強い。一回だけ親戚のおじさんが家に来たとき「……どもっす……」しか喋れなかったので、コミュ障にもなっているようだ。

 そんな俺を慰めてくれるのは、ネトゲとストッキングだった。まぁゲームは楽しいから理解され易いと思うけれど、ストッキングは賛否が分かれる所かと思う。
 でも俺は社員研修中、OLさんのストッキングに憧れ――通販で入手し、その穿き心地に感動したのだ。それ以降、風呂以外では二十四時間ストッキングを五枚重ねて穿いていた。その方が感触を堪能できる。しかも風呂嫌いだから、俺のストッキングを穿いている率は高い。
(風呂か……何日入っていないかな?)
 ひーふーみー、と数えてみたら三週間だった。夏だけれど別に驚かない。一か月とかはザラだ。
 ちなみに、三週間もストッキングを穿いていると、結構な臭いになってくる。身体の臭さより酷い。
 でも俺はこの臭いが好きだ。臭いとついつい嗅いでしまう経験は誰にでもあると俺は思っているが、その真骨頂が穿き尽くしたストッキングだと感じる。まぁ俺が多汗症の脂症だからかもしれないけれど。

 そう考えていた時、コンコンとノックが鳴る。母親が夜メシを運んできた合図だ。ついでにドスンという音がした。
 俺は母親が去ったのを見計らってドアを開ける。そこには思った通りの夜メシと、それに加えて非常に大きなダンボール箱。俺のテンションが、めちゃくちゃ上がり――思わず夜メシをそのままに、ダンボール箱だけ部屋に入れてしまった。中身は安かったので、大量買いしたストッキングたちだ。このダンボールぱんぱんに入っていると思えば、うっとりした気分になる。
(今回は看護師さんを気取って、白も買ってみたんだよな! ああ、はやく穿きたい!)
 俺はカッターでダンボール箱を開けた。中には色とりどりのストッキング。お目当ての白も見える。
(やったぁ!)
 俺は欲望だけで、かなり埋もれている白いストッキングに手を伸ばす。そこでアクシデントが起こった。足場なんかを確認しなかったから、転んでしまったのだ。しかもダンボールの中に飛び込むような恰好で。
「うわーっ!」
 やれやれ、これじゃあ俺はストッキングまみれ。それも趣があって良いか、と思っていたら――いつの間にか、簡素な椅子に座っていた。目の前には事務机と、こちらも事務椅子に腰かけた四十代くらいの大仏パーマおばちゃん。周囲は暗くて、他には何も見えない。
(おかしい、俺はストッキングまみれのはず……なんでおばちゃんと二人っきりなんだよ!)
 俺が状況を理解出来ないでいると、おばちゃんが口を開いた。
「ようこそ、このクサル神の世界へ」
「くさる……しん?」
「そうよ、私は神! この世界を創りし者! ただ、最近この世界が荒れ気味になっちゃって。お肌の曲がり角かな?」
 クサル神とやらがそう言いながら、やけに長くて幅も広い抜き身の剣と鞘を取り出す。この剣、刀身だけでも百五十センチはあるんじゃなかろうか。俺の身長が百六十九センチだから、グリップの長さを入れれば同じくらいの大きさかもしれない。あと特徴を挙げるなら、剣の先が二枚に薄く割れている所か。俺は剣に詳しくないが、珍しいような気がする。
 俺の視線を奪っていた大きな剣を、クサル神が片手で持ち上げ、再び机の上に置いた。
「素晴らしい刃ね……千年ほど王宮の宝物庫に仕舞われていた業物、スメルズゼットよ。古代の未来兵器とでも言うのかしら」
「……それと俺に、何の関係が?」
「ゼン=クサイ、貴方はこの剣を扱う適任者なので、その死と共にこの世界へ呼ばせていただきました」
「死!? 俺は死んだのか!?」
「ストッキングのダンボール箱の中に転んでしまった時、打ち所が悪くて……即死だったわ」
「本当なのか!?」
「ゼン=クサイ。五年ほどニート。風呂にも入らず、ストッキングの五枚穿き。そして、夕食もそのままにストッキング入りのダンボールにダイブ――この情報、どんな存在が持ち得ると思う?」
 クサル神に微笑まれ、俺は自分が死んでいなさそうな設定を探した。
「高度なストーカー……か?」
「ゼンは五年も外出していないのよ! どういう出会いでストーキングされるの!?」
「……ス、ストーキングとストッキングはちょっと似ているじゃないか……」
「それ、言いたかっただけよね!? アホの子なの!?」
 クサル神がそう言うと、何もない空間に大型のモニターが現れた。映されているのは俺の部屋。俺はダンボール箱に上半身を突っ込んでいてピクリともしない。
「これは……」
「現在のゼンよ。このあと、夕食を片付けに来たお母さんが見つけて、大変悲しむのだけれど……見たいなら早送りしようか?」
 俺は何度も首を振った。すると、モニターがふいっと消える。
