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第六章 積もった金の使い時はいつか
閑話 もう一つの戦い
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆◇◆
『……ふむ。素体は都市長の手に渡るか』
戦いの場から少し離れた所。やや高い所にある建物の上から、事の顛末を確認していた者が居た。
その男こそヒースの言う仮面の男。影凶魔に串刺しにされ、そのまま多くの武器で責め苛まれモノと化したはずの男である。
『今からでも回収に……いや、難しいか。まさか私自身のゴーレムまで壊されるとはな』
仮面の男は誰に言うでもなく呟く。
そう。先ほどまで戦っていたのはただのゴーレム。魔石を動力とする半自立型ゴーレムを、仮面の男が遠隔操作していたものだ。
ゴーレムを介することで毒も受け付けず、動きに合わせて魔法を使うことで本人と誤魔化せる。難点は使用者が近くに居る必要がある程度のものだった。
『……むっ!?』
仮面の男はその仮面の奥で目を細める。
彼がこんなことになった理由。興味深い素体のセプトを連れた者達が、衛兵隊から離れてどこかへ向かっていたのだ。向かう先には雲羊が待機している。
『これは都合が良い。移動中に襲撃は難しくとも、場所さえ分かれば手段は幾らでもある』
仮面の男はその移動先を確かめようとし、
「は~い。そこまでっすよ! どこのどちらか知らないけど怪しい誰かさん」
とある後輩に行く手を塞がれた。
「冴え渡るあたしの第六感! な~んか嫌な感じがして来てみれば、見るからに怪しい人が物騒なことを口走っている現場を目撃っす!」
『何者だお前は? ……いや、何者でも変わらないか。“石槍”』
仮面の男は無造作に地面から石槍を隆起させて大葉を貫こうとした。
見た所大した魔力も感じず、身のこなしもそこまでとは思えない。次の瞬間には終わるだろう些事。すぐに意識を切り替えて、セプトの移動先を確認しようとした時、
「『どこでもショッピング』。カテゴリは剣。試用……スタート」
『なっ!?』
大葉の手には、いつの間にか持ち手から薄青色の魔力の刀身が伸びる剣が握られていた。それは以前、シスター三人娘の一人ソーメが持っていた物に酷似……いや、そのものだった。
迫りくる石槍を、大葉は舞うように切り払う。この動きもまた本来の持ち主にとても良く似ていた。
「う~んさっすがソーメちゃんの魔力剣! あたしの補正も爆上り! ……んで? 諦めて降参してもらえないっすかね? あたしも知らない人を傷つけるってのはちびっと気が引けたりするんすよ!」
油断なく剣を構えるその仕草に、仮面の男は目の前の相手への警戒を一気に引き上げる。だが、
『……っ!? その痣は!?』
一瞬だけ吹き抜けた風。そして少しめくれた袖の隙間から見える特徴的な形の痣に、仮面の男は何故か反応した。
「およっ!? もしかしてこれが何なのか知ってるっすか? それはますます逃がすわけにはいかないっすね!」
『……あの御方と同じ痣。これはなんという僥倖かっ! 予想外の素体と興味深いヒトを見つけるとは』
仮面の男はそうどこか狂気を思わせる喜びようで、スッと構えを解き懐に手を入れる。そして、
『ああなんとしたことだ。このような幸運に恵まれながらも、今は出迎える準備が出来ていないとは。また後日、あの素体と共に改めて迎えに上がるとしよう』
「逃がさないっすよ!」
気取った態度で一礼する仮面の男に、無理やりにでも捕まえようとする大葉。だが、
『いいや。お暇させてもらおう。失礼!』
次の瞬間、懐で何か光ったと大葉が思った瞬間、仮面の男はフッと姿を消した。大葉は知る由もなかったが、以前時久が使ったのと同じ転移珠である。
「え~っ!? なんすか今の? 瞬間移動? そんなのアリっすか!?」
大葉は悔しがりながらその場に座り込む。能力をあまり人に見せたくないからと、ここまで一人で来たのが裏目に出た形だ。だがすぐにえいやっと勢いよく立ち上がる。
「……まっ! な~んか知ってそうな人がいるのは分かったし、セプトちゃんを狙ってる奴を追い払えたと考えれば良しとしますか!」
そうして大葉は仮面の男が見ていた先、自分のセンパイやその仲間達を見てホッと一息つく。
「あっちも無事みたいだし、こっちも早いとこ帰るとしますか! 待ってくださいよセンパ~イ! あたしもここに居るっすよ~!」
大葉は急いで合流すべく走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ノービスのとある一画。テローエ男爵の屋敷にて。
(何故だ? 何故こんなことに?)
