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第三章
閑話 マーサは気に入った候補生の身を案じる
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆
そこは本部の一画。幹部昇進試験用に特別に準備された部屋。そこで、
「…………はぁ。これで、終わりさね。……ふぅ~」
最後の自分が担当した幹部候補生の評価を終え、マーサは普段よりもさらに気だるげな態度で大きく背伸びをすると、そのまま煙草に火をつけて一服する。
「お疲れさまでした。マーサさん」
「はいよ。他のとこは大体終わったのかい?」
「はい。マーサさんの書類で最後です」
職員の一人に、マーサは自身の書き込んだ書類を手渡す。
毎回個人面談は何人かの担当に分かれ、それぞれが数十人ずつ候補生達を受け持つのだが、マーサの担当は少しだけ普通と違っていた。何故なら、
「ふぃ~。なんでワタシの担当が全部裏面に答えた奴だけなんだい? その分聞かなきゃならない事が増えるってのに」
「仕方ないですよ。裏面を読み取れたってだけで素質がありますからね。その分いざって時に抑えられる人が担当しないと。それに担当人数だけなら一番少ないでしょうに」
職員が言うように、一定以上の邪因子持ちか探知能力持ちでないと裏面の問題は読み取れない。実際試験参加者の中で読み取れたのは、全体の約一割ほどだった。
「……確かに受け取りました。ではこちらは保管庫の方に持っていきますね」
「ああ。ワタシはちょいとここで休んでいくから、先に上がってくれていいよ。明日は今日よりも忙しくなるんだろ?」
「では、お言葉に甘えて先に。お疲れ様です」
職員が一礼して出ていくのを見て、マーサは一仕事終えゆったりとした気持ちで椅子に背を預け、目を閉じる。
思い出すのは面談の内容。
問一、「幹部として、人に恨まれようと、部下に嫌われようと、悪を為せと命令する覚悟はあるか?」
問二、「自身の任務の成功と友軍の危機。いざ天秤にかけられた時、どう行動するか?」
問三、「自分の命と組織、どちらを優先するか?」
どう話に持っていくかは担当の自由だが、要するに必ず聞くのはこの三つだ。
まだ問一と二は良い。一は単純な幹部としての心構え。二はあくまで考え方の問題で、今ここで明確な答えがなかったとしてもこれから直せばいい。
だが、三だけははっきりしておかないとシャレにならない。なにせ自分と、自分が預かる部下の命の問題だ。
「口先だけ組織を優先する奴。ガチで自分と部下の命を投げ捨ててでも組織を優先しそうな奴。普通に自分の命を優先する奴。まあ色々だねぇ。……ふぅ~。ただ、何人か面白かったりしっかりと自分なりの答えを返した奴は居たねぇ」
一応ネルは、自分なりに真面目に考えて答えを出していたのでマーサも認めてはいた。もしあそこで定型文通りの答えで組織の方を選んでいたら、マーサもそれ相応の評価を出さざる得なかっただろう。
マーサはそんなことを呟きながら、特に気にかかった参加者との会話を思い返していた。
◇◆◇◆◇◆
「オ~ッホッホッホっ! ガーベラ・グリーンでございます。この度はどうぞ、よろしくお願いいたしますわ試験官様」
「……ふぅ~。これはまた濃いのが来たねぇ。まあそこに座って楽にしな。別に礼儀作法を見ようってわけじゃない」
「ありがたいお言葉ですわ。しかし私、楽にしようと思っても、自然とこういう風になってしまいますの。ごめんあそばせ」
いきなり高笑いしながら部屋に入ってきたガーベラに驚くマーサだったが、まあその程度ならリーチャーの幹部連中にも割と居る。なのですぐに気を取り直し、さっそく面談を始めることに。
「幹部としての覚悟……ですか。そもそも私、貴族ですから。人の上に立つように育てられてきましたし、自らもそうあろうと努めてまいりました。故にこう返しましょう」
ガーベラは不敵に、獰猛に笑って返す。
「その程度の覚悟。レイと付き合うと決めた時からとうに出来ておりますわ。……という事で、悪を成せと命令できるかどうかであればイエスですわ。まあ自分から命令したいわけではありませんが」
「……ふぅ~。言うねぇ。それが本当に必要な事であれば悪行だろうとやる。ケンと同じタイプさね」
「ふ~む。二つ目は難しいですわね。幸い私の能力的には、一対一よりむしろ多数対多数の方が向いております。故に今の設問の答えとしては、援軍に行くことを選びますわ。確実に私が出れば友軍の被害は減るでしょうしね」
「……なるほど。援軍に行くと」
「はい。……ただ、出来ればその重要物資や任務の内容、両軍の陣形や周囲の地形等がもう少し詳しく知りたい所ですわね」
