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第一章 異世界来たら牢獄で
遅れてきた男と凶魔化
しおりを挟む「ご、誤解ですよイザスタさんっ!? これは風魔法を使えないように押さえつけているところでっ」
「フフフ。分かってるわよん。可愛い子だもんね~。アタシも結構好みよ。溢れる欲望を抑えきれなくなっちゃったのよね。だけど嫌がる子に無理やりというのはお姉さんちょ~っと感心しないわ」
「だから違うんですってばっ!!」
中腰になって何とか状況を説明しようとするのだが、よく見たらイザスタさんはニマニマ笑っている。自分が揶揄われていたのが分かりほっとするような恥ずかしいような何とも言えない感じだ。そこへ、
「ふんっ」
「お、おぅ……」
股間に衝撃が走り、脳天からつま先まで痺れるような感覚に陥る。全身から脂汗が噴き出し、一瞬力が抜けてしまう。どうやらエプリが隙を突いて痛烈な蹴りを放ったらしい。流石の加護による身体強化もこれには及ばなかったか。
エプリは素早く拘束から抜け出し、体勢を整えてこちらから距離を取る。
「……あんな事をしておいてこの仕打ち。……コロス。絶対に殺すっ!」
なんか火に油を注ぐ結果になったというか。ただでさえ殺気が飛んでいたのがさらにすごいことになったというか。もう目に見えるレベルで何か出てる気がする。
「あらあら。な~んかスゴイことになってるわねぇ」
「他人事みたいに言わないでくださいよっ!!」
奴の周りに再び暴風が吹き荒れ始める。考えてみれば、魔法封じの中でここまでのことが出来るってことはこの少女は余程の実力なのだろう。俺と同じくらいの年頃なのにこれは凄いと思うんだ。そう言えば“相棒”と陽菜は今頃どうしてるかなぁ。俺、元の世界に戻ったら三人で宝探しに行くんだぁ。
なんてとめどない思考の現実逃避アンド死亡フラグを続けている中、いよいよ風が小型の竜巻となって少女の周りに出現する。それも一つではなく三つも。
「へ~っ!! ここで“竜巻”三つ同時展開なんてやるわねぇ。アタシの知り合いにもここまで出来る人は多くないわ。アナタ……こんな悪いことやめてうちで働かない? 待遇良いわよ」
「なんでこんな時に勧誘してるんですかぁ!!」
ついツッコミを入れてしまうほどイザスタさんは余裕の表情。いや待てよ。イザスタさんにはこの状況を何とかする手があって、だからこんなにも余裕があるということかも。
「う~ん。あれが全部発動したらかなりまずいわねぇ。具体的に言うと、この牢にいる人が自分も含めて全員ただじゃ済まないレベル」
「とんでもないじゃないですか!!」
自分も含めてってよくそんな魔法が使えるな。俺だったら嫌だぞ。よく見れば、エプリは怒りのあまり我を忘れているようにも見える。誰だあんなに怒らせたのは? ……俺だったよコンチキショウ!!
「……全て、全てキエロ。“三連竜……」
「悪いがそこまでだ」
「……!?」
突如人影が飛び出してきてエプリを強襲する。エプリは咄嗟に竜巻を一つ使って迎撃するが、人影はなんと形をもった竜巻を殴り飛ばして霧散させる。
エプリは人影から距離を取り、人影はそのままゆっくりとこちらに歩いてきた。そこに現れたのは
「もうっ。遅いじゃないのん。今日の朝手続きが終わるんじゃなかったの?」
「……すまんな。少し野暮用ができたのと、ここに来るまでネズミ共を仕留めていたら遅くなった」
いつもの看守服に加え、両腕に肘まで覆う白銀に輝くガントレットを装着したディラン看守だった。
「……ディラン看守?」
「あぁ。大分手酷くやられたようだな。だがよくここまで持ちこたえた。あとは任せておけ」
俺を見て一瞬すまなそうな顔をすると、ディラン看守はそのままエプリの方に向き直る。
「さて。俺の領域でバカをやらかした奴に罰を与えに来たぞ」
両の拳をぶつけあいながらそう宣う彼の姿は、この牢獄の番人にして罰を与える者。そして正しい意味での看守、囚人を見守る者としての風格に満ちていた。
「クフッ。クフフフフ。やぁ~っとゲストが到着しましたか。待ちわびましたよぅ」
むっ。この聞く者に不快感を与える嫌な感じの声は……のっぽの奴か!?奴はいつの間にかエプリの後ろに現れる。また空間移動で跳んできたな。貯金箱が直撃したりイザスタさんにぶっ飛ばされたのにまだ余力があるとは、なんだかんだアイツ俺よりタフじゃね?
