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第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く
心配する商人達と置き土産
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆
同時刻。
「隊長。準備完了しました。いつでも出発できます」
拠点ではゴッチ隊長のテントの前で、少人数の部隊が整列していた。全員夜間活動用に明かりを携帯し、少しでも移動速度を上げるため荷物は必要最低限。
しかしそこらの盗賊風情なら、たとえ倍の人数が居ても制圧できるだけの部隊だとゴッチは判断した。
「よろしい。では皆さん。あの爆発の原因を調査すると共に、行方不明となったトキヒサさん及びエプリさんの捜索を。先にアシュ先生が向かっているとは言え油断しないように。……任務開始っ!」
「「「了解っ!」」」
ゴッチの号令と共に、部隊は各自馬に騎乗して走り去っていく。
急に手紙を残して姿を消したエプリと、それを追っていった時久。ゴッチは一応捜索隊を出すつもりはあったが、当初そこまでの大事にはならないと判断していた。
しかしそんな中先ほど空に上がった爆発。それも方角的にダンジョンの在る方となるとこれは流石にただ事ではない。
「……ふぅ」
「トキヒサさん達が心配なのですか? ジューネさん」
ゴッチ隊長は先ほどから浮かない顔をしているジューネに優しく声をかける。
「それもあるんですが……いや、そちらはアシュが向かったんだから多分大丈夫でしょう。ただ別の心配事が増えてしまって」
「先行した先生ご自身の事ですね?」
ジューネはこくりと頷く。空に上がる爆発を見た瞬間、アシュは何かを察知したかのように慌ててジューネを調査隊に預けて単独で走り出してしまったのだ。
「ああなったという事はそれこそ誰かの一大事という事でしょうけど、毎度毎度安全だからと言って私を置いていくんだから全くもう。それに、ゴッチさんもおそらく知っているでしょうけどアシュは」
「……あっ!? そうでした。先生は長時間全力を出すと」
ゴッチはハッとして顔をしかめる。
「何事もなく終われば良いんですけどね。こちらの捜索隊が先に見つけるとか」
「無理だと思います。アシュが全力で走ったら馬でも追いつけないでしょうし……まあ私達は皆さんが返ってきた時の為に準備していましょうか。こんな時こそ私の商品の出番です!」
「そうですね。こちらでもいざという時の為にラニーに待機してもらいましょう」
二人は心配しながらも、それぞれが出来る事を成すべく行動を開始した。
◆◇◆◇◆◇◆
「ほらっ! 解毒剤だ!」
「ありがとうございます。アシュさん」
アシュさんから解毒剤を受け取って早速飲む。味は正直言ってかなり不味いが効き目はあるようで、すぐに身体が大分楽になった。
「……さて。経緯は分からないが、これでお前さんの優位はもう無くなったんじゃないか? そこの毒使い」
アシュさんはそう言ってクラウンに向き直る。その通りだ。毒がなくなって数的有利はこちらにある。このまま戦えば奥の手でもない限りこちらが勝つだろう。セプトが乱入してきたらマズイが、今はボジョが付いているから動けない筈だ。
二人は互いに何も言わずに軽く睨み合う。……次に口を開いたのはまたもアシュさんだったが、クラウンにではなく奴から目を離さずに俺に向かってだ。
「ところでアイツは空属性使いか? さっきの言葉だとそういう意味にとれたんだが」
「はい。でも今はエプリが言うにはかなり弱ってて、もうそんなに多くは使えないみたいです」
「そうか。……では話は簡単だな」
それを聞くとアシュさんは軽く頷いて、数歩踏み出すとそのまま腕を組んで目を閉じた。ちょっ!? いくらなんでもクラウンのど真ん前でそんな!? 危ないですって!
「……何のつもりですかぁ?」
「見た通りの意味だが? 目を瞑っておいてやるからさっさと失せろ。そのくらいの魔力はあるんだろ?」
「なっ!?」
とんでもないこと言い出したよこの人っ!? そんなことしたら……ほらっ! クラウンの奴フードから見える顔が真っ赤になってるよ。相当頭にきてるよアレ!
