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第二章 牢獄出たらダンジョンで
勢い任せのプロポーズ(に似た説得)
しおりを挟む突然だが、俺は今大ピンチに陥っている。それは、
「……あの女はいないようね。これでお前を守る者はいない。……さっき言ったわよね? 生かしておけない。殺すって」
強風で壁に押し付けられながら、目の前の白髪美少女に殺されかけていることだよコンチキショウっ!
何故こんなことになったのか、順を追って説明するとしよう。
まず俺は荷物の整理中、元の荷物が牢獄に置きっぱなしだと気づいて愕然とする。本当ならディラン看守に返してもらうつもりだったけどあの騒動だったしな。
キャンプ用品も、宝探し用グッズも、非常食も……楽しみにとっておいたブ〇ックサンダーまでなくなってしばらく落ち込んでいたが、いつまでもこんな状態ではいられず切り替えて状況を見直す。
今居るのはそれなりに広い部屋。壁や床は石造りのようで壊して進むのは難しい。周囲は真っ暗で明かりは必須。だがずっと貯金箱を掲げたままでは困る。そこで有りあわせの物を使って松明を作ることに。
スケルトンの骨に軽く一礼して持ち手とし、ボロボロの布の服を裂いて先に巻きつける。出来れば油なんかがあると良かったんだが。
火を点けるためにライターを取り出しながら、ふとイザスタさんと魔法の練習をした時を思い出した。
「火よ。ここに現れよ。“火球”……なんつってね」
何の気もなく松明に向けて火属性の初歩の言葉を呟いた結果、
ポンッ。
指先から小さな火の玉が飛び出して松明に飛んで行った。
火球は骨に当たるとそのまま燃え上がってチロチロ音を立てている。骨に可燃性の何かが含まれていたのだろうか……じゃなくてっ!
自分の指先をじっと見る。……今火の玉が出なかったか? いやいやそんなまさか。ナハハと笑いながら頭をぼりぼりと掻き、
「……“火球”」
呪文を省略して唱える。すると今度は線香花火程度の弱々しい火球が指先から飛び出したのだ。これには流石に驚き、深呼吸や軽く自分の頬を叩いて夢じゃないことを確認する。
イザスタさんの談では基本属性と特殊属性は両立しない。俺が元々火属性だったとか、イザスタさんが間違っていたということも考えたが、そこでディラン看守の言っていた俺の加護“適性昇華”のことを思い出す。
昇華とは物事が一段階上の状態になるという意味。つまりこれによって、俺の基本魔法の適性が0から1に上がったのではないだろうか? だから使えはしたけど威力がしょぼい。
あくまで仮説だが、それならもしや他の魔法も使えるかもと俺のテンションは変な具合になった。魔法というのはそれだけロマンなのだから。
そこから魔法の実験をしたところ、なんと全基本属性が使えた。ただチートなどではなく、実際はどれも威力がしょぼい。
火属性はライターと変わらず、水属性は水鉄砲程度。風属性はそよ風レベルで、土属性にいたっては砂場でよく見る小さい砂山を作るのが限界。実にしょぼい。
「使えそうなのはこれくらいか……光よここに。“光球”」
これは光属性の眩い光球が出現する魔法だ。さらにそれはしばらく自分の周りを滞空する。つまり明かりで手が塞がらない訳だ。明るさはそこそこだが何もないよりはマシ。文字通り希望の光が差してきた気がした。
だが俺はうっかりしていた。ただでさえ魔法でテンションが変な感じになり、周りのことを忘れて騒いだ上真っ暗闇で急に明かりをつける。それを眠っている人の近くでやったらどうなるか? ……答えは簡単。目を覚ます。
そして忘れていた。その起きた少女は自分に対して凄まじい怒りを持っていたことを。つまり、
「“強風”」
突如部屋の中に強風が吹き荒れ、慌てて振り返るも一歩遅く風で壁に叩きつけられた。そのままずり落ちる前に横殴りの風で壁に押さえつけられる。
当然犯人はエプリ。ヌーボ(触手)はまだ眠っているようで動かない。
一瞬はためいて見えたフードの奥には、こちらを鋭い睨む赤眼と口元に浮かぶ不敵な笑みがあった。
ということで冒頭に戻る。
「……殺す前に喋りなさい。ここはどこ?」
エプリは俺の顔を指差しながら聞いてきた。……そうか! 気を失っていたから経緯を知らないんだ!
