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アズキ 邪因子初心者講座を受ける

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 邪因子の活性化を始めて数日。間違いなく調子が良くなっているのが分かる。

 歩き回っても息切れしなくなったし、痛み止めが切れると感じていた鈍痛もなくなった。だけど、

「邪因子について知りたい?」
「はい。こうして毎日活性化させているのに、ワタシはまだ邪因子についてまるで知らないんです。だから少しでも知りたくて……ダメでしょうか?」

  検査中にそう尋ねると、ジェシーさんはどこか困ったような顔をする。

「ダメじゃないけど……別に知らなくたって何とかなるよ? 例えば栄養ドリンクだって成分は専門用語ばっかりだけど皆普通に飲むでしょ? それと同じ」
「でも、やっぱり気になって。それに邪因子について知っておけば、自分でもリハビリに役立てられるかもしれないじゃないですか。ですから……お願いします」

 ワタシは静かに頭を下げる。

 今の所、まだこの悪の組織を完全に信じ切れている訳じゃない。

 治療してもらった事に恩は感じている。ジェシーさんやピーターさんが悪人にも見えない。

 でも軟禁されている身としては、少しでも情報を集めておきたい。場合によっては脱出することも諦めてはいないし、通信機もしばらくほとぼりを冷ましてから使う事は視野に入れている。

「う~ん……まあいっか。でも基本的な事だけね。本格的に教えると時間もかかるし疲れるもの」
「それで構いません! ありがとうございます!」

 こうして、リハビリの妨げにならない程度にと条件付きで教えてもらうことになった。




「え~……邪因子はウチのメンバーの証です。体内に入って活性化すると、宿主をとっても元気にします。傷も治ります。以上」
「……あの、もう少し具体的に教えてもらえませんか?」
「そう? 基本的な事を出来る限り分かりやすくまとめたつもりだったんだけど」

 確かに分かりやすい。分かりやすいけど、何がどうしてそうなるのかさっぱり分からない。

「じゃあもう少し詳しく行くね。邪因子は組織のメンバーは皆持っているけど、それは組織に入ってから投与された人と人に分けられるわね。つまり今のアズちゃんは、邪因子が身体にある以上訳よ」

(……えっ!? そうなのっ!?)

 ワタシは内心愕然とする。いつの間にか悪の組織の魔法少女になってしまっていたなんて。これじゃあコムギの所に戻ってもどんな顔をすればっ!?

「そう慌てないで。あくまでこれは(仮)。緊急事態による邪因子投与だったって分かってるし、ちゃ~んと邪因子を除去して記憶処理を受ければすぐに元に戻れるから」
「そ、そうですか。良かった」
「まあ邪因子もそう悪いもんでもないと思うんだけどねぇ。……じゃあ次。身体への影響について。これはアズちゃん自身が身体で感じ取っているんじゃない?」

 そう尋ねられて、ワタシはこれまで邪因子を活性化させてきた時の事を思い出す。

 身体がやや火照り、細胞のあちこちが動き出すような。魔法少女として戦う時とはまた別の、身体に力が漲る感覚があった。

「邪因子の活性化による肉体への影響は、その量や質、経験、宿主との適性によって変わるわ。大体……そうね。普通の成人男性が、活性化中ならコンクリートの壁を全力パンチで砕けるようになるぐらいかな? 手が痛くなるでしょうけど」
「でもそれにしては、ワタシはそんなに強くなった気は特に」

 思ったより凄い強化具合に驚いたけど、自分がそうなっていない事は不思議に思う。

「それは今アズちゃんの邪因子は、回復の方に力を使っちゃっているからね。それに元々魔法少女になっている間も強化されているようだし、あんまり違いが分からないのかも」

 そう言われれば、変身中はやろうと思えば家の一軒や二軒簡単に壊せる身体能力になるし、少し分かりづらいかもしれない。

「あとやっぱり条件にもよるけど傷が治りやすくなったり老化防止になったり、まあ分かりやすい邪因子初心者の利点はそんなとこかな」
「老化防止はまだワタシにはピンと来ませんが、その傷が治りやすくなる点でワタシは助けられています。……それで、の方は?」

 それを聞いてジェシーさんの顔色が変わる。

 これだけ良い点ばかり並べ立てられれば、当然悪い点も聞きたくなるもの。以前ピーターさんが濁していたデメリットの方も知っておかなきゃいけない。

「あ~……うん。デメリットね。聞かない方が良いんじゃないかなぁ?」
「覚悟は出来ています。お願いします」

 ジェシーさんは目を逸らして話を切り上げようとするが、ワタシは素早く正面に回り込んで再度お願いする。

(寿命が縮まるとかだったら困るけど……放っておいてもあのまま死んでいた訳だしある程度は受け入れるしかないわね)

 そんな中、





「隊長!?」

 またもいつの間にかやってきたピーターさんが、横からそう口にする。

「どういう事ですか?」
「そのままの意味さ。邪因子の量が多ければ多い程、活性化すればするほど首領に逆らえなくなる。元々邪因子の原型は首領様の細胞だからね」

(成程。つまり邪因子とはドーピングであると同時に首輪って事ね)

 それを聞いて、ピーターさんやジェシーさんが悪人っぽくない事にそれなりに納得する。

 

(おそらくその首領こそ悪の元凶。余程の悪人に違いないわね。気を付けなくては)

「……うんっ!? ああ。君が心配することはないよ。逆らえないと言っても直接命令を下されない限りは意味ないし、首領様はお忙しい方だから本部付きくらいじゃないと会う事はあまりないからね」
「……はい。そうですね」

 ワタシの心配しているのはそっちじゃないんだけど、まあそこは軽く頷いておく。

 しかし邪因子。ジェシーさんの口ぶりだとまだ隠している事は多そうだし、謎の多い物がワタシの中に入ったものね。




「そう言えば隊長は何故ここに? 今日の分の活性化はもう終わったから出番はないと思うけど?」
「ああ。彼女に渡す物と伝える事があってね」

 そう言ってピーターさんはこちらに向き直ると、何かを差し出してきた。それは一見すると少し大きめの腕時計。

「これは?」
「邪因子貯蓄型多機能ウォッチ。通称タメールだ。まあ一言で表すと、邪因子を動力とする便利な時計だよ。ただしそれは普通のとは違う特注品でね。

(くっ!? 普通に夜中の短い時間、こっそり部屋の外を探っている事はバレていたわね)

 わざわざ釘を刺してきた事を考えると、おそらくこれには発信機か何か仕込まれている。着けないって選択肢もあるけど、それじゃあピーターさんが納得しない。

 しかたなくワタシが腕に着けると、キュインと作動音が鳴ってタメールの画面が光る。通常の画面は本当にただの時計みたい。

「結構だ。ちなみに自室以外で外すとこちらに伝わるから常に身に着けておく事。防水処理なんかもしてあるから多少手荒く扱っても平気だからね。それと」

 そこでピーターさんは一拍置き、こう言い残して去っていった。




「それを着けている限り、。なんならジェシーに頼んでガイドしてもらえば良いさ。……こそこそ抜け出されるよりはその方が気疲れしないですむ」




 ◇◆◇◆◇◆

 アズキ、外出許可(施設内)が下りました。

 なおピーターとしては、怪我人に夜中にこそこそ抜け出されて倒れられるよりも、昼間に監視付きで出歩いて倒れられる方がまだマシの精神です。




 この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。

 お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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