テローエ男爵は冷や汗を流しながら狼狽していた。
事の始まりは少し前。屋敷にドレファス都市長が護衛を連れて訪問してきたことから始まった。
事前連絡もなく無作法なと思う男爵だったが、魔石の件で重要な話があると切り出されては迎え入れざるを得なかった。そして、
「男爵殿。貴殿がヒトを凶魔化する魔石の販売に関わっていたことは調べがついている。速やかに縛につかれることを薦めるぞ」
その言葉に、男爵は目の前の相手を始末せねばならないと判断した。カマをかけているだけということもあり得たが、どのみち都市長に疑われた以上いずれ真相は明るみに出る。
(いかに都市長とは言え、卑しい冒険者風情から成り上がっただけの男。由緒正しい貴族たる私が捕まるなどあり得て良い筈がない)
そんな単純な思考から、テローエ男爵は急遽部屋に手勢を集めて襲撃した。不意を突くべく一人はメイドに扮させ、トレイから都市長がワインを手に取った瞬間に切りかからせた。だというのに、
ザンっ!
剣が振るわれると共に、また一人ばたりと倒れる。斬られた方は自身が斬られたことにすら気づかず一瞬で意識を刈り取られた。
周囲に見えるは同じように斬り倒された計十九名。それも全員が加減をされたため生きている。
それを成した男。ジューネの用心棒にして一時のみドレファス都市長に付き従っているアシュは、大きく剣を振るってそのまま納刀する。
「一丁上がりっと! 残るはアンタだけだぜ? 男爵様」
「ば、バカな!? 手練れの部下がこうもあっさりと」
「残念ながら男爵殿。少々部下の質が良くなかったようだな。どれも精々冒険者で言えばD級。ぎりぎりC級が数名といった所か。無論連携が取れていれば実力の底上げも出来ようが、それすら無くては烏合の衆と変わらぬよ」
そう冷静に戦況を観察しながら、ドレファス都市長はソファーに腰掛けたまま優雅にワインを傾ける。
襲われたというのに慌てるそぶりも見せず、あまつさえワインを一滴も零すことなくじっくりと味わう都市長。まるで自身に誰かが刃を突き立てるなどあり得ないと言わんばかりの態度。挙句の果てに、
「……ふむ。部下の質は悪いがワインは上々だ。その目利きがヒトにも使えればよかったのだがな」
これである。余裕を崩さない都市長の態度に、テローエ男爵はますます困惑の色を見せる。
「くっ!? 良い気になるなっ! この成り上がり者めっ! この屋敷にはまだ他にも手勢が」
「いや。だからさっきも言ったろう男爵様よ。……あとはアンタだけだって」
「何を……まさかっ!?」
男爵は慌てて手元にあった道具で、屋敷内に常駐する他の手勢を招集する。だというのに相手からの反応はない。これが意味する所は、
コンコンコン。
「失礼致します都市長様。屋敷の大まかな制圧は完了致しました。こちらの死傷者はありません」
「そうか。報告ご苦労ベン。……聞いた通りだ男爵。とっくに他の貴殿の部下は衛兵隊によって拘束されている。下手に抵抗せず死傷者が無かったのは良い判断だったな」
衛兵隊長の言葉を聞きながら、都市長は穏やかに笑いかける。
ちなみにこれは少し事実と異なる。男爵の手勢は抵抗したが、士気も練度も数も衛兵隊が上だったので普通に制圧されただけである。
その事実に思い当たり、男爵はわなわなと震えながら都市長を睨みつけた。
「ふ、ふざけるなぁっ!」
もはや冷静な思考力の残っていなかった男爵は、コケにされた怒りをぶつけるべく壁に飾ってあった装飾剣を手に取り都市長に襲い掛かった。
装飾剣とは言え、男爵自身最低限の武芸程度は身に着けている。実際勢いだけならこの瞬間D級冒険者と同格か上回っていたかもしれない。
そしてアシュやベンはその動きを止めようとしなかった。動き自体は見えていても、仮にも相手は下級とは言え貴族だ。下手に手を出せば問題になる。
なのでこの時、都市長自身が剣を防いだのは当然の事だろう。
「……なっ!?」
使ったのがテーブルの上に置かれていたトレイでさえなければ、もう少し絵になったのだろうに。
男爵は唖然とする。
都市長が身に着けている剣であったとしても、或いはそこらに倒れている部下の剣を使ったとしてもそこまで驚きはしなかっただろう。しかし都市長が使ったのは武器でもなんでもないただのトレイである。
耐久性も本気でそこらに叩きつければヒビが入るか割れる程度だ。だというのに、
「ふっ!」