(ああ、コイツは本当に神なんだなぁ……つまり)
 何という事だろう。俺は本当にストッキングに埋もれて死んだらしい。ある意味、俺らしい死に様とも言える。
「まぁとにかく! 言葉やお金の単位、度量衡は日本と同じにしておいたから、研究者と協力して、最終的には魔王をやっつけてちょうだいね! その後は悠々自適に過ごすといいわ!」
「……聞きたいんだが、この世界にストッキングはあるのか?」
「無いわよ」
 俺はクサル神の言葉に衝撃を受けた。
「お……俺のストッキングライフが……いま穿いている五足で終わりなのか……? いっそ殺してくれ……!」
「お待ちなさい! ストッキングなら、こう……手を天に伸ばせば、一つずつ出てくるわよ」
「本当か!? では来い、白ストッキング!」
 クサル神の言う通りにした途端、俺の手にムニッとした感触があった。引っ張ると本当に白のストッキングが出てくる。
「やった!」
「あなたの手のひらだけ、元の世界と繋がっているの。ただし取り出せるアイテムは一種類だけ。これから私が固定するわ。本来なら食べ物とか水に設定するべきだけど、貴方の場合――」
「俺はストッキングがいい! 色だけでなく、柄や厚みも選べればなお良いが贅沢か?」
「その位は融通が利くわよ!」
「完璧だ!」
 俺がサムズアップしながら頷くと、おばちゃんは姿を消した。その代わりに何かが入った皮袋と靴、金髪の小柄な少女が現れる。
 その少女の背丈は百四十センチ台。豊かな髪はポニーテールに結い上げられていた。両翼を広げたような髪留めが可愛らしい。そして、肌は白く、珍しい事に瞳がアメジストの色をしている。その他の特徴としては、きょろきょろした視線を覆うように丸メガネを掛けているのと、色っぽいというよりは元気な感じのヘソ出しルック――あと、猫の足みたいな柄が入った靴だろうか。足裏には肉球もついていて、この少女が歩くと猫の足跡がつく。
 少女は俺の傍まで来て、頭を下げた。
「初めまして勇者さま! 私はチャーンカナール=モフと申します! 気軽にチャンカナとお呼びください!」
「チャンカナか、よろしく頼む。俺は草井全だ」
「クサイ=ゼン? ゼンさまでよろしいですか?」
「いいぞ、敬称は要らないが」
「ではゼン! さっそくスメルズゼットについてお話させてください」
 皮袋の隣には神が残した剣がそのまま横に倒れている。チャンカナはスメルズゼットを持ち、いきなりブンと振り回した。
「あぶねー! 何やってんだ!」
「私は古代遺物研究者、間合いなどは頭に入っています!」
 そういえば神が、研究者と協力してどうこう言っていたのを思い出した。つまりチャンカナは、神が遣わした俺の仲間という認識で良さそうだ。
 そのチャンカナが、俺に向かって剣のグリップを見せてくる。
「えっとですね、このグリップの部分の奥に起動装置がありまして……そこまでは判ったのですが、どうしたら動くのか不明なんですよ~」
「……起動装置? そういえば、クサル神が古代の未来兵器と言っていたが、単なる剣じゃないんだな」
「文献によれば、起動すると蒼く光り輝いて美しいそうです!」
「神は俺が適任者だと言っていた。ちょっと寄こしてみろ」
「はい!」
 俺はとりあえずで、滑り止めのような加工をされた大剣のグリップを握る。構えるように持ち上げたところ、小柄なチャンカナが振り回せるだけあって、とても軽い。まるで羽のようだ。
「重たいと思っていたのに、不思議な感じがするな……さすが異世界」
「スメルズゼットは、たぶん世界に関係なく軽いですよ! 他の剣は私が両手を使っても持ち上がらないです!」
「そうか……こっちの世界でも、その辺の感覚は同じか」
「ゼンはどんな世界に居たんですか!?」
「別に面白くもないぞ」
 俺がそう言った途端、チャンカナが身を乗り出してくる。
「私はこんなにワクワクするんですけどねぇ! ……でも、元の世界に帰れないと思ったら、それどころじゃないかなぁ……ゼンはいきなり異世界へ呼ばれたのに冷静ですね!」
「元の世界の俺が死んだのには驚いたが……ストッキングが俺を落ち着かせてくれた。そしてストッキングの取り放題、と来た日には……!」
 くくっと笑う俺。その一方で研究ノートを出すチャンカナ。
「そ、その、ストッキングとは一体!?」
「至高の靴下と思って貰えばいい」
「へぇ~……よかったら私にも一つください!」
「いいだろう。チャンカナもストッキングの感触を知れば――」
 そこに「まけぇ……」という重々しい声が響く。何かと思ったらスメルズゼットの剣先が、ガタガタと震えるように動いていた。
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