「……ふっ、ふざけるなあぁっ!」
クラウンは激昂してアシュさんへ取り出したナイフを雨あられと投げつけた。ホントにどっから出したのっていう数がアシュさんに時間差をつけて襲い掛かる。だが、
チンッ。
いつの間にかアシュさんが腰の剣に手をかけ、そういう軽い音がしたかと思うと、次の瞬間全てのナイフは地面に叩き落とされていた。
しかしクラウンもそれだけでは終わらない。あれだけ放ったナイフは全て囮。目くらまし。本命は自身の残り数少ない転移による背後からの一撃。
そして怒り狂っていたように見せていたのさえフェイク。突如アシュさんの背後に現れたクラウンは、静かにナイフをアシュさんの背中に向けて突き出した。傷つけて毒を与える回りくどい物ではなく、相手の命を奪おうという必殺の意思を持った一撃。
それはアシュさんの背中に潜り込んで肉を裂き、筋を断ち、骨まで届きうるものだった。直撃さえしていればだが。
「読みやすくて助かるな。アイツに比べて」
アシュさんはクラウンのナイフが届く刹那、カッと目を見開いて振り向きざまにその剣を振るった。一筋伸びる細い剣線。どうにか俺の目に捉えられたのはそれだけ。だというのに、
「か、……かはっ!?」
クラウンは惨い有様だった。手にしたナイフは持ち手だけを残して刀身が両断され、身体にはあちこちに幾筋もの痕が残っていた。
そのままナイフを取り落として崩れ落ち、何とか両手を地面に突いて倒れるのを防ぐクラウン。誰が見てももう戦えないと分かるダメージだ。
「だからさっさと失せろと言ったんだ。……一応加減はしておいた。峰打ちだ」
「や、やった!」
強い強いとは思っていたけどここまでとはっ! あれだけ苦労したクラウンをこんなにあっさりと。
……いや、単に俺が弱かっただけか。殺さないし殺されないなんて言っておきながらこのざまだもんな。アシュさんが来なかったらと思うとゾッとする。
「ぐ、ぐぎぎぎ」
クラウンは苦悶の声を漏らしながらも何とか立ち上がる。アシュさんは再び軽く腰の剣に手をかけるが、もう振るうつもりはなさそうだ。
「ここまでされて力量の差が分からないという事は無いだろう? やろうと思えば文字通り八つ裂きにも出来た。やらなかったのは単に俺の気まぐれだ」
「……クフッ。お優しい、ことですねぇ。……良いでしょう。今回は、退くとしましょう。はぁ……そこの混血は、所詮一度限りの道具。大した情報も、無いでしょうしね」
アシュさんに息も絶え絶えと言う感じでクラウンが返す。どうやら帰ってくれるようなのでほっと一安心する。もう顔も見たくないからな。塩でも撒いとくか。
「ですが、私をここまで、追い詰めた貴方に敬意を表して、一つ置き土産をしていきましょうか」
「……おい!? それはどういう」
「では、ごきげんよう。クフハハハハハ」
奴の言葉に違和感を覚えて訊き返そうとするも、クラウンは嫌な高笑いをしながら転移で姿を消した。……嫌な予感がするな。まあ何はともあれ助かった。
「あの、ありがとうございます。アシュさんが来てくれなかったらどうなっていたか」
「いや何、気にするな。間に合って良かった。俺も気合入れて走ってきた意味が……ごふっ!」
話している途中、急にアシュさんが口に手を当てて咳き込み始めた。どうしたのかと見ると、なんと口から血が垂れている。
「アシュさんっ! 血がっ!」
もしやクラウンの奴の置き土産ってこれのことか? 知らない間に毒付きナイフでも掠っていたのか?
