55 / 89
第三章
雑用係 クソガキ達の崖登りを見守る
しおりを挟むさて。幹部昇進試験だが、初日の筆記、体力テストはともかく二日目の内容は毎年変わる。
例えば去年はチーム戦であるというのは同じだったが、一定以下の人数になるまで演習場の中でサバイバルをするというものだった。
だがおおよその傾向で言うと、何人かで協力する必要があるものや初日よりも実戦的かつ総合的な能力を見られるものが多い。
『ふっ……ふっ……はぁ』
『せいっ! こらぁピーター! ペースが落ちてるよっ!』
『いやこれが普通なんですって!? ペース配分を考えないとこの後がキツく……おわぁっ!?』
フワッ!
『大丈夫ですかリーダーさんっ!? 私が髪で支えている内に早く掴まってっ!』
『あ、ありがとうございますガーベラさん』
ネル達は山岳エリアの関門。崖登りに挑戦していた。
あくまで崖上に到達しなくてはならないのはリーダーであるピーターのみ。しかしネルが先に登って安全を確保しつつ、ガーベラが地上から髪を伸ばして時折バランスを崩すピーターを支えるという布陣で少しずつ進んでいた。
この崖は単純な高さもさることながら、全体の地質がやや脆い。なので力を入れすぎると岩は簡単に砕けてしまうし、逆に力を入れなさすぎると身体を支えられない。おまけに途中一息付けそうな出っ張りもほとんどない。
実際今もピーターは四肢だけ部分変身して消耗を抑えつつ進んでいたのだが、うっかり掴んだ岩を砕いてしまいバランスを崩していた。下からガーベラ嬢が支えて事なきを得たが。
「ふぅ。危ない危ない。どうにか無事みたいだねピーター君。だけどナイスフォローだよハニー!」
下手なアクション映画よりハラハラする展開に、レイもほっと一息。いくら地上には転落時に怪我を防ぐ仕掛けがあるとしても、それでも危険なことに違いはない。
「しかしこれは中々難しいな。体力勝負に見せかけて、実際は邪因子の持久力と細かな出力調整を試される課題か」
もちろん飛行能力持ちであの風を強引に突破できるだけのパワーがあるならそれでも良いし、坂道を遠回りする選択肢もある。
だがそこまでの飛行能力持ちはほとんどいないし、坂道は坂道で時間がかかる上罠だらけ。やはりメインルートはこの崖だ。
そして、ネル達はどうにかこうにか突き進み、いよいよ崖上付近。つまりは暴風及びボール射出ゾーンにさしかかる。
『うっ!? 風が強いっ!? 気を抜くと飛ばされそうだっ!? こうなったら……変身っ!』
吹き飛ばされそうな暴風の中、ピーターは全身をトカゲのような怪人体に変え、そのざらついた肌でピッタリ岩肌に張り付く。そう来たか。確かにあれなら四肢だけよりも安定する。だが、
『ふんっ! やぁっ! ピーターっ!? 大丈夫っ!?』
『何とかっ! でも、あんまり長くはキツイかもですっ!』
片腕で全身を上手く支えながら、もう片方で上から降ってくるボールを弾きつつピーターを心配するネル。
実際怪人化は邪因子の消費が大きいので、吹き飛ばされこそしないがこのままでは厳しい。おまけにタメールに流れている分も考えるとますます不利になる。
『こうなったら…………はああっ!』
何かを思い立ったかのように、ネルは片腕に邪因子を集中させ、
『う~りゃりゃりゃりゃぁっ!』
なんと岩肌を片手だけで掘り始めた。
当然その間ボールはネルを襲い、次から次へとぶつかるが防ぐこともなく掘り進める。
『……っ! そういう事ですか! 援護しますわライバル!』
しかしそこで何かに気づいたガーベラが髪を伸ばし、ピーターの支えに一部残してそれ以外をボールを弾くことに使う。そして、
『りゃりゃりゃ……出来たっ! ピーターっ! 掴まってっ!』
『はいっ! ネルさん!』
ネルは岩肌に開けた人が入れるほどの穴に滑り込み、そのままピーターの手を掴んで引っ張り上げた。
いやそんなのありか? 休憩スペースがないからって自分で作るとか!
