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第一章
雑用係 クソガキにヒーロー扱いされる 第一章(終)
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「……ふぅ~。よし。そろそろ退院許可を出そうじゃないか」
「やっとかよ」
煙草を咥えながら俺の傷口を診ていたマーサが、紫煙を吐きながらそう宣言した。そうして包帯を巻き直されると、俺はいそいそとはだけていた患者衣を着直す。
起動実験から一週間、俺は人形に負わされた怪我が元で医務室に世話になっていた。他の怪我人達が先に治って通常業務に戻る中、一人だけ最後まで寝たきりというのはなんとももどかしい。
こういう時は邪因子適性の高い奴らの再生能力が羨ましいな。
「あのさぁ、ケン。アンタの事だからさっさと仕事に戻らなきゃとか考えてないかい?」
「よく分かったな。もう一週間も休んじまったからな。仕事が溜まってる筈だ」
「だろうけどさ、これを機にもう一、二週間くらい休んでもバチは当たらないよ? アンタ普段から働きすぎなんだから」
マーサが呆れ顔で見ているが、どうにもやる事が溜まっていると落ち着かない性分なんだ。
「ったくもう。このワーカーホリックときたら……気が変わった。アンタの退院許可はもう一日延ばすとしようかね!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待てよマーサっ!?」
「支部長にはワタシから言っといてやるよ。もう一日そこのベッドと仲良くやるこったね。そんじゃお達者で!」
マーサはそう言い残し、煙草の残り香を置いて医務室を出て行った。ドクターストップがかかったのでは退院する訳にも行かず、俺は仕方なくまたベッドに横たわる。
暇潰しにあの一件の顛末を簡単に思い出してみる。
まずあの実験自体は成功扱いになった。起動後に暴走したものの、それはこのリーチャーでは日常茶飯事だ。被害も怪我人は出たが死者が出なかったから良しというなんとも悪の組織らしい結論だな。
だが主任が一般研究員に降格となった。暴走自体はよくある事でも、主任が個人的な趣味で余計な装備やら何やらを付けた事で被害が大きくなった為だ。
まあその点については当然の措置だと思うのだが、ミツバと妙に意気投合していたのがやや不安だ。ああいう奴らは合わせると碌な事をしない。
人形は厳重に封印された上で本部兵器課預かりとなった。廃棄処分ではなかったのは、図らずも被害の大きさ=性能の高さという図式で上に伝わってしまったようだ。まあミツバも一枚噛んでいる事は間違いないが。
クソガキことネルはというと、風の噂ではしばらく謹慎という軽い処罰で済んだらしい。暴走の原因はあくまで主任の調整の為という結論になったとか。まあそれを知らせてくれたマーサが言うには、どこかから圧力がかかったとか。
そして、最後に気にかかる事が一つ。人形を停止させる直前にネルから発せられたあの邪因子交じりのプレッシャーだ。
邪因子自体は火事場の馬鹿力というのもあるし、欠乏状態からさらに活性化して捻り出すというのも難しいが出来なくはない。だがあの時背筋に走った寒気。あれにとてもよく似たプレッシャーの持ち主を俺は知っている。おそらくあの場ではミツバも知っていただろう。
なにせ特殊な機会……例えば幹部に昇進する式では、必ずあの人にお目通りをするのだから。
そう。この悪の組織。リーチャーの首領様に。
コンコン。
考え事の最中、急に医務室の扉がノックされる。
誰だ? マーサならわざわざノックするなんてことはしない。なら診察か急患かと思ったが、それにしてはノックからは焦った様子も感じられない。
「誰だか知らんが入んな! と言っても医者は留守だ。軽い怪我なら自分で何とかしてもらうがね」
本来なら今日退院出来る程度には治りつつある身だ。どうせ暇だし、包帯を巻く程度なら手伝ってやってもいいだろう。そんな軽い気持ちで放った言葉だが、
「お邪魔するよ~って……クサっ!? 何よここ!? 前とおんなじで煙草の煙が酷いじゃないっ!? オジサンのオジサン臭と合わせてとんでもない匂いだよコレっ! 換気換気っ!」
入るなりいきなり鼻を摘まんで慌てて煙を手で払うクソガキを見て、入れなきゃよかったと早速後悔した。
「これで良し……と。は~いオジサン! お見舞いに来たよ!」