「……はぁ。気にするな。いつものことだ。ここに来るまでにちょいと無理をしたからな」
口元を拭うとアシュさんはそう言ってニヤリと笑ってみせる。無理をしたって……一体何を?
「お前がエプリの嬢ちゃんを探しに飛び出した後、俺達も手紙の内容を知って捜索の準備をしていた。しかし夜に闇雲に探すわけにもいかない。ゴッチも隊を預かる身だからな。慎重になる必要があった」
それは仕方がない。偉くなればなるほど責任があるのは当然だもんな。“相棒”もそれで苦労してた。
「しかしさっきこの辺りで爆発があっただろう? これは何かあるなと俺だけ先行したんだ。後からゴッチの選んだメンツもここに来る」
「そうだったんですか。……って、爆発からここに到着するまでやけに早いような」
拠点からこの岩場までそれなりにかかる。だが銭投げで爆発が起きてからまだそんなに経っていない。用意を先に済ませておいたとしても間に合うとは……。
「俺が気合入れて走ればこれくらいはいける。ただそれをやると負担がかかるから滅多にやらないがな。さっきみたいに少し血を吐いたりとか」
「……すみませんでした。そんな無理させて」
アシュさんは気楽に言うが、血を吐くというのは現代日本で生きてきた俺にとっては大事だ。申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。
「分かってやった無理だから良いんだ。お前らが無事だったなら無理のし甲斐がある。それより嬢ちゃんについていてやれ」
「そうだっ! エプリっ!?」
そうだった。俺がさっきの岩陰の方に目を向けると、エプリがまだ少しふらつきながらも一人でこちらに歩いてくる。俺はすぐにエプリに駆け寄った。
「エプリっ! 大丈夫か?」
「……えぇ。そっちも無事みたいね」
見ると顔色も大分良くなっている。解毒剤が効いたみたいだ。俺もそうだけど、解毒だけにしては回復が早いので体力回復の効果もあったのかもしれない。
「……ふっ。ざまあないわね。雇い主を護れない上に心配されるなんて。これじゃ護衛失格かな」
「そんなことないって。エプリが居なかったら俺はセプトにやられてたよ。十分護ってもらってるって」
自嘲気味に笑うエプリに俺は慌ててフォローを入れる。実際何度も助けられたからな。エプリが居なかったらセプトの影の刃に串刺しにされていたか、それともクラウンの毒でやられていたか。
「そうだ! セプトはどうなったかな?」
「……セプト? 他にも誰かいたのか?」
そう言えばアシュさんが来た時にはもうボジョと一緒に離れた所に居たんだった。
「それが、さっきクラウンと一緒に襲ってきた奴なんですが」
「……見てっ! ボジョよっ!」
説明しようとしたら、エプリがこちらへ向かってくるボジョを発見する。人が走るよりは遅いが早足程度ならボジョも動けるからな。ボジョは俺の所に来ると、触手を伸ばして服をグイグイと引っ張った。
「どうしたんだボジョ? セプトを見張ってたんじゃないのか?」
尋ねるもボジョは慌てた様子で服を引っ張るばかり。……何かおかしい。もしやクラウンが最後の力で何かしたとかか?
「このボジョの慌てぶり。何かあったみたいです。行ってみましょう!」
「……そうね。私もセプトの事は少し気になるし」
珍しくエプリも賛成する。いつもなら自分が行くからアナタは待ってなさいとか言いそうなのにな。
「……どうせ待てと言っても行くのでしょ? ならアシュと一緒に全員で行く方が安全だわ」
「俺が行くのが前提か? ……まあここまで来たら行くがな」
エプリの言葉にアシュさんも軽く肩を回しながら応える。
「ありがとうございます! それじゃあボジョ。案内してくれ」
その言葉でボジョは俺の肩に乗ると、触手を伸ばして進む方向を指し示す。俺達はボジョの先導でその場所へ向かった。
その時俺の脳裏に、クラウンが逃げる前に言った置き土産という言葉が妙に引っかかっていた。何事も無ければ良いんだが。
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