悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ

黒月天星

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第三章

ネル 宣戦布告を受けて立つ

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「遂に……ここから始まるのね。あたしの幹部への道が」

 オジサンに見送られたあたしは、ここ本部の一画にある幹部昇進試験会場の前に立っていた。と言っても元々あった多目的ホールの一つを軽く改装しただけで、大まかな造りはもう頭に入っているのだけど。

 入口の脇には受付があって、そこにさっきからぞろぞろと他の幹部候補生たちがやって来て列を成している。

 わざわざ並ぶなんて面倒だから列の奴らをぶっ飛ばして割り込もうかと思ったけど、それで始まる前に減点を喰らいでもしたら困っちゃう。仕方ないから一番後ろに並んでのんびりと待つ事に。そして、

「次の方。お名前とこちらで邪因子の確認を」
「はいはいっと。ネルよ。ネル・プロティ」
「……確認取れました。こちらをお持ちください」

 受付で名前と簡単な邪因子の確認をすると、すぐに番号札とこの先のテストで使う道具を手渡される。番号は……123番か。連番で覚えやすくて良いや。

「待っていてくださいねお父様。あたしぜ~ったい幹部になってお父様のお役に立ちますから! あとオジサンにあたしの凄さを分からせてあげるんだからっ!」

 あたしはお父様から貰ったキャンデイーを咥え、軽く手で胸のオジサンから借りた砂時計のお守りを一度叩いて気合を入れるべく宣言をすると、会場へと入っていった。




 扉を開けて中に入ると、そこはかなり広いエントランス。

 壁際に立ってじろじろ辺りを見る者や、何人かで集まってぼそぼそ喋る者。それは様々だけど、あたしが入った瞬間幾つもの探るような視線がこちらに突き刺さる。

 そう。もう始まってるって訳。今回の試験は初日の筆記と実技テストは分かるけど、二日目に何をするかは知らされていない。もしかしたら候補者同士での大乱闘なんて事もあり得るかも。

 だからこの時点で、っていう感じになっても別におかしくはない。

 良いわよ。やってやろうじゃない。私も軽く邪因子を解放して、周りから這い依ってくる敵意混じりの気配に応じようとした時、

「……あっ! ピーター見っけっ!」
「げぇっ!? ネ、ネルさんっ!?」

 近くに見覚えのある顔を見つけて出そうとした邪因子を引っ込める。流石にうっかり巻き添えを食わしたらちょっとだけ可哀そうだもんね。

 近寄るとピーターはこっちを見てなんか固まってたけど、すぐになんて言ったら良いか分からないみたいな顔になる。

「おはようピーター! ちょっと何よその顔。この幹部候補生筆頭美少女のあたしに逢えて嬉しくないの? ……ハハ~ン! さては自分みたいなへっぽこじゃどうあがいたって勝ち目が無いって震えてるんだね! 大丈夫。あんたも訓練してちょびっとは邪因子も強くなってるし、バトルロイヤルにでもなったらなるべくぶっ飛ばすのは後回しにしてあげるから!」
「いや、そうじゃなくて……ネルさん。何かありました? 丸一日見ない間に邪因子が……その、とんでもない事になってるんですけど?」

 ピーターがおずおずとそんなことを聞いてくる。

「えっ!? 分かる? 邪因子抑えてるのに分かっちゃうかぁ。さっすがあたし! 漏れ出る邪因子だけで畏れられちゃう!」

 てへへとつい良い気分になって髪を払う。

 朝からオジサンのおかげで身体の調子は絶好調! そしてさっき気のせいか更に調子が良くなった気がする。やっぱり気持ち的にこういうのは大事だよね!

 だけどなんかピーターは頭を抱えながら「いやヤバいってアレっ!? これまでも凄かったけど、たった一日で邪因子があんなになるだなんて滅茶苦茶だっ! 邪因子が活性化し過ぎてじゃないかっ!? なんで皆アレが視えてないんだよっ!?」とかブツブツ言って唸ってる。……ちょっと緊張し過ぎじゃない? そこに、


「おやぁ? これはこれは。ギリギリの到着とは流石“小さな暴君”。余裕を見せてくれますこと」


 むっ!? この厭味ったらしい声は。

「……え~っと、ちょっと待ってね。決して忘れた訳じゃないんだよっ! ほらっ! 喉元まで出かかってるんだけどなぁ」
「完全に忘れた奴のセリフですわよねそれぇっ!? ガーベラっ! ガーベラ・グリーンですわっ!」

 そこにやって来たのは二十歳ぐらいの偉そうな態度の女の人。くるりと先がロールした金髪を震わせ、取り巻きらしい人を何人か引き連れて額の血管をピクピクさせてる。

「ゴメンゴメン。それで……ガーベラだったっけ? あたしに何か用?」
「相変わらず無礼な……ゴホン。いえ、ここしばらく長期査察で顔を見ていなかった我がライバルに、宣戦布告をしに来てあげたのですわ!」
「ライバル? 誰が?」
わたくしとアナタがですわっ!? キィ~っ! あの時の屈辱を覚えてすらいないだなんてっ!」

 懐からハンカチを取り出して悔しそうに噛み締めるガーベラ。……あっ!? 思い出した!

