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第六章 積もった金の使い時はいつか
追い込まれる者達
しおりを挟む「セプトっ! しっかりしろっ!」
「うぅっ……胸が、熱いっ!」
まるで脈動するかのような規則的な怪しい輝き。それがセプトの胸の魔石から放たれていた。
『ほぅ!? 興味深いな。特別に加工された魔石を身に着けていたのもそうだが、何よりそれが発動してもなお凶魔化せずに堪えていられるというのは実に興味深い』
こちらの様子を見て、どことなく思案する様に顎に手をやる仮面の男。……いや、今はそんなことどうでも良い。
「おいそこの仮面野郎。セプトとこの人達に何した?」
『君にそんなことを話す義務が有ると』
「話せっ!」
自分でもここまでドスの効いた声が出るとは思わなかったが、仮面の男を睨みつけるように話を促す。
『……なに。簡単なことだ。この道具から出る振動は、特殊な加工を施した魔石に反応して強制的に凶魔化を促す。もちろん個体差はあるがね。そしてヒトが身に着けている場合当然だがヒトも凶魔化する。……こちらにばかり注意を割いていて良いのかね?』
「うおおおっ!!」
その裂帛の雄叫びを聞いて振り返ると、そこには荒れ狂う凶魔を必死で抑えるボンボーンさんの姿があった。
しかし以前監獄で見た鬼凶魔よりは小柄とは言え、それでも二メートル以上ある巨体で二体。それを一人で迎え撃つのはボンボーンさんでも厳しいらしく、さっきから防戦一方だ。そして、
『ウガアアアっ! ガガっ! オレハ……オレハアアっ!』
「ぐっ!? このっ!」
遂に腕どころか肩、そして顔の一部まで浸食が進んで赤黒い外殻のような物で覆われたネーダが、何かを叫びながらヒースと相対している。
質の悪いことに、さっきから自分の身を焦がす勢いで、自身と一体化しかけている赤い魔剣から炎を吹き出していてまともに近寄ることが出来ない。
あいつ凶魔化して理性が飛んでるのに何で剣を扱えてんだよっ!?
『ふむ。やはり道具と魔石を一体化させた状態で凶魔化すると、その道具にある程度馴染むか。どこまで扱えるかは素体の能力次第という感じだが』
「このっ! 皆を元に戻せっ!」
俺は仮面の男に貯金箱で殴り掛かるがするりと躱される。
『残念だが、この道具で出来るのは凶魔化の誘発のみ。そして私は戻すための道具を持っていない。どうしても戻すというのなら、核の魔石を砕くか摘出することだな』
「ならお前を捕まえて、治せる道具のある場所まで案内させてやるっ!」
魔石を壊そうにも摘出しようにも、武器に埋め込まれているネーダはともかく他の二人はどこに持っていたのか分からない。
なにより……このままじゃセプトも凶魔化する。それは何が何でも避けないとっ!
『捕まるのは御免こうむる。……さて、素体を使い潰すことになったが最低限の仕事は出来た。そろそろ引き揚げさせてもらおうか』
その言葉と共に、仮面の男は懐から何かを取り出し地面に叩きつけた。その瞬間、薄紫の靄が凄い勢いで辺りに巻き起こる。
「うっ!? 何だこの靄はっ!?」
色からして咄嗟にヤバいと判断して口元を覆う。……くそっ! 仮面の男はどこ行った? 視界が悪くて見つからない。
「ごふぁっ!?」
バキバキっと何かが折れるような嫌な音と共に、誰かがこっちに吹き飛ばされてきた。見ると、
「ボンボーンさんっ!」
先ほどまで凶魔と戦っていたボンボーンさんだった。その姿は酷い有様で、左腕が赤く大きく腫れあがっている。これ折れてるんじゃないか?