あざ笑うようにエプリの肩に手を置く様は、まるで囚われの姫を嬲ろうとする悪い魔法使いのようで。まあ実際は姫ではなく、人を風であちこち叩きつけるようなアブナイ美少女なんだが。
……あっ!? 普通に手を払われた。
「お初にお目にかかります。私はクラウン。我らの崇高なる目的の成就の為に日々邁進している者です」
「ふんっ。クラウンとはふざけた態度にピッタリの名前だな。それで? ここを荒らしたのもその目的とやらの為か?」
大仰な態度ののっぽ……クラウンに対し、怒りを隠そうとせずに目的を問いただすディラン看守。
「ええまさしくその通り。我らの目的達成の第一歩として、まずは地上にいる『勇者』達を見極めなければなりません。それには貴方が邪魔なのですよぅ。二十年前の英雄にして看守長、大罪人にしてこの王都から離れることの許されない囚人。ディラン・ガーデン殿」
「……俺のことについて調べてあるみたいだな」
「恐縮至極」
え~っと、急にディラン看守の情報が増えたんで頭が混乱してきた。
整理すると、ディラン看守は昔英雄とか呼ばれてて、実は看守より偉い看守長で、大罪人と言うのはよく分からないが、ここの囚人でもあるからこの街から離れられないと。……ナニコレ? 一気に属性過多になったよディラン看守。いや、看守長って呼ぶべきなのか?
「先に言っておくが看守長といっても名ばかりだ。実際他の看守は大半がウォールスライムだからな。ヒト種で比較的マシだった俺が選ばれたに過ぎん。今まで通りただの看守で構わんぞ」
ディラン看守はこっちの顔色から察したのか、答えを先に言ってくれる。イザスタさんも看守も察しが良すぎるぞ。
「クフフ。当初の予定では、ここで貴方と一戦交えることになっていましたが……」
そこで一度言葉を切ると、クラウンは俺とイザスタさんを憎々しげに見つめる。
「忌々しいことにですが、予定外にダメージを受けてしまいました。この状態では貴方の相手をするのは流石に困難。今回は顔見せのみで引き上げさせていただきますよ」
「……クラウン。私は奴を殺さねばならない。……このまま戦うことは出来ない?」
エプリの方がそんな物騒なことを言いながらこちらに熱い視線を送ってくる。好意とかなら嬉しいんだが、明らかに殺意とか怒りの視線だ。……あの体勢になったのは偶然なんだけどなぁ。顔を見ちゃったのは事実だが。
「貴女の私情よりも計画の方が優先されますよぅ。しかしこの状況は……」
「ここまでやらかしておいてただで帰れるとでも? 二人ともここで捕らえさせてもらおうか。言い分と目的は後でたっぷりと聞いてやる」
ディラン看守が一歩前に進み出る。
「お前が空属性の使い手だということはさっきの動きで分かった。だがお前がいかに凄腕だろうと、この魔法封じの牢獄から逃げるには僅かな溜めが必要だ。二人となれば尚更な。その隙を見逃すとでも?」
「そうでしょうねぇ。私でも瞬時に外に跳ぶのは難しい。……なら、これでどうですか?」
クラウンはそう言うとフッと姿を消し、そして次に現れたのは倒れていた巨人種の男の傍だった。
「今更何をしようって言うの? そのゲートは自壊を始めているし、繋ぎなおすにしたってしばらくかかるハズよん」
「いえいえ。今使うのはそれじゃあありませんよう。私が用があるのは……この肉体そのものですとも」
奴はローブの中から何かを取り出した。それは遠目ではっきりは分からなかったが、見た瞬間何か良くないものだと感じる。何とも言えない気色悪さというか。
「っ!? あれはまさか!?」
「……なんかマズそうね」
ディラン看守が何かに思い当たったかのように飛び出し、イザスタさんもそれに続く。だが、