「ええと、そのぅ。俺もここがどこだか分からなくてだねぇ」
「“風弾”」
「あだっ!?」
エプリの指先から何か飛んできて額に直撃する。例えるなら父さんのデコピンくらい痛い。“相棒”のデコピンに比べれば平気だけどな。あれは本気で痛かった。
「……頑丈ね。並のヒトなら額が割れて血が噴き出すぐらいするのだけど、少し赤くなっただけか」
なぬっ!? そんなもんをぶつけてきたのかコイツは!! 内心怒りを覚えつつも、ここは我慢とじっとこらえる。
「……分からないってことはないでしょう? 誤魔化したり答えない度に打ち込むわ。どうせ死ぬなら痛くない方が良いと思うけど。……素直に喋ることね」
「だから本当なんだってっ! あれからお前が気絶した後にだな……」
俺はこれまでのことをざっと説明した。もちろんアンリエッタのことは伏せたが。全て正直に話したのに、何故か時々風弾が飛んでくるのは理不尽だと思う。
「…………話は分かったわ。嘘かどうかは別にして、ダンジョンだということは間違いなさそうね」
エプリがスケルトンから核を引き抜きながら言う。話の途中、部屋から伸びている通路からスケルトンが襲ってきたのだが、エプリは片手間でスケルトンを撃退してしまった。
明かりは俺の光球と地面で燃える松明のみ。戦いになればエプリも拘束を解いて集中するかと思ったのにこれだ。やはり相当強いらしい。
「こういう核はダンジョンのモンスターしか持っていない。だからここがダンジョンというのは信じる。……あの時から丸一日経っているというのは本当?」
「ああ。腕時計で確認したからな。まあこれはお前が信じてくれることが前提だけど」
どうにか腕だけ動かして腕時計を見せるのだがエプリは訝しげな顔をする。これはいつでも時間が分かる道具だと説明したら興味なさげな態度を取られた。信じていないのかもしれない。
「……クラウンの連絡は無しか。ダンジョンまでは空属性でも届かないようね」
エプリは懐から何かを取り出して確認するとそう呟く。俺のケースみたいな通信機器か?
「……ふぅ。これでは依頼は不完全ね。半金は貰っているから良いとして、やはり一度合流しないと」
「ちょい待ちっ! 半金ってどういう事だ?」
「……言っていなかったわね。私は傭兵なの」
傭兵。つまり雇われて戦う人のことである。俺の脳裏にデカい鉄塊みたいな剣を振り回す男のイメージがよぎる。それと目の前の少女を比べて考えて見ると……うん。どうにもピンとこない。
「……似合わないって顔ね。……まあ良いわ。話は大体聞き終わったし、あとは……分かるわよね?」
エプリはそう言うと、掌をこちらに向けて精神を集中し始めた。げっ! 殺すってマジだったの!?
「ま、待った待ったっ!? 何で顔を見ただけで殺されなきゃならないんだ? あの時俺以外にもあの場の全員が見ている筈。何で俺だけを目の敵に?」
「顔を見ただけ? 違うな。それだけなら脅しをかけて口止めすればいい。実際最初は必ずしも殺すつもりはなかった。だが、オマエは私に許せないことをした」
エプリの声がだんだん凄みを帯びてくる。気の弱い人なら聞くだけで震えあがるような威圧感だ。気のせいか喋り方も少し変わっている気がする。
「もしやあれか。途中もみ合いになったことか? 確かにあの体勢は傍から見たら酷かったもんな」
「……それもある。けれどそれは戦いの中でのこと。身体を押さえつけて無力化しようというのはまだ納得できた。だが……アレは許すことが出来ない」
えっ!? うっかりセクハラ紛いの体勢になった件でもないとすると一体? 俺はエプリとはあそこで初めて会ったしな。
「…………だと言ってきただろう」
「……えっ!? 何だって?」
今一瞬エプリが言った言葉。だがどうしてそれでこうなるのか分からず、何か聞き間違ったのかともう一度問い返す。
「……綺麗だと言ってきただろうっ!! この私にっ!!」
エプリは絞り出すように叫んだ。……確かに最初にフードが取れた時言ったなぁ。だって急に妖精のような感じの美少女が出てきたんだぞ。見とれてしまっても仕方ないと思うんだ。
「確かに言ったけど、それで何でこうなる? 普通に褒めただけだって」
「この私が綺麗だと……ふっ。この私がかっ!?」
そこでエプリはフードをとって素顔を見せる。雪のような白髪に輝くルビーのような緋色の瞳。可愛い系というより綺麗系の顔立ち。……うん。やはり綺麗だ。俺的には百点満点中九十五点をあげたい。
……残り五点はその表情で減点だな。だって今のエプリは、とても悲しく痛々しい顔だったから。
「この髪と瞳の色を見ろっ! この身の忌まわしい出自が一目で分かる。それを褒めるだと? そんなことあり得ない。あり得る訳がないっ!! ならこれは嘘だ。私をあざ笑うための虚言に違いない。……許せるものか。そんなことは。絶対にっ!!」
エプリは俺の胸倉を掴んで吠える。その言葉は刺々しさと共に切なさを感じさせるものだ。……俺はどうやら地雷を踏んでしまったらしい。よく分からないがトラウマかコンプレックスの深い所を。
「もう一回言うぞ。……綺麗だ」
「なにっ!?」
エプリが殺気を飛ばしてくる。ここはなるべく相手を落ち着かせながら話を進めていく場面だ。だが今の彼女に適当な丸め込みは通用しない。なら俺に出来るのは、自分の気持ちを正直に話すことだ。
「俺は誤魔化すことは多いけど嘘はあまり吐かない。その俺の見立てではお前は綺麗だよ。ここまでの美少女はそういないと思う」
「っ!? この期に及んでまだそんなことを」
「何度でも言ってやる。お前は綺麗だ。美人だよ。そこに嘘は吐けない。いきなり殺そうとするし拷問手馴れてておっかないけど……綺麗だよ」
エプリはそれを聞いて、俺から手を離して少しだけ考えるそぶりを見せた。そして、
「…………本当か? 本当にそう思っているのか?」
「本当だとも」
即答だ。生き残りたいから言うんじゃない。本当にそう思ったから言うのだ。もっと安全で甘い言葉を囁くべきかもしれないが、俺にはこんな言葉しか思いつかなかった。
「…………お前は変わっているな」
エプリは少しだけ落ち着いて見えた。さっきはいつ爆発してもおかしくない爆弾の様だったが、今は刺激しなければ爆発しない程度には安全な気がする。……例えとしては自分でもよく分からないが。
「元の世界でも言われたよ。主に“相棒”に」
俺がそう言って返すと、エプリは少しだけ顔色を変える。
「元の世界? ……まさかお前『勇者』か?」
「自分じゃそうは思わないけど、まあ別の世界から来たという意味であれば『勇者』だな」
「……成程ね。そういうことか」
フッと身体を拘束する風が消え、よいしょっと声をあげて立ち上がる。
「拘束を解いたってことは、もう戦う気はないってことで良いのか?」
「……まあね。ひとまず殺す気はなくなったわ。アナタが別の世界のヒトなら……知らなくて当然だろうから」
そう言ってエプリは再びフードを被る。口調も元に戻っている。だが一瞬見えたその横顔は、まだどこか切なさを感じさせるものだった。
「ところで、さっきの言葉は愛の告白とでもとればいいのかしら?」
「さっきのって……あっ!?」
確かに勢いに任せて綺麗だとか美人だとか言ってしまった。ここだけ見れば口説いているようにも見える。いくら非常事態だったとはいえ俺はなんてことを~。
気恥ずかしさでゴロゴロ転げまわる俺。それをエプリの奴は冗談よなんて言って笑っていた。おのれ。覚えてろよっ!
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