「そうか。それはわざわざすまんな。じゃあもう用は済んだだろうから回れ右して帰れ」
「ちょっとぉっ!? それは酷いよオジサ~ン! ……ハハ~ン! もしかしてお邪魔だった? もしかして一人寂しくヘブッ!?」
人を舐めた態度にイラっときて、ネルの顔面に枕を投げてその口を閉じさせる。スマンが今の俺は大人の余裕はあんまりないぞ。怪我人(延長)だからな。
「それで? 本当に何の用だ? そもそもお前謹慎中だと噂で聞いたぞ」
「あ~。アレ!」
ネルはクスクスと笑いながら、キャンディーを取り出して口に咥える。
「謹慎にはホントまいっちゃったよ! なんか身体の邪因子量が極端に減ってたらしくて、お父様には邪因子が元の値に戻るまでここに行っちゃいけないって言われちゃった。何日も検査続きだったし……だから今日までかかったよ」
「あれだけの邪因子を消費しておいて、たった一週間で戻ったのかよ」
人形に注ぎ込んだ分。止める際に周囲に放たれた分。並の怪人が同じ量を溜めようとしたら、一体どれだけかかる事か。本当にこのクソガキは才能だけなら群を抜いている。
内心呆れながらも感心していると、ネルはそれまでのへらへらした態度から一転。この年頃のガキには珍しい真剣な眼差しでこちらを見据える。
「……ねぇ。オジサン。オジサンは……なんであの時あたしを庇ったの?」
「うん? ああ」
何を言いだすかと思えば、この前の人形の件か。ネルは俺の服から覗く、肩に巻かれた包帯を見て顔を歪める。
「オジサンのその怪我。まだ治っていないじゃない。……オジサンも分かったでしょ? あたし幹部候補生だよ。あたしだったらこのくらいの傷、一日もあれば治ってた。なのに、何で庇ったの?」
「何でって言われてもなぁ」
「誤魔化さないでっ!」
また一瞬だけ、ネルからプレッシャーが放たれる。だがそこに混じる感情は怒りというよりも、
「あたしの方が強いんだからっ! 庇われるような事なんて……無いんだから。だから、オジサンがこんな怪我する必要なんて」
「……はぁ。ああもう泣くんじゃねえよ」
また涙目になって顔を俯かせるネルに、俺はため息を吐きながらベッドを降りて、部屋に備えてあるハンドタオルを取ってくるとネルの顔を拭く。
「あぅ!? オジサンっ!? 拭けるっ! 自分で拭けるって!?」
「良いからジッとしてろ。……良く聞けよクソガキ。自分の方が強いから庇われる必要なんかないってか? んな訳あるかよ!」
どこか首領によく似た邪因子と規格外の才を持つ子供。色々と気になる所はあるがそんな事はどうでも良い。俺はやや乱暴にごしごしと拭きながら、至極単純な答えをクソガキに返してやる。
「お前さんが俺より強かろうが弱かろうが関係ねぇ。大人がガキの面倒見んのは当たり前だろうが」
そのまましばらく拭き、しっかり涙が拭えた事を確認する。ネルはそのまま少し押し黙ると、
「……本当? あたしが幹部候補生でも、幹部になっても、同じ事が言える?」
「ああ。幹部候補生だろうが幹部だろうが上級幹部だろうが、ガキが正しく分かるまで教えて、褒めて、叱って、助けるのが大人だからな。嫌だってんならさっさと元気に育って大人になるこった。……まあそしたら自分が構う側になるんだけどよ」
「ふふっ。オジサンはヒーローみたいだね。悪の組織なのに変なの」
「……ふ、ハッハッハッハいやスマン。ハハハ……俺がヒーローか」
ネルのとんでもない冗談に、ついたまらず吹き出してしまった。目を丸くするネルについついポンポンと頭に手を置いてこう言ってやる。
「ヒーローなんてもんはな、自分を犠牲にしてでも全部を助けようとする奴らがやるもんだ。俺はガキ一人の相手で手一杯だよ」
ネルはそれを聞いて、それもそうだねとやっと年相応の顔で笑った。
数日後。
「だああっ!? 仕事の邪魔だっ! さっさと帰れっ!」
「ねぇ良いでしょう? 雑用係なんかより、もうじき幹部になるあたしの下僕の方が待遇良いよ! ちょ~っと頭を下げて「この卑しいクソ雑魚オジサンは、とっても強くて美少女のネル様に完全に分からせられました。どうか私めをあなた様の専用下僕にしてくださいお願いします」と言ってくれれば、すぐにでもお父様に掛け合って取り立ててもらうから! 仕事だってあたしの世話をしてくれればそれで良いよ!」
何故か前にもましてクソガキに舐めた態度で絡まれるようになった。
一体どうしてこうなった?