「エプリ」
「……分かってる。行かせない」
クラウンの合図の下、エプリが再び風を巻き起こして二人を足止めする。今度は大量の小型の風弾を乱射して数で圧倒してくるので、先ほどのようにディラン看守が殴り消すという方法が効きづらい。
そしてそうこうしているうちに、クラウンが倒れている巨人種の男に取り出した何かを突き立てた。
「さあて、始まりますよ。クフッ。クハハハハ」
「ぐ、ぐあああぁ」
クラウンが高笑いを上げると共に、男の苦悶の声が牢内に響き渡る。そして変化は突如として訪れた。
「あああアアアァ」
一度ビクンと身体が大きく跳ねたかと思うと、男の身体がみるみると膨張していく。肌の色は赤黒く染まり、血管らしきものがドクンドクンと脈打ちながら浮き出る。ビリビリと服が身体の膨張に耐えかねてはじけ飛び、筋肉はまるで鎧のように変化する。
そして男はゆっくりと立ち上がった。背丈は三メートルを超え、眼は爛々と真っ赤に輝き、額からはいかにも鋭そうな角が自身の存在を主張している。その姿はまるで、
「……凶魔?」
「グ、グオアアアアアアァ」
その雄叫びは、これまで散々鼠凶魔達が発していたものととても良く似ていた。
もはや物語に登場する鬼のような風貌になってしまったそれは、周囲をその瞳で睨みつける。そしてディラン看守を目に留めると、雄叫びを上げて襲い掛かってきた。
筋肉が膨れ上がって丸太のようになったその剛腕を振りかざし、ディラン看守に向けて叩きつける。ディラン看守も直接受けるのはマズイと判断してバックステップ。躱されてそのまま床に直撃した一撃は放射状にひび割れを入れる。なんて馬鹿力だ。
「この姿。生物の人為的な凶魔化か!? まだそんなバカげたことをする奴が残っていたとはな」
ディラン看守は苦虫を嚙み潰したような顔でそう言った。凶魔化って、凶魔って魔素から自然発生するんじゃなかったのか?
「……クラウン。これはどういう事?」
どうやらエプリもこのことは知らされていなかったらしく驚いている。
「クフっ。アナタには言っていませんでしたねぇ。元々これも囮として使う予定だったのですよ。大丈夫。凶魔避けがある限り、私達には襲ってきませんとも。……さあて、では私はそろそろ退場するとしましょうか。次の仕事がありますのでねぇ」
その言葉と共に奴の背後の空間に大きな穴が開く。どうやら鬼で気を引いている内に溜めを済ませていたらしい。
「待てっ!! ぐっ!?」
俺は咄嗟に叫ぶがまだ身体がふらついていて上手く動かせず、イザスタさんやウォールスライムもエプリに阻まれて追いかけることが出来ない。
「クフフ。エプリ。後は任せます。手筈通りに」
「…………了解」
どこか納得行っていなさそうなエプリを残し、クラウンはそのまま穴に向かって歩いていく。って!? アイツ仲間を置いていく気か!?
「追いかけて来ても良いのですよぉ。ただしエプリは身体を張って妨害しますし、その凶魔化した巨人種を放っておいても良いのなら……ですが。クハハハハ」
「……くっ!?」
ここまで音が聞こえるほどディラン看守の歯ぎしりの音が聞こえてくる。ここで無理に追いかければ、間違いなくあの鬼はここを出て暴れまわるだろう。
少し見た限りだが、あれは鼠凶魔とは明らかに格が違う。外に出たら被害が出ることは確実だ。なんとしてもここで止めなくてはならない。
ディラン看守もそれは分かっているのだろう。故に今はこの鬼の対処を優先し、去っていくクラウンのことを睨みつけることしか出来なかった。
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