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第三章
ネル 呼びかけに引き戻される
しおりを挟むズンっ!
軽く放った拳が胴体にめり込み、倒れていた候補生に追い打ちをかけようとした鹿っぽい暴走個体が悶絶する。
「ガーベラっ!」
「お任せですわっ!」
暴走個体を蹴り飛ばし、ガーベラが候補生を確保したのを確認、すぐさま次の獲物を見定める。
あぁ。なんだろうこの感覚。
「皆さんっ! ネルさんが奴らを抑えている内に、倒れている人達を早く安全な所へっ!」
「ケッ! どうして俺達が従わなきゃ」
「だまらっしゃいっ! 勝手に突っ込んでやられて恥を晒したままで終わる気ですのっ!? 仮にも幹部候補生を名乗るのなら、せめて仲間を助ける気概くらい見せなさいなっ!」
「こっちだっ! スペースは確保してある。怪我人はそこに並べるんだっ!」
視界の端で、ピーターとガーベラがまだ動ける奴らに呼び掛けて、倒れている候補生をどんどん職員達の下に運び出すのを捉えながら、あたしは次々やってくる暴走個体をまとめて相手取っていた。
迫る爪や牙を受け止め、時には流し、お返しにと相手を一打ちする度に、身体に流れる邪因子が熱くなる。昂っていく。
体調はかつてないほど絶好調! 使っても使っても邪因子が減った感覚はなく、寧ろ溢れてくるような錯覚さえ覚えるほどに。
何ならこのまま一昼夜戦い続けても問題なさそうなハイテンションで、
「さあもっと。もっとかかってきなさいよっ! アッハハハハっ!」
知らず知らずの内に、あたしの口元に笑みが浮かんでいた。……そっか。あたし、楽しいんだ。
「……っ!? ネルさんっ!?」
ギシッ!
「っと。危ない危ない」
いつの間にか、邪因子が強く流れ過ぎていたようで、タメールが悲鳴を上げていた。ピーターの呼びかけでハッと我に返り、慌てて少し流し込む分を減らす。
そしてもう一つ気が付くと、とっくにここに居た暴走個体は全部鎮圧し終わっていた。ちぇっ! もう少し多くても良かったのにな。
「ちょっとネルさん。気を付けてくださいよ。いくら調子が良いからって、邪因子を上げ過ぎてうっかりそれを壊したらそれだけで失格なんですからね」
「あ~。な~んかさっきからずっと調子が良過ぎてちょいちょいブレーキが。何と言うか、早く使わないと爆発してしまいそうで……っていうか、もっとこのタメールが頑丈なら良いんだよ。ちょっと邪因子を上げただけで悲鳴を上げるなんて、まるでピーターみたいだよ」
「それボクが貧弱ってディスってますよねっ!?」
駆け寄って注意してきたピーターにそう返すと、ピーターったらちょっぴり気落ちしたみたいに大きくため息を吐く。
「ゴメンってピーター。まぁあたしに比べたら貧弱だけど、そこらの奴に比べたらまあマシな方だと思うよ? これはホント」
「……まぁ良いですけど。それよりも、鎮圧したは良いけどこのままって訳にもいかないですからね。とりあえず動けないように拘束しますから、ネルさんは終わったら向こうに運んでくださいよ」
ピーターは一度こっちをジト目で見た後、倒れた暴走個体を適当な紐やら服の切れ端やらで縛っていく。
……面と向かっては恥ずかしいから言わないけど、これでもピーターやガーベラにはちょっぴりだけ感謝しているんだ。
ピーターに返したように、こうして片腕だけとはいえ変身できるようになってからは、自分でも少しハイテンションになり過ぎている感がある。
まあこれはイザスタ……お姉さんに、まだ不安定だから多用は控えろと言われたけどつい何度も使っているからって事もあるかもだけど。だってやっと出来たんだもの。時折使って確かめないと、ちょっとだけ不安になるのだから。
不安になって、使って、一気に湧き上がる力に気分がハイになって。
さっきなんかいつの間にか、イザスタ……お姉さんと戦った時みたいに自分で自分が制御できなくなりつつあった。
でも、声が聞こえた。前に半分暴走しかけた時と違って、さっきははっきりとあたしに呼びかけるピーターの声が。多分だけど、あの時と同じくガーベラの声も聞こえるだろう。
だから大丈夫。あたしがまたついうっかりやらかしそうになっても、二人が引き戻してくれる。だからあたしは安心して、また変身できるのだ。
「貴方達。何ものんびりやっておりますのっ!? もうこちらはすっかり終わってしまいましたわよ?」
「は~い。分かってますっ! ……ほら出来た。これ以上ガーベラさんに怒られる前に、早く連れてっちゃいましょう」
「仕留めた獲物を見せびらかしてこいって事ね。オッケ~! 他の候補生達の度肝を抜いてやるわ」
あたしはひょいっとあたしより一回りも二回りも大きい暴走個体をまとめて担ぎ、そのままピーターを従えて意気揚々と歩きだした。
草原エリア。チェックポイント兼職員の詰所にて。
「ありがとう。君達のおかげで、この非常事態に被害が少なくて済んだ。感謝する」
「感謝は良いからちゃんとこの事は評価に加えといてよね! このネル様が暴走個体を千切っては投げ千切っては投げの大活躍をし、ついでにピーターとガーベラがそこそこの数の怪我人を助けたって」
どうにか近くにもう怪我した候補生が居ない事を確認し、暴走個体を全部縛り上げた上で、あたしとガーベラは職員達に対峙する。
ピーターと他のまだ動ける候補生達は、怪我人達に付き添う役とまた誰かが逃げてこないか外で見張る役だ。
大半がもうとっくにタメールが機能停止して失格扱いになっていたり、少しでも休みながら邪因子を流し込み続けている者ばかり。戦いになったら役には立ちそうにない。ピーターは……まだ余裕はあるけど、ここからは一気に行くから少し休ませておかないとね。
「誰がついでですって? ねぇ試験官様? この場合人命救助の方が重要度が高いのではありませんこと? ならばそちらに回った私とリーダーさんの方が高評価ですわよね?」
「あ~っ!? やけにあっさりあたしに獲物を譲ったかと思ったら、最初からこれが狙いっ!? ずるいわよガーベラっ!」
「オ~っホッホッホっ! 真っ先に貴女が突っ込んで行ったので、方針を切り替えたまでの事ですわ!」
相変わらずの高笑いを響かせるガーベラにむき~っとなるけど、職員は苦笑しているからその辺りは微妙なんだろう。まあイレギュラーの対応だしね。
そして一応口約束ではあるけど、今回活躍したあたし達の加点を約束させた所で、
「大変だっ!? 怪我した奴の中から暴走する奴が出たぞっ!?」
「何ですってっ!?」
別室に居た候補生の一人が駆け込んできたのを見て、ガーベラは真っ先に走り出した。それを追って怪我人達を寝かせている場所に行くと、
「ぐああ……アアアっ!」
「気をしっかり持ってっ!? ……良い所にガーベラさんっ! この人を押さえつけるのを手伝ってくださいっ!」
野戦病院のような部屋。幾つか置かれた簡易的なベッドの一つで、半分変身が制御しきれていないヤギ怪人へ、必死に声を掛けながらしがみ付くピーターの姿があった。
慌ててガーベラが四肢を髪で縛り付け、ヤギ怪人は暴れながらも身動きが取れなくなる。
「何があったっ!?」
「分からねえっ!? さっきまでそこで気を失っていた奴が、目を覚ましたと思ったら急に苦しみだして変身を。……そいつが変身する直前、そこの候補生が急に「いけないっ!? 暴走するっ!?」とか叫んで飛びつかなかったら今頃どうなっていたか」
一緒にやってきた職員が問いただすと、同じ部屋に寝ていた候補生が青い顔をしながらそう返した。
つまり、何かの弾みで怪我人の一人が暴走しかけていたのを、ピーターが未然に防いでいたって訳? やるじゃないピーター。
「はい大きく息を吸って……吐いて。溢れ出そうな邪因子をむりやりタメールの方に流し込む感覚で。ガーベラさん。髪を導線みたいにして、この人が邪因子をタメールに流すのを補助出来たりします?」
「他人の邪因子を制御するのは難しいのですが、やってみせますわ!」
「ネルさんは最悪拘束を振りほどかれた時、力づくでおとなしくさせるために少しそこで待機を」
「あたしに指図するなんて生意気だけど……まあ従ってあげるわ」
ちょっぴりだけどリーダーらしくなった下僕二号に対し、あたしはふんっと胸を張ってそう返した。
……ちょっとそこの試験官。何こっちを見てほうほうって顔して笑ってんのっ!? 試験官じゃなかったら殴ってるわよ!?
◇◆◇◆◇◆
間違いなくネルの邪因子は減っている。減っているのです。
ただその分どんどん内から湧き上がるし、外からも喰らっているのでそれ以上に増え続けています。放っておくと爆発しかねないほどに。
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