「あんたでしょっ! この前呼んだマンガに出てた!」
「悪役……何ですのそれ? まあ私は見ての通り高貴なる身。私の事をモデルに何かしらの本が書かれたとしても不思議ではないでしょうけど。オ~ッホッホッホっ!」

 ほらっ! この高笑い。間違いなく悪役令嬢だよ。この前読んだ『メスガキは大人を分からせたい』シリーズに出てきた、オジサンを家来にしようとしてあれこれ画策してメスガキちゃんと衝突する奴。あれとそっくり。

「お嬢様。そろそろ本題の方に」
「ホッホッホ……おっと。そうでしたわね」

 取巻きの一人に諫められ、ガーベラはコホンと一つ咳払いをして姿勢を正す。と言ってももう大きな高笑いのせいで周囲の注目を浴びちゃってるんだけどね。

「ネル・プロティ。我がライバル。これまで幾度となく戦いを繰り広げてきましたが、この幹部昇進試験でいよいよ決着の時ですわっ! 私は必ずこの試験でアナタを……いえ、アナタだけではないですわね」

 そこで一度言葉を区切ると、ガーベラはくるりと大きく腕を広げてこちらに視線を向けてくる周囲に向けて堂々と言い放つ。

「ここに居る幹部候補生の皆様方。アナタ方を打ち破り、幹部の座に就いてみせますのでそのおつもりで。今からでも私の下につきたいという賢明な方は早めに申し出る事を勧めますわっ!」

 ……へぇ~。つまりこれはアレだ。目の前のコイツはここに居る全員に喧嘩を売っている訳だね。だけど、

「それは違うんじゃない?」
「何がですの?」

 キョトンとした顔で返すガーベラに、あたしはそんな事も分からないのかとこう続ける。

「だって、ここに居る全員ぶっ潰して幹部になるのはあたしだもの。そっちこそ今の内に降参したら? そしたら痛い目に遭わずにすむかもよ」

 互いの視線が交差する。バチっと火花が散ったように感じたけれど、それも一瞬の事。

「……ふっ。言うじゃありませんの。流石は我がライバルですこと」
「こっちはライバル認定なんてしていないんだけどね。
「まぁ。オバサンだなんて人を見る目が無い。これだからお子様は」
「うっさい。どうせ見かけだけ邪因子で老化が遅いだけで、実年齢はその倍くらい行ってんでしょ? や~いオバサ~ン」
「何ですの?」
「何よ?」

 ガン付け合い再開。だけどまたすぐに向こうが取り巻きに諫められて終わりになる。や~いあたしの勝ち!

「まあ口喧嘩はここまでとして、あとは試験の中で語ると致しましょう。……それにしても」

 そこでガーベラはチラリとピーターの方を見る。

「少々見ない間に、従僕の一人でも持つようになりましたか? それとも組んだのですか? だとしたら小賢しいと言うべきか何と言うか」
「えっ!? ボクですか?」

 これまで話に入らず身を縮こませていたピーターが、急に話題に上がってビクッとした顔をする。何を今さら。

「そうよ! ピーターはあたしの下僕第二号兼スパーリング相手兼暇潰し相手。これでもそこらの奴よりは少しは役に立つんだから! ……あっ!? ゴメンねピーター。下僕第一号枠はもう埋まっているからあげられないんだ」
「いや初耳なんですけどっ!? いつの間にボク下僕扱いっ!?」
「今言ったから良いの!」

 そんな~とか言ってピーターが俯いてるけど、そんなに第一号になれなかったのがダメだったかな? だけど第一号はオジサンだからダメなんだもの。二号で許してね。

「……ふ~ん。まあ良いでしょう。精々試験の途中で足を掬われませんように。それではまた。オ~ッホッホッホ」

 そうして騒がしい奴は取り巻きを引き連れて去っていった。何だったんだろうアレ? そんな事を考えていると、

 キ~ンコ~ン! キ~ンコ~ン!

『今この時を持って、受付時刻は終了となります。試験に挑む幹部候補生は、係員の指示に従いお進みください』

 そうアナウンスがあったと共に、エントランスに居た幹部候補生達がずらずらと奥に進んでいく。

「いよいよね。行くよピーター!」
「あっ!? ちょっと!? 引っ張らないでネルさ~んっ!」

 さあ。いよいよだ。




 ◇◆◇◆◇◆

 という訳でいきなりライバル宣言してくるガーベラさんの登場です。ライバル扱いされるようになった経緯はまあその内。

 スペックだけで言うなら幹部候補生のなかでも上位であり、以前雑用係が首領との対談で話した運が良ければ合格できる面子の一人です。

 まあ運が良ければとついているのでそれなりに弱点もありますが。




 あとピーターはナチュラルに下僕認定をネルから受けてました。と言ってもネルからすればかなり好意的な繋がりですが。
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