◇◆◇◆◇◆
という訳で、俺達の戦いはこれからだエンドっぽくなりましたが、これで(この章)最終回です。これまでお付き合いくださった読者様。本当にありがとうございました。
それではここで恒例のおねだりをば。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、感想等は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
「やっとかよ」
煙草を咥えながら俺の傷口を診ていたマーサが、紫煙を吐きながらそう宣言した。そうして包帯を巻き直されると、俺はいそいそとはだけていた患者衣を着直す。
起動実験から一週間、俺は人形に負わされた怪我が元で医務室に世話になっていた。他の怪我人達が先に治って通常業務に戻る中、一人だけ最後まで寝たきりというのはなんとももどかしい。
こういう時は邪因子適性の高い奴らの再生能力が羨ましいな。
「あのさぁ、ケン。アンタの事だからさっさと仕事に戻らなきゃとか考えてないかい?」
「よく分かったな。もう一週間も休んじまったからな。仕事が溜まってる筈だ」
「だろうけどさ、これを機にもう一、二週間くらい休んでもバチは当たらないよ? アンタ普段から働きすぎなんだから」
マーサが呆れ顔で見ているが、どうにもやる事が溜まっていると落ち着かない性分なんだ。
「ったくもう。このワーカーホリックときたら……気が変わった。アンタの退院許可はもう一日延ばすとしようかね!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待てよマーサっ!?」
「支部長にはワタシから言っといてやるよ。もう一日そこのベッドと仲良くやるこったね。そんじゃお達者で!」
マーサはそう言い残し、煙草の残り香を置いて医務室を出て行った。ドクターストップがかかったのでは退院する訳にも行かず、俺は仕方なくまたベッドに横たわる。
暇潰しにあの一件の顛末を簡単に思い出してみる。
まずあの実験自体は成功扱いになった。起動後に暴走したものの、それはこのリーチャーでは日常茶飯事だ。被害も怪我人は出たが死者が出なかったから良しというなんとも悪の組織らしい結論だな。
だが主任が一般研究員に降格となった。暴走自体はよくある事でも、主任が個人的な趣味で余計な装備やら何やらを付けた事で被害が大きくなった為だ。
まあその点については当然の措置だと思うのだが、ミツバと妙に意気投合していたのがやや不安だ。ああいう奴らは合わせると碌な事をしない。
人形は厳重に封印された上で本部兵器課預かりとなった。廃棄処分ではなかったのは、図らずも被害の大きさ=性能の高さという図式で上に伝わってしまったようだ。まあミツバも一枚噛んでいる事は間違いないが。
クソガキことネルはというと、風の噂ではしばらく謹慎という軽い処罰で済んだらしい。暴走の原因はあくまで主任の調整の為という結論になったとか。まあそれを知らせてくれたマーサが言うには、どこかから圧力がかかったとか。
そして、最後に気にかかる事が一つ。人形を停止させる直前にネルから発せられたあの邪因子交じりのプレッシャーだ。
邪因子自体は火事場の馬鹿力というのもあるし、欠乏状態からさらに活性化して捻り出すというのも難しいが出来なくはない。だがあの時背筋に走った寒気。あれにとてもよく似たプレッシャーの持ち主を俺は知っている。おそらくあの場ではミツバも知っていただろう。
なにせ特殊な機会……例えば幹部に昇進する式では、必ずあの人にお目通りをするのだから。
そう。この悪の組織。リーチャーの首領様に。
コンコン。
考え事の最中、急に医務室の扉がノックされる。
誰だ? マーサならわざわざノックするなんてことはしない。なら診察か急患かと思ったが、それにしてはノックからは焦った様子も感じられない。
「誰だか知らんが入んな! と言っても医者は留守だ。軽い怪我なら自分で何とかしてもらうがね」
本来なら今日退院出来る程度には治りつつある身だ。どうせ暇だし、包帯を巻く程度なら手伝ってやってもいいだろう。そんな軽い気持ちで放った言葉だが、
「お邪魔するよ~って……クサっ!? 何よここ!? 前とおんなじで煙草の煙が酷いじゃないっ!? オジサンのオジサン臭と合わせてとんでもない匂いだよコレっ! 換気換気っ!」
入るなりいきなり鼻を摘まんで慌てて煙を手で払うクソガキを見て、入れなきゃよかったと早速後悔した。
「これで良し……と。は~いオジサン! お見舞いに来たよ!」
「そうか。それはわざわざすまんな。じゃあもう用は済んだだろうから回れ右して帰れ」