『はぁ……はぁ。ちょっと休憩しよ』
『そうですね……ふぅ』
流石に少し疲れたのかネルは壁に寄りかかって休み、ピーターも怪人化を解いて座り込む。タメールに流れる邪因子の消費自体は止まらないが、体力の回復は出来るからな。そのまま少し休んでいると、
『……ネルさん。すみません』
『すみませんって何が?』
『ネルさんだけならこのくらいの課題なんでもないのに、足引っ張っちゃって』
ピーターが神妙な顔をして頭を下げた。確かにさっき、ネルは穴を掘ることに集中してボールを食らいまくっていたからな。ネルはそれを見て、
『な~に辛気臭い顔してんのよ』
『ぴぎゃっ!?』
笑いながら軽く指でピーターの額を弾いた。まあ本人的には本当に軽くなのだろうが、ピーターは思ったより痛かったのか目に涙が浮かんでいる。
『仕方ないとはいえアンタがリーダーなんでしょ? リーダーが倒れたらあたしもアウトなんだから、手を貸すのは当たり前じゃない。それに自分の下僕一人助けられないでどうするのかって話よ』
『……ネルさん』
まだ下僕扱いは変わっていなかったらしい。だが多少歪んではいるものの、チームメイトを助けるという発想がちゃんと出てくるようになっただけ成長か?
ピピっ! ピピっ!
『こちらガーベラですわ。地上から観察した限りですが、どうやら降ってくるボールには規則性らしいものがあるようです。収まるタイミングをこちらでお知らせしますので、それまで少しお待ちくださいませ』
『了解。……そんじゃ、ちょっと待つとしましょうか!』
『ではボクはその間、吹いてくる風の方に何か規則性がないか視てみますね』
さあ。目的地はもうすぐだ。がんばれよお前ら。
「雑用係よ。お前ならこの課題、どう攻略する?」
ネル達の奮闘を見ていると、ふと首領様がそんなことを尋ねてきた。突然だな。
「どうも何も、普通に崖を登りますよ。坂道は時間がかかりすぎますし、罠の解体も大変ですしね」
「ふむ。存外普通の答えだな。つまらぬ」
「詰まる所、普通とは大半にとって一番理に適ったやり方ってことですからね。その人だけしかできない奇策があるなら話は別ですが。……レイだってそうだろ?」
私に振るなよって顔でレイがこっちを見る。俺だけに首領様の相手をさせる気かこの野郎。
「私なら……そうだね。誰か力の強そうな人を探して、自身の存在を薄めつつその人に掴まっていくかな。認識阻害の消耗よりも、崖を登る方が疲れそうだから」
レイのやり方はズルくはあるが悪い手ではない。自分の能力を活かして崖上に到達するという面だけ見れば寧ろ正しい。
「俺にはレイのような特殊能力はありませんからね。真っ当に崖を登るだけですよ。……ちなみに首領様でしたらどのように……いえ。考えるまでもありませんね」
なにせ首領様ならあのくらいの崖ジャンプするだけで飛び乗れそうだ。坂道を走るにしても、落とし穴とかとりもちで止まるとも思えない。
すると首領様は少しだけ考え込んで、
「……そうだな。私ならひとまず崖を崩すな」
今なんて言ったこの人?
「飛び上がって崖上に行くにしても、坂道を進むにしてもだ。それは要するに相手側の想定している道なわけだ。こういうものは、いかに自分の得意分野に持ち込みつつ相手の想定外の所を突けるかで決まる。その点で言ったら今のネルの行動は悪くない。……まあ、それよりもだ」
首領様はニンマリと笑ってこう締めた。
「たかだか目的地が崖の上にある程度で私を動かそうなどと片腹痛い。目的地の方がこっちに来るが良い。……ふっ」
あのぉ。その場合下手すると設置された機械とか係員の詰所がヤバいので、もうちょっと控えてもらえると助かります。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる