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第三章

雑用係 予想外の能力に少し驚く

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 さて。試験の三つのチェックポイントだが、ざっくり言うとそれぞれが山岳、草原、森林のエリアに一つずつ配置されている。

 島の中央に位置する建物、管理センターから一番近いのは森林エリアだ。なので参加者の大半は森林エリアに向かう。なのだが、

『ここは山岳エリアから向かいましょう』
『どうして? 一番近い森林エリアに行くんじゃないの?』
『他の参加者の多くもそう思って森林エリアに向かう筈です。そうなったら確実に混雑します。他のチームとぶつかり合って無駄に体力と邪因子を削りたくありません』

 なるほど。ピーターも中々リーダーらしい真っ当な意見だ。実際以前の試験では一度に挑める人数が決まっているものもあったし、ネルだけなら強行突破もできるがこれはチーム戦。足並みを揃えないといけない以上混雑は避けたい。

『私も山岳エリア行きには賛成ですわ』
『ガーベラも?』
『ええ。と言っても私の考えとしては、単に体力に余裕がある内に険しい道を行った方が良いというものですが』
『……まあどうせ全部回るんだし良いか。じゃあそれで』

 うんうん。一応だがちゃんと話し合って決めてるな。そういうのは重要だ。

『決まりですわね。オ~ッホッホッホっ! では早速行きますわよ! 皆様私に着いていらしてっ!』
『あっ!? ずるいっ!? あたしが先頭なんだからっ!?』
『ちょっと!? リーダーを置いて行かないでくださ~いっ!?』

 こうしてネル達は、最初のチェックポイントに向けて移動を開始した。




「さっすがマイハニー! 先頭に立って皆を引っ張っていく姿が実に良い。幹部としての資格十分じゃないかな?」

 レイも普段よりかは若干テンション抑えめにガーベラ嬢を称賛している。何故なら、

「ふむふむ。あれがお前達が気にしている逸材達か。……成程。面白そうな者達だ」

 うちのトップが興味深そうな顔して堂々と隣で見物してるからだよっ!? いやまずそれよりもだ。

「しかし首領様。何でまたレイと一緒に?」
「ああ。折角これからのリーチャーを担う幹部の卵達の晴れ舞台だ。ぜひ生で見ようと思い立ったのだが、ワタシが直接現地に行っては実力を発揮しづらかろう。ならこちらで見るかと移動中にレイナールと会ってな。訳を話すと快く協力してくれた」

 快くっていうか、逆らえる筈もないっていうか。もう自室に映像機器を設置した方が早いんじゃないかって気がしなくもない。

「ちなみに御公務の方は? 今日はどこぞの国を侵略するという話だったのでは?」
「うむ。何分時間がなかったのでな。とりあえずめぼしいデカブツを片端から潰して黙らせてきた。後は他の連中だけでも余裕だろう」
「……そうですか」

 確かその国って半分ディストピア化した管理社会で、国民の生命力を税として徴収することで動くをどっさり抱えている面倒な国だった気が。

 本来なら数か月がかりで制御装置やら何やらを抑え、極力戦闘を抜きにして侵略する筈だったんだがな。この首領様時間短縮の為に、真っ向からロボットをぶっ壊して周ったらしい。

 まあ下手に時間をかけ過ぎれば何人命を吸い殺されていたか分からんからな。きっと首領様もそれを憂慮して自分から突撃していったのだろう。うん。……決して試験を生で見たいがためにやったんじゃないと信じたい。

 ちなみに普段の護衛士達はさぞ苦い顔をしただろう。というか多分今もしてる。さっきからこの部屋の外や天井から微妙に気配がするしな。お疲れ様としか言えない。

「しかし、他の候補生達は今どのような具合なのだろうな?」
「はいはい。幸い今はネル達は移動中だし、森林エリアに向かった者達の動きでも見てみましょうかね。ちょっとチャンネルを変えるぞレイ」
「オッケ~」

 首領様の意向に従い、俺は森林エリアの方に映像を切り替えた。




『行くぞ~!』
『『『おおっ!』』』

 ピーターの読み通り、森林エリアへの道を参加者達の約半分程、つまりはおおよそ百人ぐらいの人数が爆走していた。

 もしこちらを選んでいたら、ネルだけならまだしもチームでは群に飲み込まれていた可能性が高い。そんな中、

『へへっ! 一番乗りは貰ったぁっ!』
『おっさき~っ!』

 何人かが邪因子を一気に活性化させ、怪人化して一気に群の先頭に躍り出た。どうやら足の速い動物系怪人で組んだチームらしい。

 これに関しては良いとも悪いとも言えない。まだ序盤なので消耗は避けたい所だが、最初にチェックポイントに辿り着けばその分余裕をもって挑むことが出来る。だが、

『はっは~! 追いついてみ……おわあっ!?』
『何っ!? どわぁっ!?』

 先頭を走っていた内の二人が急に姿を消した。いや、よく見ると、道に仕掛けられていたに落っこちたのだ。

 しかも中にはネバネバのとりもちのオマケ付き。二人は必死にもがくが、簡単にははがせない。

『あ~あ~。マイクテストマイクテスト。こちら管理センターのミツバです。言い忘れていましたが、道中にも皆さんを妨害するための罠が仕掛けてありますのでご注意を』
『『『それを先に言えっ!!』』』