「ちょっとぉっ!? それは酷いよオジサ~ン! ……ハハ~ン! もしかしてお邪魔だった? もしかして一人寂しくヘブッ!?」
人を舐めた態度にイラっときて、ネルの顔面に枕を投げてその口を閉じさせる。スマンが今の俺は大人の余裕はあんまりないぞ。怪我人(延長)だからな。
「それで? 本当に何の用だ? そもそもお前謹慎中だと噂で聞いたぞ」
「あ~。アレ!」
ネルはクスクスと笑いながら、キャンディーを取り出して口に咥える。
「謹慎にはホントまいっちゃったよ! なんか身体の邪因子量が極端に減ってたらしくて、お父様には邪因子が元の値に戻るまでここに行っちゃいけないって言われちゃった。何日も検査続きだったし……だから今日までかかったよ」
「あれだけの邪因子を消費しておいて、たった一週間で戻ったのかよ」
人形に注ぎ込んだ分。止める際に周囲に放たれた分。並の怪人が同じ量を溜めようとしたら、一体どれだけかかる事か。本当にこのクソガキは才能だけなら群を抜いている。
内心呆れながらも感心していると、ネルはそれまでのへらへらした態度から一転。この年頃のガキには珍しい真剣な眼差しでこちらを見据える。
「……ねぇ。オジサン。オジサンは……なんであの時あたしを庇ったの?」
「うん? ああ」
何を言いだすかと思えば、この前の人形の件か。ネルは俺の服から覗く、肩に巻かれた包帯を見て顔を歪める。
「オジサンのその怪我。まだ治っていないじゃない。……オジサンも分かったでしょ? あたし幹部候補生だよ。あたしだったらこのくらいの傷、一日もあれば治ってた。なのに、何で庇ったの?」
「何でって言われてもなぁ」
「誤魔化さないでっ!」
また一瞬だけ、ネルからプレッシャーが放たれる。だがそこに混じる感情は怒りというよりも、
「あたしの方が強いんだからっ! 庇われるような事なんて……無いんだから。だから、オジサンがこんな怪我する必要なんて」
「……はぁ。ああもう泣くんじゃねえよ」
また涙目になって顔を俯かせるネルに、俺はため息を吐きながらベッドを降りて、部屋に備えてあるハンドタオルを取ってくるとネルの顔を拭く。
「あぅ!? オジサンっ!? 拭けるっ! 自分で拭けるって!?」
「良いからジッとしてろ。……良く聞けよクソガキ。自分の方が強いから庇われる必要なんかないってか? んな訳あるかよ!」
どこか首領によく似た邪因子と規格外の才を持つ子供。色々と気になる所はあるがそんな事はどうでも良い。俺はやや乱暴にごしごしと拭きながら、至極単純な答えをクソガキに返してやる。
「お前さんが俺より強かろうが弱かろうが関係ねぇ。大人がガキの面倒見んのは当たり前だろうが」
そのまましばらく拭き、しっかり涙が拭えた事を確認する。ネルはそのまま少し押し黙ると、
「……本当? あたしが幹部候補生でも、幹部になっても、同じ事が言える?」
「ああ。幹部候補生だろうが幹部だろうが上級幹部だろうが、ガキが正しく分かるまで教えて、褒めて、叱って、助けるのが大人だからな。嫌だってんならさっさと元気に育って大人になるこった。……まあそしたら自分が構う側になるんだけどよ」
「ふふっ。オジサンはヒーローみたいだね。悪の組織なのに変なの」
「……ふ、ハッハッハッハいやスマン。ハハハ……俺がヒーローか」
ネルのとんでもない冗談に、ついたまらず吹き出してしまった。目を丸くするネルについついポンポンと頭に手を置いてこう言ってやる。
「ヒーローなんてもんはな、自分を犠牲にしてでも全部を助けようとする奴らがやるもんだ。俺はガキ一人の相手で手一杯だよ」
ネルはそれを聞いて、それもそうだねとやっと年相応の顔で笑った。
数日後。
「だああっ!? 仕事の邪魔だっ! さっさと帰れっ!」
「ねぇ良いでしょう? 雑用係なんかより、もうじき幹部になるあたしの下僕の方が待遇良いよ! ちょ~っと頭を下げて「この卑しいクソ雑魚オジサンは、とっても強くて美少女のネル様に完全に分からせられました。どうか私めをあなた様の専用下僕にしてくださいお願いします」と言ってくれれば、すぐにでもお父様に掛け合って取り立ててもらうから! 仕事だってあたしの世話をしてくれればそれで良いよ!」
何故か前にもましてクソガキに舐めた態度で絡まれるようになった。
一体どうしてこうなった?
◇◆◇◆◇◆
という訳で、俺達の戦いはこれからだエンドっぽくなりましたが、これで(この章)最終回です。これまでお付き合いくださった読者様。本当にありがとうございました。
それではここで恒例のおねだりをば。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
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