新説 六界探訪譚

楕草晴子

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6.第三界

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 どっちだ?
 光はあたりが真っ白になるほど明るくきらめいた後、一気に収束していった。
 砂埃にせき込む。
 助かった…のか?
 光源のあったほうはほぼ変化なし。
 それに対して逆側は別世界になっていた。
 廃ビルと空地と低いビル群はなくなり、東京駅から延びる高架がアーチを介してそのまま続いているはずの場所が途切れ、えぐれた大地がのぞいている。
 まずいぞ。そのへんに紫の人とか人造人間とか緑の人とかMのあの人とかいるかも。
 一応確認。それっぽいのは…いないな。よし。
「コウダ、大丈夫?」
 ゴホッゴホッと数回繰り返した後、息を整えたコウダはとくにさっきと変わりなくしゃべりだした。
「出現率多いキャラクターだけど、ここで出るとはな」
 コウダも知ってたか。
「俺世代はリアルタイムだから。
 最近続きもやってるらしいし。
 リアルタイム世代が親になる年齢になってきて、親子両方をターゲットにすることで興行収にゅ…」
 そーゆー生臭い話やめて。
 コウダを睨むと、珍しくたじろいで黙った。
 今はいいじゃないかそういうの。あれ、面白いんだからさ。
 光源付近にあった人影は今しがたどこかへ飛び去って行ったわけだし、もうあそこは安全かな。
 それはそれとして、まぐれにしてもあれが当たんないとは。
 音楽の居眠りの時といいこっそり下駄箱チェックの時といい、ここしばらくついてるぞ俺。
 そう思った矢先だった。
 当たらなかった正確な理由は、後ろからやってきた二人の声が運んできた。
「そうなの? 大丈夫なの? それ」
「だって、教科書読んだらわかるじゃん。時間の無駄。
 下手な先生の説明聞くより、漫画でも読んでたほうがよっぽどいいよ」
 佐藤の声だ。
 おい、待てよ? 2回目だぞ!??
 動いていないと不自然だとわかっているのに、思わずコウダともども直立して固まる。
 ゆっくりと話しながらこちらに近づいているらしく、次第に声が大きくなる。
「え、じゃあなんで塾通ってるの?」
「ほんと言うと必要ないよ。世間体ってやつ。
 『塾行ってないけどできるボク』って、気取ってる感じするじゃん。
 家に金がないわけじゃないからそっちは大丈夫。
 親としても、『塾行かせとかないと勉強しないんだから』って、子供のいうこと聞かせられないフツーの親として周りに色々話せるほうが、お高くとまってるイメージ外せて便利だろ。
 実のところ父さんも学生の頃ってそんな感じだったって言ってたし。
 母さんが勉強勉強って人じゃないのも大きいよ。やることやれてりゃいいっていうね。
 先生は自分が気づくとこと見えるとこ、あと体面が大事だからさ。
 数字とその人たちが扱いやすいキャラ設定しとけば別にどうってことない。
 でも…塾でヤマシタさんみたいに色々話せる相手に遭えたのは予定外、だけどね」
 照れ臭そうに聞こえるトーンで締めくくる佐藤に、ヤマシタさん本人と思われるその女の子は男友達に対してじゃない笑い声と、もぅっ、とかわいい相槌を打った。
 なんにせよいろいろすげえなこいつ。
 才能持ち金持ち女連れ発言。
 特に最後のやつ、これ、付き合ってるってことでいいんだろうか。
 いいよね。女子と二人で並んで話しながら東京駅沿線歩くなんてイベント開催してんだからいいよね。
 武藤さんにほんのり気があるような発言してたけど、他にもキープしてる女子がいるとは。
 ここまであけすけに喋ってるのは『中』だからか。それともあの女の子が本命だからか。
 二人は俺たちに気づかず、仮に気づいててもスルーするくらいの勢いで喋りながら通り過ぎる。
 話し相手の女の子のセーラー服は、たしか隣の地区の中学の。清楚なつやのある黒髪で、長めのスカートに白いワンポイントが入った靴下がまぶしい。
 後ろ姿しかわからないけど、きっとかわいい。
 あいつらがいたからか助かったわけだし、こっちを見向きもしなかったことに感謝しないといけない。
 それでも感謝の気持ちが浮かばないのは、あれを見たらしょうがないってもんだろう。
 あの二人、カフェから歩いてきたんだろうか。
 東京駅の線路は結構ひどいことになってるけど、あっちは平気そうだったもんな。
 佐藤から目を離し、ひどいことになった方向に向き直る。
 …あれ。
 線路はちゃんとつながっていて、その手前が空地になっていた。
 地面もえぐれてない。高架下は工事中で緑の透けた幕が張られている。
 うん?
 コウダが、やっぱりサトウくん頭いいな、と言ったのが聞こえた。
 その表情を見ようかと思ったが高架の手前が気になる。
 漫画キャラなのはわかるけど、さっきまでいなかった。
 ロングヘアの女子高生と、その手に抱っこされたでっかい緑の芋虫が延々とキャベツをほおばっている。
 ひたすら食ってるだけに見えるんだけど、漫画だしなぁ。
 うん。安全確認を優先させよう。
 耳だけコウダに傾けた。
