恋のまにまに

羽元樹

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銀髪青瞳の戦国姫10

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「私、人間が嫌いなの。今までだって人間とは関わらず生きてきたのよ」
「…人間が嫌いじゃと?」
 肩が触れるほど近くに立つと、言葉とは裏腹に避けるような素振りは見せなかった。
 彼女からの仄かに香るバニラが私の鼻腔を擽る。
「私は生まれつき心臓が弱くてね。ずっと病院に入院していたのよ。そのままでも私はよかったのだけれどね。日進月歩進化する医学は、それを良しとしなかった。結果、私は退院し、この学校に来ることになった」
 視線を再び窓の外へ向ける。
「…病室から見る夕日も、教室から見る夕日も、よく似て見えるのに。どうして、教室に差す夕日はこんなにも冷たく感じるのかしらね?」
「冷たいのはお主の人間に向ける視線ではないかの?」
「そうかしら?」
 自分が侮辱していることも気づかなければ、侮辱されていることにも気づかない。
 そもそも侮辱というものを理解しているのだろうか?
 生まれてから人間と接していれば、当然触れることのある感情である。
 これではまるで人間と接していないようではないか。
「……ふむ」
 私のリアクションにさした興味を示すわけでもなく、パーソナルスペースの侵入者に警戒をしている素振りもない。
 ハリネズミの針は私というカタツムリを前に機能を果たしていないようであった。
 まるで人間と接していない、じゃない。可憐は人間と接した経験が恐ろしく乏しいのだ。
「一言言わせてもらってよいかのう?」
「私に通じる言葉を話せるなら、構わないわよ。ただ、私、あまり人と話すのが好きではないので、早々に会話を終わらせたいところだけど」
 ゆっくりとではあるが、私へと視線を向ける。しかし、その視線は私の『方向』に向けているのであって、私を見ているようには思えない遠くを見るような視線だった。
 虚空と会話する可憐に、小さく言葉を口にした。
「お主は、人間嫌いではなく、人間を知らないだけではないかの?」

「……!?」

 虚空から、始めて私を見た。人間を見た。
「わらわの顔が見えるかの?わらわは、誰をみておるかの?そして、お主は誰を見ておるのじゃ?」
 いや、と言葉をつなげ。

「お主は誰も見ておらぬよの。動物のあだ名を付けるのも、人間として認識せずに動物に置き換えたかっただけじゃろう?」
 可憐は気まずさからか、視線を泳がせた。
「もしや、お主は人と接することを避けていたというより、機会に恵まれておらぬからではないかのう?」
「……そうね、そのとおりよ。で、私に何が言いたいの?」
 あまり触れられたくない話題だったのか、要件を急いだ。
「……なにも無理はせんでもよい。お主、スマホを持っておるかの?」
「…時代遅れな喋り方をしておいて、あなたより文明レベルが低いみたいな言い方はしないでもらえるかしら?」
 口調だけ聞くと不愉快そうに思えるが、その感情はやはり『無』に近い。
「さっさと出すがよい」
「汚い手で触らないでもらえる?私のスマホが粘液まみれになりそうだわ」
 差し出すピンク色のケースに入った可愛らしいスマホを手に取ると私は、問答無用にアドレスを開い…
「……申し訳ない、ロックを外してくれんかの?」
「ん」
 アドレスを開くと『ファーター』と書かれた外人さんの名前が一件入っているだけだった。
「えっと、このファーターさんは、彼氏さんでござりまするか?」
「…変な口調がさらに変になっているわよ?そうね………ドイツ語でいうパパ、という意味よ。私の母がドイツ人なの」
「ではの、なぜ父親だけで、母親がないのじゃ?」
 スマホを軽く操作し、可憐に返す。
「別に母親は関係ない気がするけど……で、カタツムリ、これはなにかしら?」
 そう言って、スマホの画面を見せる。そこには私の名前と連絡先が登録してあった。
「不快なら、消すがよい。可憐、人間も動物じゃ。人間のわらわと友達になってくれぬかの?」
「……人間すぐに変わると思ったら大間違いよ?」
「確かにの。しかし、わらわという例もあるんではないかの?入院前と退院後、結構変わったと思わぬか?」と、微笑む。
「……貴女は例にならないわ」
 スマホに映る私の名前をしげしげと長め、そのままスカートのポケットに入れる。
「話は以上?」
「うむ。以上じゃ」
「そ」
 無表情のまま私に背を向け、教室の扉に手をかける。
「…退院直後なんだから、今日は早くお休みなさい」
「うむ、かたじけないの」
「…では、また明日、ツバキ」
「じゃあの、可憐」
 夕日というのは、全く無粋だ。
 お陰で赤らめる可憐の表情を見れなかったではないか。
「うむ。帰って寝て…深夜アニメを見るために起きるかの」
 今日は私に二人目の友達ができた吉日。いい夢が見られそうだ。

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