次の質問に少し悩んだ後ガーベラは、むしろマーサを試すかのような眼差しで切り返す。
「まさか……試験官様ともあろう方が、そんな肝心要の事を一切語らずに表面上だけの情報で決めさせようだなんて仰らないですわよね?」
結果として、マーサはさらに細かいシチュエーションを即興で考えさせられるハメになった。なお次の参加者から、説明こそしないまでもずっとその設定を使うことに。
そして、三つ目の質問には、
「自分の命ですわね」
「ほおっ! 即答かい?」
「無論ですわっ!」
その答えはマーサにしたら少し意外だった。
「ワタシはてっきり、貴族ですから組織を優先して当然ですわとか言いそうなもんだと思ったけどね」
「それは少し語弊がありますわね。貴族は国と民に尽くす者ですが、この組織は私の国ではありませんもの」
「ふむふむ……続けて」
「試験官様なら、もう既に私の素性もご存じでしょう。私はレイに乞われてこのリーチャーに入りました。しかし国を捨てたわけではありません。たとえ国がリーチャーに……まあ侵略というには些かアレなやり方でしたが、侵略されたとしてもです」
ガーベラをマーサはじっと見る。その言葉にも、声にも、まるで乱れは見られなかった。
「なので、組織は私の命と天秤にかけるには値しませんわね。国と天秤にかけるのなら国を選びますが」
「そうかい。じゃあ組織でも国でもなくレイナール様……レイならどうだい?」
「…………難しいことを仰いますのね」
その瞬間だけ、ガーベラの貴族としてではなく一人の女性としての顔が見られたようにマーサには思えた。
◇◆◇◆◇◆
「まったく。あのガーベラって候補生……印象に残ったって意味じゃ、あのネルを抜いて一位さね」
普通の面接なら態度の悪さで失格になっても仕方のない内容だったが、ここは悪の組織。あれくらいじゃないとやっていけないし、むしろ設問そのものを正そうとする気概をマーサは個人的に気に入っていた。
そして、アピールチャンスである裏面に至っては、
「『筆記テストでは一応幹部の座と記入いたしましたが、それはあくまで直近の目標。目指すは上級幹部の座ですわっ!』とは、よく言ったもんだよ」
ガーベラの婚約者、レイナールが上級幹部となるきっかけとなった一件は、一部では割と有名だ。そしてその動機さえも。
一人の女のために国を落とした男。そして、それに釣り合うべく自らを高め続ける女。
「惚気話と笑うべきか、多くの幹部連中を追い抜いてでも惚れた男に追いつこうっていう執念を怖がるべきか。……まあなんにせよ。ああいう人材が居るならちょっとばかしは明日の試験も真面目にやろうかね」
マーサはそこでもう一度煙草を大きく美味そうにふかし、
「ふぅ~。……しかし明日のチーム戦、あの娘達大丈夫かねぇ。いくら毎回初参加組には秘密とは言え、即興だろうが何だろうがチーム組めなきゃ失格なんだけど」
あの我の強そうな奴らの一番の問題点、組んでくれる相手が居るのかという問題を考え、微妙に心配そうな顔をするのだった。
◇◆◇◆◇◆
というわけで、マーサとガーベラの個人面談でした。
ちなみにマーサからすれば、ガーベラはある意味でネルよりかなり好印象です。
以下、需要があるかどうか分かりませんがピーター君の個人面談のやりとりです。
『よ、よろしくお願いしますっ!』
『命令……ですか? うわぁやりたくないなぁ。恨まれるのなんて胃が痛くなりそうだし、下手なこと言ったら部下からも嫌われるんですよね? 嫌だなぁ。……でも、幹部になるってそういう事なんですよね。じゃあ……やる、と思います』
『えっ!? どっちの軍も気づいてないんですよね? じゃあギリギリボクがやったって気づかれないレベルで敵軍の邪魔をしてから物資を届けに急ぎます。だってそこで助けに行かなかったら多分後悔するだろうし、でも物資に万が一があったら大変だし。だから間をとってそれで』
『自分の命と組織って、嫌な選択ですよねそれ。う~ん……自分の命ですかね。死にたくないですし、別にそこまで組織に命懸けてるわけでもないですから。ああでも、ちょっと無茶しろ程度だったら普通に優先しますよ。幹部候補生にまでなったんだし、それくらいには責任はありますから」
以上ピーター君のやり取りでした。印象深い答えではないけれど、きちんと自分の考えを話したのでマーサ的にはそこそこの評価です。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、感想等は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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