新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
56 / 133
7.箱庭の檻

6

しおりを挟む
 『あら、こんにちは』
 『こんにちは』
 挨拶だけして脇を通り過ぎる小学校1年入学ほやほやの帰り道。
 角を曲がったところだった。
 『あれ? 相羽さんとこ同居してた?』
自分の名字が聞こえだし、何となくその場で聞いてしまったのがいけなかった。
 『かえってきたんだって』
 『かえってきたって…あそこって一人息子じゃなかった?』
 『別れたんだって』
 『えぇ!』
 『あんな小さい子いるのに?』
 『奥さんとこに婿養子で入って、お舅さんと合わなかったんだってさ』
 『じゃ奥さん、旦那じゃなくて親取ったわけ? うわぁ』
 『薄情っていうとあれだけど…なんていうか…ねぇ?』
 『だぁ~って奥さん、跡取りだもん。ほら、あの…あっちの裏のさ、なんてったっけ…そうそう、蓮沼さん。
  あの人の縁続きで、どっかの中小企業の社長さんなんだって。蓮沼さんご自慢のご親戚みたいよ』
 『なーる。じゃ実家出ないわな』
 『でもそもそもさ…あそこんちの息子さん、そういう感じ、なかったじゃない?』
 『あーわかるわかる。むかーし何かのとき出てきてたけど、シャチョーって感じじゃないよね』
 『なんかこう、ひょろーっとしてて、いっつもぶすっとしてねぇ。挨拶くらいはするけど』
 『うち、兄が同級生なのね。「喋んないし何考えてるかわかんない」ってよく言ってたもん』
 『にしても子供まで追い出したんだね奥さん。大きな声では言えないけど、すっげー』
 『あれ? じゃもしかして今無職で親のスネかじって子育て中? それも』
 『『すっげー』』
 『やだ、ハモってるし!』
 『お爺ちゃんの年金と家かあ。家は純粋に羨ましいわ』
 『じじばばは一長一短だもんね~』
 あのとき話の内容はしっかりとは分からなかった。
 でもだいたい雰囲気で分かった。
 親父と母さんとじいちゃんの悪口だって。
 そこから先はもう聞かなかった。
 真っ直ぐ家に帰って、部屋にランドセル置いて。
 どうした? とじいちゃんに言われたけど、なんでもないと答えた。
 なんでもなかった。
 怪我したわけでもないし、言われたことに傷ついたって感じでもない。
 井戸端会議が大嫌いになったのと。
 つるんでワイのワイのとするのが、もともと苦手だったけどますます嫌になったのと。
 しゃべるって怖い事なんだと思ったのと。
 そのくらいだった。
 そういえばこれって武藤さんの凄いところでもあるかもしれない。
 あんなに強い言葉を常に投げ続けることができる。
 佐藤が俺の時々いう言葉をなんだかんだ言ってたけど、たかだか一言。それもすみっこ属性の俺のだろ?
 そんなんより武藤さんのお喋りからの被弾者が絶対多いはず。
 弐藤さんがああいうメンタル最強タイプじゃなかったら登校拒否になってても不思議じゃない。
 佐藤にしたって、もし弐藤さんが本気で嫌がっていそうだったりしたら、多分よく喋ってる人間として武藤さんをそれなりに止めるんじゃなかろうか。
 ああ、武藤さんも佐藤の前ではそんな素振り見せないから、佐藤的にはそこまでと思ってないのか?
 どっちみちその関係に関して俺のポジションはあくまで外野。
 佐藤曰くの逃げ上手として、人並の罪悪感もありつつ他人事だった。
 それが誰かを傷つけることがあるのも分かってる。
 でも、俺も俺の身の安全が一番大事だ。
 そして一言の威力の大きさとくらべたら無言はちっちゃい。
 前からそうだったといえばそうだったけど、佐藤の『中』を見てつくづく佐藤みたいな目立つタイプじゃなくてよかったと思うようになった。
 あんな風に能力があって見た目とかいろいろある奴の一言は俺の一言の何倍も威力があるんじゃないだろうか。
 一言出すだけで責任重大っていうか。それがトリガーでなんか起ったら、良くも悪くも全部佐藤が、って事になっちゃいそうだ。
 一言出さなくたってあいつの存在自体、というより、いろんなことに対して『あいつはそれができる』って事自体がいろんな奴のプレッシャーになってる気もする。
 田室と鶴見なんてーー『中』では佳境にでてきたからモブっぽくさらっとしてしまってたけどーーその苦悩は計り知れない。
 勝負事なんてなく、勝負すること自体なく、良くも悪くもだらっとまったりしたメンバーで恙無く過すことに長けてる身としては、そういう圧についても外野だった。
 自分と誰かの関係性で悩むことそのものがあんまないっていうか。
 悩む関係作ってないっていうか作れないっていうか。
 なんでほにゃららなんだろう、みたいな、『ほにゃらら』になり得る要素がそこにない。
 あえて言うならなんであいつらとつるんでんだろう、になるのか。
 でもそれって答えがはっきりしてる。
 なんとなく、だ。
 そしてそのなんとなくを細かく分析するとなんか出てくるかもしれないけど、やる必要ないよね。
 今日常困ってないわけだし。
 そういうんじゃない系の『ほにゃらら』ならいっぱいある。
 なんで『田中は18禁のエロ本買ってる』んだろう。
 なんで『四月一日は佐藤と上手くやれる』んだろう。
 なんで『悪口言う』んだろう。
 なんで『矢島はあんないつも元気』なんだろう。
 なんで『親父離婚したのに母さんと仲いい』んだろう。
 なんで『武藤さんはあんなキツイ』んだろう。
 なんで『今親父と話すとじいちゃんが死ぬ前と違うと思う』んだろう。
 なんで『安藤さんの「じっさいまひろくんのほうが足速いんだから」が忘れられない』んだろう。
 なんで『安藤さんの「中」で聞いた曲、吹奏楽部は練習してなさげ』なんだろう。
 なんで『エーレッシャさんは魅力的』なんだろう。
 なんで『あの日の後オムライスのタイミングがない』んだろう。
 こんななんでの連続の中にちょっと前まであったののいくつかは、『中』で解消された。
 安藤さんにはバレてた。
 佐藤のモテる秘訣は、なにもかもコミュ力含め色んなとこの出来が違うから。
 安藤さん×佐藤のカップリングはなさそう。
 大人だなーとか思ってた二人共、それなりに楽しんだり中二だったりイライラしたりしてるっぽい。
 コウダを介して裏口から入ったのはそうだけど、口頭で聞けない身としてはいい方法でスッキリした。
 向こうも俺と喋る必要性ないし、あったとしても別に喋りたかないだろうし。
 利害の一致? 違うな。
 ウィンウィン? うーん。
 まあいいか。
 どっちかというと、安藤さんの『中』でかかってたあのBGMのタイトルが気になる。
 調べる気まではないぞ。あくまで分かったら、だ。
 そしてそれ以上に重大なのは。
 いつになったらTHE☆オムライスの機会に再び巡り逢えるのかということ。
 今日も鶏肉全般高かった。隣に並んでた豚挽肉が買いだったからかなぁ。
 あのとき以降タイミングがないという。
 やっぱツキを佐藤の『中』などなどのタイミングで全部使っちゃってるのか?
 …だめだめ。
 明日決行日だし、雑念はもう払っておこう。
 佐藤の『中』では安藤さんの『中』でよりもマシにやれたと思う。
 今度の『中』もあの調子で行けるようにしたいから、今日は早く寝る。
 でその前に、今晩は挽肉・卵・インゲンで三色丼。
 まずこれを味わおうじゃないか。
 うん。そうしよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

夫に君も愛人を作ればいいと言われましたので

麻麻(あさあさ)
恋愛
「君も愛人を作ればいい」と夫に言われたので売り言葉に買い言葉で出会った愛人候補は自分が魔法使い伯爵と言いました。 全15話。プロローグから4話まで一挙公開。 翌日からは20時に2話ずつ公開。11日は最終話まで3話一挙公開。 登場人物 マーリン・ダグラス 結婚2年目にして夫の不倫を問い詰めたら黒だった令嬢。母に聞かされた結婚は夫となる人を大事にという言葉を守ってるが夫のギルバートにブチギレてこの度愛人を探すと決める。 デミトリアス・ドラモンドまたはアロン マーリンが仮面舞踏会で知り合った自称魔法使い伯爵。次の日にマーリン好みの執事アロンに姿を変えて彼女の屋敷に来る。 ギルバート・ダグラス マーリンの夫で伯爵。ギルと呼ばれている。愛人を作れば発言をした。 シェリー・モーヴ ギルバートの愛人 エミリー マーリンの親友で既婚者。 ララとリリー マーリンの屋敷のメイド達。

気弱令嬢の悪役令嬢化計画

みおな
ファンタジー
 事故で死んだ私が転生した先は、前世の小説の世界?  しかも、婚約者に不当に扱われても、家族から冷たくされても、反論ひとつ出来ない気弱令嬢?  いやいやいや。 そんなことだから、冤罪で処刑されるんでしょ!  せっかく生まれ変わったんだから、処刑ルートなんて真っ平ごめん。  屑な婚約者も冷たい家族も要らないと思っていたのに・・・?

処理中です...