「うっ。痛ってぇなちくしょうっ! 何だこの靄。さっきから目が霞みやがる」
「トッキーっ! この靄を吸っちゃダメ! 治療するから早くボンボーンさんをこっちにっ!」
ボンボーンさんが悪態をつく中、自分とセプトの周囲を光の幕で覆ったシーメからの声が飛ぶ。どうやらあそこならこの靄の影響を受けないみたいだ。
「分かったっ! ……っておわっ!?」
そこへさっきの凶魔の一体が殴りかかってくる。直撃こそしなかったが、空振って地面に直撃した拳が一瞬周りを揺らす。なんて馬鹿力だ。
「ちっ! どいてろっ! うらあぁっ!」
ボンボーンさんは俺を押しのけると、無事な右腕で鬼凶魔の顔面をぶん殴った。それは鬼凶魔がよろける程の一撃。だが、
「……はぁ……はぁ。うぐっ!?」
追撃をしようとするボンボーンさんだが、もう片方の腕はボロボロでほとんど動かない。その隙にもう一体の鬼凶魔が襲い掛かり、
「このっ! 金よ。弾けろ!」
俺は小銭をボンボーンさんと鬼凶魔達の間に投げ込み、軽い煙幕を起こして足止めをする。その間に俺達は何とかシーメの作っている光の幕の中に走り込んだ。
ここは瓦礫の陰になっているので、鬼凶魔達も俺達を見失ったようだ。俺は大きく息を吐く。
「……ぷはぁっ! この中までは靄が入ってこないみたいだな」
「大丈夫トッキー? 咄嗟に危ないと感じて張ってみたけど上手くいって良かったよ。ボンボーンさんは腕を見せて」
この光の幕は常に気を張っていなくても大丈夫なようで、シーメはテキパキとボンボーンさんの治療を始める。まあ丁寧さより速度重視のようだが。
「すまねえな。急に靄に巻かれて目が霞んでるうちに一発貰っちまった。どうやらあいつらには効いてねえみたいだが……にしても一体どうなってんだ? あの仮面野郎が何かをしたと思ったら、急に一緒に居た奴らが化け物に」
「それについては後で話します。今はこの場を乗り切らないと」
とはいうもののこれは非常にマズイ。相手は凶魔がネーダも含めて三体に見失ったけど仮面の男。
対してこっちは戦闘には自信のない俺に、今もネーダと戦っているヒース。傷だらけのボンボーンさんにそれを治療中のシーメ。そして、
「……はぁ……私も……戦……うぐっ!?」
「安静にしてなきゃダメだよセプトちゃん。今一番危ないのはセプトちゃんなんだから」
セプトが立ち上がろうとするのを、シーメはやや強い口調で諫める。それだけ危ないってことか。
「シーメ。セプトの容体は?」
「正直めっちゃ悪い。埋め込まれていた魔石が急に凶魔化ギリギリの状態まで悪化してる。今凶魔化してないのは、爆発寸前の魔石からこの前付けた器具の魔石へ魔力が流れているから。……でもそれもあとどれだけ保つか」
ちょっとゴメンと断りを入れてセプトの胸元に被せられた器具を見ると、器具に取り付けられた後付けの魔石が酷く色が濃くなっている。もうとっくに交換時で、このままだとこっちも爆発寸前だ。
「一刻も早く教会に連れて行ってエリゼ院長に見せなきゃ。慎重に魔石を交換すれば抑えられるかもしれない」
「……でも、まずはこの状況を何とかしないとな」
周りには仮面の男の残した毒靄が漂っていて、そのくせ凶魔達にはまるで効かないという理不尽さ。おまけに、
「ウガアアアっ! ……コレダ。ヤハリ、フタツナイト」
「くっ!? まさかこの姿になっても二本とも使えるなんて」
鬼凶魔達とは反対側の場所で今も戦っているヒース。その相手であるネーダが、先ほど取り落とした青い魔剣を拾って辺り構わず火炎と氷雪をばら撒いているという始末。
この状況をどうしろって言うんだよっ!
「……トキヒサ」
「心配するなセプト。必ず助けるから」
俺はなるべくセプトに不安を与えないよう、敢えて力強く断言する。……そうだった。今は無理でも何でもやるっきゃないか!
