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第六章 積もった金の使い時はいつか
閑話 ある奴隷少女の追憶 その六
しおりを挟む私がトキヒサの止血をしていると、周囲の幕が消えて外から二人のヒトが入ってきた。
一人は先ほど戦っていたエプリ。もう一人は見覚えが無いけれど、どうやら向こうの仲間みたい。
「これは……酷いな」
「……トキヒサっ!? 起きてトキヒサっ!?」
エプリはさっきまで敵だった私には目もくれず、一直線にトキヒサに駆け寄った。やはりこのヒトとトキヒサは傭兵と依頼人というだけではなく、それとは別の何かでもあるのだろう。
「ねぇ。薬持ってる?」
私がそう呼びかけてやっとエプリは私に反応した。そのまま迎え撃つ態勢を取ろうとしたけど、ボジョが触手を伸ばして間に入ることで踏みとどまる。それと私がトキヒサの止血をしていたのも理由かもしれない。
「私、持たされていなくて、これくらいしかできないから。持ってるなら、そのヒトを助けてほしい」
「……言われるまでもないわ」
エプリは見ただけで高価な品だと分かる薬を惜しげもなくトキヒサの身体に振りかける。全身の傷が少しずつ塞がっていくのを確認すると、次に体力回復薬をトキヒサの口にあてがう。
「……良かった。峠は越したみたい」
「そうみたいだな。……となると残るは」
そこで知らないヒト……アシュが私に視線を向ける。確かにさっきまで戦っていた相手が目の前に居たら訳が分からないだろう。
こちらはもう戦うつもりはない。だけど今ここでやられたら、トキヒサを待つという約束を果たせなくなる。
そうして自然と緊張が高まる中、
「……うっ!?」
「痛い」
「あたっ!? って俺もかよ!?」
ボジョの触手によって全員がひっぱたかれ、それによって僅かに場の緊迫した雰囲気が落ち着く。
「……一つだけ聞かせて。今のアナタは敵?」
エプリの問いに、私は少しだけ言葉に迷った。もうクラウンの奴隷ではないので敵対する理由はない。だけど、今の私は主人を持たない奴隷。強いて言うなら今の仮の主人はトキヒサだ。
「分からない。でも、トキヒサと約束した。話をするって。だから、起きるまで傍にいる」
「そう。……でもどのみちここに置いておくわけにはいかないわ。まだ峠を越えただけで回復しきっていないもの。出血も多いし拠点まで連れていかないと」
私の言葉にエプリは少しだけ警戒を緩めたようだった。緩めただけでなくしていないのは傭兵としての行動だろう。
トキヒサの移動と同行の提案に、私はこくりと頷いて同行する意思を示す。トキヒサも色々聞きたいことがあると言っていたし、着いて行かない理由はない。
「これは酷い……すぐにそこに寝かせてくださいっ! 怪我は薬で無理やり塞いでいるようですが、出血が多すぎる。急ぎ増血薬を投与しないと。……薬草の在庫をありったけ出してくださいっ!」
エプリ達に連れてこられた拠点の医療用テントで、ラニーという薬師が鬼気迫る勢いで他のヒトに指示を出していく。その手際は以前奴隷商の所に出入りしていた薬師とは比べようもないほどテキパキしていた。
「……トキヒサの容体は?」
「はっきり言って重症です。しかし幸いダンジョン探索に備えて幅広い薬草の準備をしていますから、増血用の薬草も備えがあります。怪我自体も止血してあるし、傷口も完全ではないにしても塞がっています。……大丈夫! 必ず助けます」
ラニーはそう言って安心させるようにエプリ、そして私に向かって笑いかけた。アシュはどうやら大した怪我もないようで、一足先にこの件の報告に行っているらしい。
「それと……トキヒサさんが一番の重症ですが、アナタもどうやらかなりの怪我をしているようですね。僅かにですが血の匂いがしますよ」
「私は、別に良い。それより、トキヒサを助けて」
「トキヒサさんを最初に治療するのは当然です。明らかに一番重症ですからね。しかしアナタも治療が必要です。私がトキヒサさんの治療をしている間、こちらの女性隊員に診察を受けてくださいね。……エプリさんもですよ。毒を受けたという話でしたが、完全に解毒できているか調べなくては」
私は奴隷なのだから別に良いというのに、ラニーは私やエプリの治療も行うべく自分と同じ服装のヒトに怪我の様子を簡単に調べさせた。
と言っても治療自体は主にラニーが行うようで、直接の手当てはせずあくまでどういった怪我や症状があるかを知るだけの診察のようだった。
「……ふぅ。トキヒサさんの方はこれで応急処置は終わりと。エプリさんの診察はどうですか?」
「エプリさんはかなりの疲労と出血が見られますが、解毒と止血はされていて緊急性はやや低めかと」
同じテント内なので、布で仕切られているとは言えこちらにも声が聞こえてくる。エプリは少なくとも私が見た限りにおいて、大きな傷はクラウンに負わされた脇腹のものと私との戦いのもののみ。
加えるならクラウンは深い傷を与えることよりも、浅くても良いので確実に傷を付けて毒を与えることが戦法。なのですぐ止血と解毒をしたのであれば、出血自体はトキヒサに比べれば大分少ないはず。
ここまで来れるだけの体力もあったし、治療は必要だけどまだ余裕があるということかな?