都市長はトレイを盾のように翳し、剣が表面に当たるか当たらないかギリギリの所でトレイをくるりと反転。剣を巻き込むように回転させ、その勢いに思わず男爵は剣を取り落す。
その瞬間、都市長はもう片方の腕で男爵の腕を掴み、そのまま地面に引き倒した。
「ヒュ~! やりますね」
「友人から教わった技だ。……男爵殿。私は確かに元冒険者の成り上がり者だ。しかしながら、それゆえに修羅場を潜った数であれば……すまないな。貴殿とは桁が違うのだよ」
「ぐっ!? ……くそっ!」
アシュが口笛を吹いて称賛する中、都市長は淡々とただ事実を口にする。
「さて。調べは付いているが一応確認しておこう。貴殿はヒトが凶魔化する魔石を、自身の管理する倉庫街、通称物置通りを中継して売買していた。それは認めるな?」
「な、何の事だ? 私にはサッパリ」
「とぼけてもらっては困る。ネッツの名を偽装して門の審査を通っていた商人ギルドの職員が吐いたぞ。貴殿と結託して精製した魔石をここに保管していることを」
もちろんそれだけではでたらめを言っている可能性もある。しかし今日別の場所であった魔石の取引。そしてその際魔石を運ぶ荷車を衛兵隊が追い、途中襲撃を受けて一度見失いかけたがすぐにまた仮面の男を発見できたのは幸いだった。
そしてその男がこの屋敷に魔石を運び込むのを確認して確証に変わった。そこですぐさま衛兵隊の本隊を率いてこの屋敷に突入したというのが流れだ。
「それは……」
床に押さえつけられている男爵は、必死に弁明すべく頭を働かせる。……だが、
キイイインっ!
「何だ?」
どこからか、高い金属音のような音が聞こえてきた。都市長やベンはその音の発生源を探し、
「……うぐっ!?」
「……っ!? 都市長殿っ! 男爵から離れろっ!」
「むっ!?」
その声に咄嗟に手を放して距離を取る都市長。見ると、男爵の身体から黒く妖しい光が放たれていた。
「がっ!? ば、バカな!? 何故これが勝手に作動を!? ……奴らめ。裏切ったなあアアァっ!?」
「これはっ!?」
見る見る変貌する男爵の身体。遂には言葉すらただの咆哮に変わり、後に残るのは一体の鬼凶魔のみ。
「ガアアアアァ」
そして、異変はまだ終わらない。
「「ガアアアアァ」」
「むっ!? 都市長様。倒れている者達の何人かも同じようなことになっておりますぞ!?」
「隊長っ! 先ほどまで拘束していた者達が、突然凶魔に変貌をっ! 現在応戦中であります!」
ベンの言う通り、アシュが気絶させた者の数名も同じように凶魔へと変貌し、駆け込んできた伝令から伝えられるのは更なる混乱。素早くベンが窓から外を確認すると、そこには見えるだけで十体近くの鬼凶魔が衛兵隊相手に戦いを繰り広げている。
まさに阿鼻叫喚。拘束されたままで凶魔化していない者は突然のことに怯え、衛兵隊の面々も突然の事に隊列が乱れかけている。
このまま行けば戦線が崩壊しかねない絶望的な状況。だが、
「狼狽えるなっ!!」
都市長の鬼凶魔の咆哮にも負けない、寧ろそれを上回る一喝が屋敷中に響き渡った。あまりの声のデカさにまさかの鬼凶魔すら一瞬動きを止める。
「凶魔がどうしたっ! 居る可能性は最初からあった筈っ! 諸君らは衛兵隊だっ! このノービスの秩序を守り、ヒトを守る盾であるっ! 凶魔如きに後れを取るなっ!」
都市長の一喝に、乱れかけていた衛兵隊も持ち直していく。
「ベンっ!」
「はっ!」
「中庭に出て指揮を執れっ! 対凶魔用装備の使用を許可する。拘束している者達を守り、凶魔達を撃破せよ!」
「直ちにっ! ……しかし都市長様。この部屋の奴らはいかがしましょうか?」
ベンの言うことももっともだ。この部屋には元男爵を始め、凶魔化した者が五体はいる。おまけに床には気を失っている者達が十人以上。それを守りながらはかなり厳しい。しかし、
「アシュ殿っ! 私は自身と気を失っている者達の守護に専念する。実質一人で仕留められるか?」
「……そうですなぁ。なるべく殺さないという点も踏まえると」
アシュは軽く周囲の状況を見渡し、倒れている者達の位置取りなどを確認して結論を出す。
「二分……いや、一分あれば余裕ですな」
スラっと剣を抜き放ち、アシュはそう事も無げに言って獰猛に笑った。
まだこちらの夜は終わらない。
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