 管理センターからの放送に、参加者達は憤りを露にする。当然だがわざとこれは言わなかった奴だ。ただ走れば良いなんて甘い考えはさっさとなくした方が良いからな。……まあ序盤なので動きを止めるだけの罠だったが、これからは進めば進むほど危険な罠になっていく。


『うぎゃあ~っ!? ペイント弾が目にっ!?』
『うっ!? 何かが足に……うわあっ!?』
『誰かひもで逆さ吊りにされたぞぉっ!』
『待ってろっ! 今助け……ぎゃあっ!? こっちにも落とし穴だぁっ!?』


 うん。阿鼻叫喚って奴だ。しかも下手に数が多いから、一人引っかかると連鎖的に他の奴も巻き添えを食っている。

「懐かしいなあ。私がやった時も大変だったよ。一度なんか仕掛けられていた火炎放射器で丸焼きにされかけたしね」
「最近は非殺傷型を多めにしているらしいが、昔はもっとえげつなかったらしいからな。一つ間違えば弾丸が飛んできたり電撃で気絶させられたりもあったそうじゃないか」

 昔は悪の組織だけあって命がけの内容だったらしいが、最近は少しだけマイルドになっている。それを当時幹部になった者の中には不満に思う者もいるとか。

「ふふっ。良いぞ良いぞ。その調子だ。おっと。そこは足元に気を付けるのだ。……ああ。まったく。困った奴らだな」

 しかしなんだかんだこの様子を、首領様は微笑ましいものを見る目で見つめていた。これからリーチャーの未来を背負って立つだろう者達に、やはり何かしら思う所もあるのだろう。




「なるほどなるほど。ではそろそろお前達の本命に戻るとするか」
「もう良いのですか?」

 そう尋ねると、首領様は鷹揚に頷く。じゃあ早速アイツらの方に戻すとするか。山岳エリアの方の罠にでも引っかかっているかな?


『そこっ!? ネルさん。足元にありますっ!』
『了解っ! とおりゃあっ!』


 画面を切り替えた瞬間、ピーターの指示で思いっきり足に力を入れ、ネルの姿が映った。……いや何やってんだあのクソガキは?

『こほっ!? ちょっと我がライバル!? 罠を撤去するにしてももうちょっとスマートにやってくださいませ。砂埃までは防げなくてよ』
『砂埃くらい良いじゃん。大きめの石とかはバッチシ止められてるでしょ? それにしてもやるじゃないピーター。ちょっと見ただけで罠の場所が分かるなんて』
『えっへん! 自慢じゃないですけど、ちょこっとだけ眼には自信があるんですよボクっ! これを機に見直してくれても良いんですよネルさ……ピギャっ!?』
『調子に乗らないのっ!』

 察する所、まずピーター君が何らかの方法で罠を察知。一番安全なのはガーベラ嬢が罠を解除することだが、いちいち解除していては時間が掛かり過ぎる。

 なので罠と思わしき場所ごとネルが持ち前のパワーで吹っ飛ばし、その際飛んでくる破片からガーベラが髪をネットのように伸ばして皆を守るって所か。

 一見すると一番目立っているのはネルだが、特筆すべきは罠を的確に察知しているピーター君。そして岩の破片にも対応できるよう髪の一部に常に余裕を持たせているガーベラ嬢か。

「ほう! やるではないか!」

 むっ!? 首領様が食いついた。

「見るとこのネルという者。実力はあるが些か大雑把で物事を力業で解決するきらいがある。本来ならここでも罠に掛かり、そのまま力ずくで突破していただろう。しかし他の二人がサポートすることで消耗を大きく抑えた。良い! チームというのはこうでなくてはな」

 俺の知る限り、首領様程個人の能力が高い人は居ない。ぶっちゃけた話、首領様一人でリーチャーの全戦闘員と喧嘩しても多分勝つだろう。

 だがそれはそれとして、首領様は力を合わせることを否定はしないし寧ろ推奨している。じゃなかったら悪の組織なんて作らないしな。

「そうでしょうそうでしょう! そしてきっちりとサポートに徹しているハニーはやっぱり凄い! ……まあそれは当然としてもだ。ネル嬢は分かっていたけどピーター君も中々どうして。良く気づいたものだよ」

 そこに関しては俺も予想外だった。ネルとの訓練の時からなんか良い眼を持っているとは思っていたがここまでとは。球の訓練もダメだったのは邪因子の操作だけで、し。

 これは、ワンチャンこの中の誰かが幹部に昇進という目もあるかもしれないな。だが、


『あっ!? 見えてきたよ! あれじゃない? チェックポイント』


 まずはチェックポイントごとの課題に向き合わないとな。

 さあ。最初の関門だぞ。
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