「これはっ!? ……ラニーさんっ!」
「何かありましたか!? ……これは!?」
私の身体を診ていた隊員が焦った声でラニーを呼ぶ。ラニーはこちらに駆け寄り、私の身体を見て驚いた様子を見せる。
怪我自体はトキヒサに比べたら比較的まだ余裕があるけれど、どうやらラニー達が気にしているのはこの胸に埋め込まれた魔石の方らしい。ラニーは埋め込まれた魔石をじっと見て、
「……いえ。どうしてこのようなことになっているかは分かりませんが、見た所こうなったのは少なくとも数日前のようですね。魔力も大半を使い切っているようですし、今すぐどうにかなるというものではなさそうです。どちらかというとトキヒサさんと同じく身体中に見られる裂傷の方が問題ですね。……仕方ありません。トキヒサさんの次はセプトちゃん。その次にエプリさんの順で治療を行います」
適性があるのでトキヒサよりは酷くないけど、それでも身体中に小さな傷が拡がっている。一つ一つは小さいけど、数が数だけに出血量だけで言ったら私の方が多い。その点でこのヒトは私を優先しようというのだろう。
トキヒサといいこのラニーというヒトといい、私が奴隷であっても他のヒトと同じように扱う。そのことが私には不思議だった。
「……はい。お話は大体分かりました」
治療を終えた翌日、私はこの目の前にいる男、ゴッチ・ブルークというヒトからの質問に答えていた。横にはエプリとアシュが同席している。
トキヒサはまだ目を覚まさない。本当なら傍で待っていたいけど、私の話を聞きたいということで呼ばれているので仕方がない。出来ればトキヒサに話したかったのだけど。
ただ、ゴッチは様々なことを聞いてきたけれど、あまり答えられるものはなかった。クラウンは秘密主義で、奴隷に対してはほとんど何も話さなかったし、アジトの場所も普段転移で移動していたので不明。
ただ身体に埋め込まれている魔石の話題になると、何故か皆痛ましいモノを見るような目を向ける。
ラニーが診た所、どうやらこの魔石は私の身体とほぼ一体化していて取り外すことが難しく、外すにしても専門の設備と術者が必要になるらしい。このままでは最悪魔石が凶魔化し、それを身に付けている私もそうなるという。
ただそれは魔石が限界を迎えたらの話で、定期的に私が魔力を消費すればある程度は抑えられるらしい。それなら心配は要らないみたい。痛みも特にないし、奴隷として活動する分には問題なさそう。
「さて、最後にセプトさんの処遇ですが、セプトさん自身はどうしたいですか?」
「私?」
「はい。その首輪を調べました所、何故か現在トキヒサさんが主人として登録してある状態にあります。……そういった契約を結ばれましたか?」
トキヒサが私の? 思い返してみると、一緒に幕の中に閉じ込められていた時、何故かトキヒサは無理に外したら命を奪うこの首輪をいとも簡単に外してみせた。その時首輪が一度消えたと思ったら、少ししてまたどこからともなく取り出して私に手渡した。
あの時自分が主人になるように登録を……いや、トキヒサはそのような素振りは見せなかった。それに命令も特にしていなかった。
一度外したことでクラウンの登録は解除されるにしても、首輪に正式に登録しなければ、ただ着けただけでは主人にはならない。
「……いいえ。だけど、トキヒサが主人ならそれで良い」
私は少し考えて、そしてすぐに考えるのを止めた。奴隷には主人が要る。それが誰で、どんなヒトであっても。
でも確実に言えるのは、トキヒサは主人でなくてもほんの少し気に掛けたいと思えるヒトだ。
それが主人となるのなら、気に掛けないという道理はない。これから彼に尽くし、彼に仕え、彼のモノであろう。
ジロウ。あなたの宿題。私にも主人以外に少し気にかけるヒトが出来たけど、そのヒトが主人になった場合はどうすれば良いんでしょうか?
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