恋のまにまに

羽元樹

文字の大きさ
上 下
7 / 22

銀髪青瞳の戦国姫7

しおりを挟む
 針の筵のような午前中が終わり、私と史華は教室から逃げるように屋上へと足を運んだ。
 5月上旬とはいえ直射日光は鋭く、クラスメイトの視線は心を抉るが、こちらは肌を抉ってくる。
 とりあえず、この直射日光を妨げる場所を探さなければ。
「…あ、あの、あちらのベンチはどうかな?」
 史華が指差す方向には、2脚並んだ4人座りのベンチが鎮座しており、屋上への出入り口の建物がいい感じに影を落としていた。
「……あの黒い弁当箱はなんであろう?」
「忘れていったのかな?」
 ベンチの先客である黒い弁当箱から少し距離を取り、二人で並んでベンチに腰を下ろした。
「史華、すまぬのう。わらわがキレたばかりに」
「い、いいよ!つばきちゃん、私への悪口に怒ってくれたんでしょ?…な、なんというか、嬉しかったよ」
「…すまぬのう」
 もう一度、謝罪を口にした。
 あの後は、女生徒たちから空気のように扱われた。ある意味、入院前と同じなのだが、以前は無意識に無視していたが、今回は意図的に無視をするのだ。同じ無視なのだが、明らかに違う。見てないくせに悪意だけは、しっかりと私を捉えて離さないのだ。
 無論、それは『私の仲間』と認識されている史華にも波及しており、居心地の悪さを味あわせてしまっている。
 ただ、浅井可憐だけは以前と変わらず、私の存在を忘れたかのように私へ意識を向けることはなかった。

 不思議な女だ。

 日に当たっていなかったからか、少しひんやりとしたベンチだが、それが返って心地よかった。
 私たちは膝の上にお弁当をのせ、昼食タイムが始まる。
「あ、あのね、こんなことを聞くのはデリカシーないと思うんだけど……戦国時代も人間って、こんな感じだったのかなぁ?」
「かまわぬよ。……そうじゃのう、変わらぬなぁ。所詮、人は人ということじゃろうのう」

 1560年頃の日本の都である京の宮中は、荒れていた。
 当時、近畿地方を支配していた三好氏により、将軍は追放され、すでに各地で戦乱の火蓋は切られていた。
 西は毛利、大友が、東は武田、今川、北条が勢力を伸ばしていた時代。戦々恐々とした空気が京を満たす。
 ある者は天下泰平を願い、ある者は下克上を願い…大名や武将たちの目は輝いていたように思える。
 常に戦という死と隣り合わせであるという状況で、こうも美しいのかと思ったほどだった。
 一方、帝様がおわす宮中の公家たちはどうだ。
 彼らより優れた頭脳で考える事は自らの保身と、大名からの利権、そして同じ公家や文官への妬み・嫉み・そして卑下。
 私の兄、近衛前久の勧めで長尾景虎さまへの輿入れを申し入れたが断られ、そんな事ですら、彼らは兄を卑下し、陰口を叩く理由としていた。

 どれだけ文明が進化し、年月を重ねようと人間というのは変わらないものなのかも知れない。

「…絶姫さんはどんな気持ちだったのかな」
「わらわとて記憶しか持ち合わせてはおらぬのでの。正確な気持ちはわからぬよ。じゃが、景虎さまとの結婚に固執したのは、京から景虎さまが連れ去ってくれると思っていたのかもしれぬの。真っ黒な思考という空気が満たす京から、真っ白な雪が舞う越後への」
 気配を感じ、半分ほどになった弁当から視線を上げると、そこには深朱が立っていた。
しおりを挟む

処理中です...