37 / 151
37<ギーニアス視点>
しおりを挟む―― 遅い
仕事の話を、するためにあいつの執務室を訪れた。仕事に関する時間には、厳しい奴だ。遅れることはあり得ない。だが奴は、約束の時間を過ぎても現れない。
奴の部下は、突然ギルドを飛び出て行ったとしか言わずにまるで役にたちやしない。
―― なにかあったか
苛立ちが頂点に達しそうになる手前で、奴の身に何かあった可能性を考える。
あいつは短期間で、権力を金を手に入れた。妬み恨みを、腐るほど向けられている。その力と金を手に入れるのに、あいつがどれだけ血反吐を吐く思いをしたかなんぞ悪感情を向てくる連中には関係ない。ただ自分が持ちえないものを、得ている。それが最大の理由だからだ。
―― 探すか
仕事に関しての約束時間を、守らないなどありえない。こないということは、何かしら面倒ごとがあったということだろう。
面倒くせえが、あいつには借りがある。
立ち上がり、ドアノブに手をかけようとした時だ。階下が、騒がしくなったのは。
壊す気か。そうツッコミを入れてやりたくなるくらいの勢いで、扉が開く。
そして血と泥にまみれた、焼けただれた皮膚のシーディスが飛び込んできやがった。
「おい……どうし」
「この子の治療をしてくれ!」
状況を確認する前に、腕に抱いたガキを俺に向けて突き出してくる。
そのガキと、こいつを比べればどちらが重症か判断がつく。どうみても重症なのは、シーディスのほうだ。
「お前のほうが、状態が酷いだろうが。お前が先だ」
「俺はどうでもいい! ……わかった。けど俺はある程度いい。頼むこの子を、死なせないでくれ……」
そこそこ長い付き合いだ。こいつは、俺の性格を知っている。だからだろう。
すぐに了承して、頭を下げてきた。
―― 別人じゃねえか
露骨に焦りの色を、浮かべている。自分が動揺しているのだと、相手に悟らせていることすら気に掛ける余裕をもたない。
腕に抱えるガキを、死なせないでくれ。そう懇願するように口にしたシーディスに、普段の面影などありゃしない。
この歳で商人ギルドの長として、立っている。商人としての才覚を、発揮し他国とも手広く取引をしている。
商人の世界では、いやほかのところでも若造と舐められる年齢だ。それでもこいつが、今の立場を維持しているのはこいつ自身の能力に他ならない。頭が切れ、冷静―― そしていついかなるときも、感情で物事を判断せずに、利益を追求する。
それがまるで、中身が入れ替わったといわれても納得するような変貌ぶりだ。
いったいこいつを、別人にしているこのガキはなんだ?
「依頼ってことで、いいんだな?」
「ああ」
―― 仕事だ
湧き出た興味を、押し込めた。興味の追及は、あとでもできる。
―― こいつはいつから、馬鹿になりやがった
治療を終え、ガキの治療もこなした。
そのあとに俺は、あいつに安静にしていろ。そう何度も、念を押している。そうでもしなければ、ガキの様子を見にベッドから動くだろうと予測できたからだ。
その予測通りあのバカは、俺の言葉を無視して気づけばガキの寝ている部屋にいてガキの様子を見ている。
―― さっさと目を覚ませ。面倒くせえ
治療を終えても、シーディスより軽傷だったガキが目を覚まさない。起きればあのバカも、おとなしく横になっているだろうに面倒なことこの上ねえ。
「おい何起きてんだ。寝てろといったろうが」
ガキのいる部屋の扉を開けると、またベッドの上にいるはずのシーディスが壁に背を預け立っていやがった。
「いいか、聞こえの悪い耳をかっぽじってよく聞け。治癒って言ってもな、かけりゃ全部元通り、全部なったことになるって訳じゃねえんだよ。
お前の体はいま休息を要求している状態だ。ベッドに戻れ。いますぐ寝てこい。行かねえなら、無理にでも、連れてくぞ」
「彼の状態は、どうなんだ」
人が親切にしてやった忠告なんぞ、まるで聞こえていない。そんな面をして、ガキのことを聞いてくる。
「人の心配ってのはな、てめえ自体に余裕ができてからするもんだ。じゃねえとされる方も迷惑なんだよ。覚えておけ」
「ギーニアス、俺は彼の治療をお前に依頼した。依頼主だ。お前には報告義務がある」
自分の状態も、まともに判断できない馬鹿―― それが一瞬で、いつものこいつに戻る。
「何度も言わせるな。俺が治したんだ。完璧にきまってるだろ」
失敗などしていない。外の損傷も、中のものも治している。
こいつが目を覚まさないのは、体が休むことを欲しているからだ。
それに一回も意識を取り戻さなかったわけじゃない。寝ぼけ眼で、瞼を開けてまた眠りについている。
だが随分とガキを、大事にしているらしいこいつにとっては完全に目を覚ます状況にならなければ不安が付きまとうのだろう。
この扉の向こうでは、いつものギルド長としての顔でいる。だがここに入れば、また別人に早変わりだ。気色悪くてしょうがねえ。
「あの野郎……」
いつものことだが、いるべき場所には馬鹿がいなかった。何度目か分からねえ溜め息を、ついてガキのいる部屋に向かう。
「よかった」
扉を開けると、目を覚ましたガキが無表情であいつを見下ろしている。感情の見えない顔だ。だが馬鹿のことを、案じているのが理解できた。
「よかねえよ」
ガキが目を覚ましたのはいいことだ。面倒ごとが、一つ減る。だが馬鹿が、ここにいることは良いことなわけがない。
おもわずツッコミを入れた俺に、ガキがまだ変わらぬ読めない表情をしたまま視線を向けた。
284
あなたにおすすめの小説
流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが
松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。
ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。
あの日までは。
気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。
(無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!)
その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。
元日本人女性の異世界生活は如何に?
※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。
5月23日から毎日、昼12時更新します。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
転生したが壁になりたい。
むいあ
BL
俺、神崎瑠衣はごく普通の社会人だ。
ただ一つ違うことがあるとすれば、腐男子だということだ。
しかし、周りに腐男子と言うことがバレないように日々隠しながら暮らしている。
今日も一日会社に行こうとした時に横からきたトラックにはねられてしまった!
目が覚めるとそこは俺が好きなゲームの中で!?
俺は推し同士の絡みを眺めていたいのに、なぜか美形に迫られていて!?
「俺は壁になりたいのにーーーー!!!!」
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる