新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
123 / 133
14.第六界

7

しおりを挟む
 尻餅をつくように席に着いたのはコウダも同じ。
 お互い、ッつ…と小さく声を漏らした。
 絶対なんかあるだろ。
 すぐに椅子から立ち上がろうとするも、列から飛び出した数人に押し止められ。
 不意を突いて完全に立ち上がれたと思ったら、今度は列から飛び出した十数人に押し止められ。
「あきらめろ。暫くこのままだ。
  まだあと15分そこそこあるし、ここまで移動してきてるから多少座ってても大丈夫。
  タイミング見計らおう」
 くそ…。
 灰色の四角錐は視界にない。ってことは後ろか。
 だとすると、阿波踊りの隊列は四角錐をぐるっと何重にも取り囲んでて、俺たちはいまそれを四角錐の側から眺めてるって状態。
 俺たちはコイツらに囲まれてて、そっから出れないってことだ。
「いざとなったら今回の効果が薄くても、俺達の間にゲート貼って出ればいいから。
  無理に出ようとして俺の危険を誘発しないでくれ」
 それか。ま、そうだよな。
 俺は消えないけどコウダは消えるし、俺は殺されることないけどコウダは有り得るんだから。
 依然として続く踊らにゃ損ソン連の阿波踊り。
 俺靴履いてるからいいけど、あの人達裸足で痛くないのか?
 あんま関係ないか。さっきの電車の真正面の人達もいるのかいないのかよくわかんない感じだったし。
 安藤の爺に、火盗改、ターザン風のキャラに、GパンTシャツの女子に、田室に、田中のお母さんに、瀬古に、ばあちゃんに、アバンギャルドな髪型のちっちゃい子に、『なんとなく』使いに、ピンクのランドセルの女の子に、看護師さんに、犬の飼い主さんに、スクール水着の米田さんに、瓶底メガネでブレザーの奴に、白衣のインド人に、ドラッグストアのレジの人に、たろうに、ひょっとこ柄の浴衣のヤローに、四月一日のお父さんに、浴衣の女の子に、スパイダーヒーローの主演の俳優さんに、高そうなスーツのおっさんに、はなこに、ペンキ付いたボンタンで茶髪の兄ちゃんに、グラドルのお姉さんに、矢島のお母さんに、絵に書いたようなヤクザっぽいおっさんに、かあさんのほうのおじいちゃんに、ジョーブズさんに、マックで伏せて寝てたおっさんに、スーパーで話しかけてきたおばちゃんに。
 もう数えきれないくらいの、どっかで見たような見てないような。
 俺こんなに人と関わってきたんだ…。
 いつもは良く話す人しか浮かばないけど、印象に残った人とかまで数え上げると意外と凄いんだな。
 阿波踊りはリズムを早めたり遅めたりしながら、続く。
 続く。
 続く。
 てかいつフィナーレ迎えるんだよ。
 じいちゃんの踊り見に行った時も思ったけど、阿波踊りって終わりが見えないんだよなぁ。わかる人にはわかるのかなぁ…。
 足をブラブラさせてると、超ミニスカの女の子がお盆を持って来た。
 やや乱雑にテーブルの上にお盆ごと置くと、そのまままた戻ってく。
 いい臭い。
 腹減ってねぇけど。
 ご飯と唐揚げと湿気たコロッケと麦茶。
 腹減ってねぇはずなのに、目の前に食い物があるだけで口の中に唾が溢れる。
「食っていいもんなの? こういうの」
「知らん。
  自分の『中』に入ったことないし、前例もないし。
  何時もの『中』と同じなら、腹ん中のものは出たら消える」
 じゃもし消えないとすると、腹ん中に噛んでぐっちゃぐちゃになった元ご飯&元唐揚げ&元湿気たコロッケの塊が永遠に残るってことに…。
 麦茶なんて液体だから、それがそのまま固まったら胃の出口詰まっちゃうんじゃない?
 やめとこ。
 うう…。安全確認できないって辛い。
 そっとお盆を押し戻したとき、金属の音などなどが連打され。
 阿波踊り、終わった?
 踊っていた面々は姿勢を崩し、やれやれといった体で肩をもんだり飛び跳ねたり。
 ケチャップを腰のホルダーに引っ掛けたり。飲み水じゃねえんだからそこにスタンバイさせるってどうよ…。
 ま、まあともかく、皆一休みっぽい。
 よし。
 じゃ、このどさくさにまぎれて逃げよう。
 さっと立ち上がる。
 コウダも同時。考えること同じだな。
 あの深呼吸してるやつと屈伸してるやつの間なら隙間広いから。
 アイコンタクトで何となくコウダにもそれを伝えようとした。
 が。
 う、目が合った。
 坊主頭で剃り込みがある太いズボンと細い眉毛の不良っぽい奴。
 こっちに走ってる。
 ああもぉー…。
 道着姿の鶴見と、井戸端会議のおばちゃん、それにタバコ吸ってるおっちゃんも加わり。
 両腕ホールド。
 コウダも無抵抗のまま引きずられて。
 んだよチクショー。
 離せよ。
 離せって!!
 全力で腕を振り払おうとした。全身を揺さ振ってまで。
 固められた腕はびくともしない。
 俺の腕を押さえるおっちゃんと鶴見が張り付いた笑顔を崩すこともない。
 結局ズルズルと振り出しの椅子にまた座り直させられた。
 疲れただけだったな。
「…反則でしょ」
 呆然と輪に戻る4人を見つめる。
「『中』の生き物は『中』では最強。
  ガイドに書いてあった通りだ」
 あー、それな。
 思い出したわ。
 武器とか出してくるって意味じゃなくて、こういうのもありってことね。
 自分が薄らその設定覚えてるってことは、『中』でも出てくるってことで…。
 サイアク。
 コソッとコウダと俺の間に人知れずゲートを貼る以外、こっから出れねぇってことじゃんか。
 ドドドン
 太鼓の音で一斉に円が整う。
 退場かな? 居なくなったら出れるんじゃね?
 期待に高鳴る胸。
 ブブブ…ピッキーーーーン
 拡声器の音量調整に失敗したような不愉快な音。
 ザーっという小さいノイズに続いて。
 ほとんどの日本国民が知ってるであろうイントロが響き渡る。
 ちゃっちゃらっちゃちゃっちゃちゃ
 ちゃっちゃらっちゃちゃっちゃちゃ
 町内会の備品の古い拡声器から出るようなくぐもった音に、全員がさっきの阿波踊りよりも雑に体を揺らし、リズムを取り始める。
 あー。そうそう、この感じ。
 上諏訪神社の夏祭でも二谷堀駅でも、いやむしろ盆踊りやってたら何処でもやってる。
 イントロが終わったら、掘って掘ってまた掘って、だよね。
 パラパラ漫画なんて書いたから、それが祟ったのか?
 矢島と違って下手糞ってか?
 そのイントロの終わりで、事件は起こった。
『つッきがぁあああ~』
 月が出た出た、のはず。
 出だしの「つ」がもうすでに外れてる。
『でったでぇええたぁあアア~
  つッきんがあああアアぁ~~でたんぁあああ
  ア、ヨぃヨい』
 次の「ア、ヨイヨイ」で戻ったかと思ってしばらく安心してると、ちょうど音が高くなるあたりから盛り上がってくのに合わせてどんどん外れてく。
 事件というより放送事故。
 でも。
 景色が滲んでいく。
 あの時からもう二度と、この声を聴くことは無いと思ってた。
 写真はあるけど、声って残ってないから。
 鼻歌なんて録音しないから。
 今迄気になってた周りの踊りも何もかも目に入らない。
 抑えようとして抑えられないものが溢れて。
 目と鼻の奥が痛み、ツーンとする。
 鼻をすすって、もうしょうがないから、袖で目を拭う。
 拡声器から広がるその嗄れた声。音痴ぶり。
 紛れもなくじいちゃんの歌声だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

処理中です...