しかしどうするか。俺達は瓦礫に身を潜めながら、この状況をどうするか手短に作戦を立てる。
「まず何と言ってもセプトだ。早く教会に連れて行って診てもらわないと。というかそれ以外に診てもらえる場所は無いのか?」
「普通の怪我とかならまだしも、こんな風に凶魔化関係となると多分無理だよ。それに万が一凶魔化したら対処できない」
珍しくシーメが大真面目にそう答える。確かにあの教会は、内部で暴れられても大丈夫なように備えがしてあった。やっぱりどうにかあの教会まで連れてかないとダメか。
「次にここら一帯にばらまかれたこの薄紫の霧だ。シーメは何か分からないか?」
「う~ん……多分魔法の霧に毒素を後から混ぜ込んだものだと思う。吸うと目が霞んだり身体がふらついたり、あと距離感が掴めなくなったりもあるかも。ボンボーンさんは今体験したんじゃない?」
「ああ。躱せると思った攻撃を食らってこのザマだ」
シーメの応急処置を受け、左腕を布で縛って簡単に固定したボンボーンさんが嘯く。その状態で「……よし。これなら殴れるな」なんて言ってシーメに止められている。
「じゃあ一時的にで良いから効かなくなるようには出来ないか? もしくはこの霧自体を何とか」
「……数分程度なら症状を抑えられると思う。だけどそこまでが限界かも。霧自体を何とかするとなると、それこそ院長級の光属性の使い手が毒を浄化するか、ものすっごい風魔法で吹き飛ばすとか」
どっちもこの面子じゃ無理だな。だが症状が抑えられるなら、その間にあいつらを引き寄せてその隙に皆を逃がすという手も出来るか。
「……そうだっ! ボンボーンさん。奴らの身体に黒っぽい魔石がありませんでしたか? それを壊すか抜き取れば元に戻るんです」
「魔石? ……いや、特にそれらしいものは見なかったぜ」
ぐっ!? ってことは完全に身体の中か。じゃあ一体どうすれば、
「……マズっ!? 見つかったっ!」
どこか金属音のような音が響き渡り、俺はハッとしてそちらを見る。そこには周囲に張られた幕に拳を打ち付ける鬼凶魔の姿が。だが、
「“光壁”。あっぶな~! だけど私ときたら、盾無しでも防御にはちょっち自信があるんだよね」
鬼凶魔がさっきから何度も拳を打ち付けているが幕はびくともしない。シーメが鬼凶魔に向けて手をかざしているので、どうやら今の一瞬で周囲の幕を強化したらしい。
だが表情こそいつもの通りだが、額からはたらりと汗が流れている。言うほど余裕ではなさそうだ。
「ちっ! おいシスターっ! 俺にさっき言ってた霧の効果を抑える奴を!」
「こっちも頼むっ!」
相手はどうやら一体だけのようだが、居場所がバレた以上こうなったら腹をくくるしかない。
「任せてっ! 光よ。幕となりてこの者達を守って! “光幕”」
シーメがもう片方の手で俺達の方にも手をかざすと、周囲の物とは別に俺達を包むように白い幕が広がる。……何か少し気分がスッとした気がする。
「私はセプトちゃんから離れられない。だからあのデカいのは二人で何とかして!」
「ああ。セプトを頼む。……少し待っていてくれセプト。すぐ戻る」
「ダメ。私が……行くから。……うぅ」
セプトは俺を追って立ち上がろうとし、すぐに胸を押さえて蹲る。……俺が何とかしなきゃ。
俺は片手に貯金箱、もう片方の手に硬貨を握りしめてシーメが周囲に張っていた幕の外に出る。ボンボーンさんも同様だ。
「やるっきゃないみたいですね。……腕大丈夫ですか?」
「生意気言ってんじゃねえ。てめえこそ行けんのか?」
まだ治っていないのは間違いない。それでもなお、ボンボーンさんも拳を構えて鬼凶魔を真っすぐ見据える。鬼凶魔の方も、壊れない幕より外に出てきた俺達の方に意識を向けたようだ。
「前に似た奴と戦ったことがあります。一人で勝てるとは行きませんが、足止めや簡単な囮くらいなら」
「上等だ。……じゃ、行くぜおらあぁっ!」
ボンボーンさんの雄たけびを上げての突撃が、戦いのゴング代わりとなった。
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