「カワトウさんのとき言ったこと、覚えてるか?」
 なんのことかさっぱりだ。
 芋虫は相変わらずキャベツを食っているが、もう3つ目に突入している。
「固定されるのは今見えているものだけ、と。
 ほんの数秒の間にも、人の考えは変わる。見ていない場所は、ある程度の整合性をもって変わって不思議ない。
 急に角から人が出てきたりとか、壊れたところが修復されるのもそうだ。
 今回は俺とお前が同時に目を離した隙に、高架下が変わった。
 こういう変化が速くなる原因は2つある。
 一つは本人が興奮していたり混乱していたりする場合。カワトウさんの時はどっちかというとこれを警戒していた。
 もう一つは本人の頭がいい場合。今回はこれだ。
 『頭の回転が速い』っていうだろ。頭がいいやつっていうのは、一瞬で処理する情報量が多い。
 前回はアンドウさん自身がリラックスしていたようだったからあまり気にしなくて良かった」
「工事の速度は別に普通に見えるけど」
 カーンカーンと何かを打つ音が高架から聞こえてくる。
 キャベツタイムは終わったようで、女子高生キャラは芋虫の頭を撫でていた。
 コウダは多少悩んでいるようだったが、意を決したらしい。
「どのみちこのままだとどっちにも進めない。死ぬかもしれんが博打打つぞ」
 反論する前にコウダは目をつぶり、同時に俺の目をその手でふさいだ。
 コウダの手が離れ、高架を見る。
 工事は終わって高架とその下のアーチができていた。アーチをくぐれば高架の向こうに抜けられる。
 さっきまでいた女子高生と芋虫は見当たらない。
 代わりに空き地にはブロック塀。
 その手前には、V字開脚して股の間に片手をおくというあられもないセクシーポーズの白い猫と、さゆりー、と声をかけてその猫に近寄る学ランの男キャラ。
 まじか。
 のどかな風景をよそに、佐藤はさっきと変わらず進んでいる。そのままゆっくりと歩いて小さくなっていった。
「よし! 現実との乖離がありすぎるところだけ戻っている」
 あれ? コウダ、軽くガッツポーズしてるとこ悪いけど、それって、
「あの佐藤、カフェから歩いてきたんじゃなくて、同じような理屈で突然出てきてるってのもあり得る?」
 コウダは一瞬押し黙った。もしかして今気づいた系?
「…そうだな」
 現実って一体。
 佐藤が歩いていく先を見ると、見渡す限りだだっ広い平原にキャラクターがひしめいている。
 ここから見える範囲ですらもう危ない。
 学ランの恐らく中学生キャラが『食らいやがれ!』と言いながら鉄砲を撃つようなジェスチャーをしてサングラスマッチョキャラに光る何かを放っていたり。
 ちょっと手前では、アメコミヒーローっぽいマッチョが何かのモンスター的なのと戦っている。
 様子を見ていた小柄な中学生と思われる天パーの彼は普通に日本のマンガのキャラっぽいけど、メモを片手に手を動かしながら、目線は目の前の光景からほとんど外さず、流石本家だ画風が違う! と大興奮。
 線路の上を見ると、走り抜ける新幹線。
 初めて現実の、普通の動くものが出てきてほっとしたのもつかの間。
 その脇を、でかい黒いロボットと、多分同じくらいの大きさで白くて胸に警察のマークを付けたロボットが走ってきた。
 両方とも頭部――人間だと耳がある位置――から、ウサギの耳のような角のようなものが生えたデザイン。
 黒いロボットは止まらないまま平原に降り立ち、警察のロボットを挑発しているようだ。
 パトカーの拡声器から投降を促す声が流れているが聞きそうもないそれに、警察のロボットはとうとう追いつき、二機は機械同士の殴り合いに入った。
「進めないね」
 さっきの光源だったところはヘリポートになっていた。
 ヘリはすでに宙に浮いている。
 つるされたロープのはしごを上って乗り込もうとしているのは若い男のキャラ。
 完全武装してる。でも年齢は多分俺よりちょっと上くらい。
 はしごに足をかける直前まで、誰かを殴っていた。
 周りに倒れている男たちがどっからどう見ても軍服なのでだいぶやばそう。
 これ、進む先の選択肢がもう高架下しか残ってないんじゃないか?
 思った瞬間案の定。
 はしごの中腹より上に男のキャラが来たその時、速やかにもう一機ヘリが飛んできた。
 降り立つ気配がない。グレー寄りのグリーンの機体の両脇には筒状のものがついている。
 あれってなんか発射できるやつなんじゃ…。
 もうお約束だった。ヘリの横にくっついている筒の先が光る。
 またかよおおぉおーー!!
 コウダと二人で多少でもヘリより遠い高架下に向かって倒れこむと同時に爆発音が響く。
 それに混ざってオミナエーー!! という叫び声が聞こえ、爆撃音が静かになった。
 起き上がって元見ていたほうを見る。
 若い男のキャラはどうやら無事だったようだ。飛び立つ機体の入り口から自発的に足が奥へと消えた。
 すでに遠い。
 もつれあうようにここから離れる方向へランダムに赤いまたたきを放ちながら両機は飛び去って行った。
「くそ。本当に高架下しかないのか」
 コウダが示唆したその高架下だった。
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