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1.彼か彼女か
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高い木の上の枝に腰かける女性が1人。目の前に広がる、キラキラと輝く大きな湖をぼんやりと眺めていた。
彼女にはずいぶんと昔、ただの猫だった頃の名残の耳と尾がある。彼女が生きる世界ではありふれた姿。けれど、そうではない世界もこの世にはある。
容姿は誰もが見とれるほどの美しさ。ただ、着物はボロを纏っている。大きさも合っていないらしく、布を持て余している始末だ。
そんな美しい彼女は白い透き通った絹のような髪を風に靡かせ、物思いに耽っているところだった。
「さて、次はどこへ行こうか。このままこっちで旅を続けるのもいいけど、またしばらく人間に紛れて暮らすのはどうかな。ねえ、君はどう思う?」
女性は虚空に向かって問いかけた。声音は優し気で、悲し気。まるでそこにはいない愛しい人に問いかけているように。
彼女はクスリと笑った。
「人間の真似をして生きるのってさ、未だに君との暮らしを思い出せるから好きなんだよ。けど、少し前も向こうに入り浸っていたし、このままだとこっちの世界から取り残されてしまいそうな気もするから、やっぱりもう少しこっちで旅でも続けた方がいいかな。まあ“僕”は君と一緒なら……ははっ……また僕って言ってしまったよ。はぁ……ダメだね。君の姿で、声で自分の事を“アタシ”って呼ぶのに違和感あるからって呼び方変えて。結果元の姿に戻っても、口に出てしまうようになってしまったよ。口調も君に似てきてしまって。今の僕を見たらどう思うんだろうね。ねぇ、御前様」
彼女は自嘲気味に呟き、苦しみを抑え込むように空を見上げた。愛しい彼を思い起こしながら。
そして諦めたように空に向けて笑いかける。
「ふふっ、死んでしまった御前様に語りかけ続けても詮無きことさね。時間はたんまりあるとはいえ、ここでこうしているのも、時間の無駄というもの」
女性が枝の上で腰を上げると、彼女の体に変化が生じ始めた。
ふくよかだった体は骨格から変わっていき、骨ばった体へと変貌を遂げてゆく。立ち上がった時には彼女は女性ではなく、耳と尾は残したまま、細身で整った顔立ちの男性の姿に変わっていた。
髪も白い長髪から黒い短髪へ。もはや別人だ。
「やっぱり、もう少し御前様とこっちの世界を旅してまわる事にしようかね」
先ほどまでのなまめかしさを感じさせるような声も、今は顔に合った女性を虜にさせるような甘い声音に変わっていた。
彼、否。彼女は妖怪。数百年の年月を生きる猫又の女性である。
彼女にはずいぶんと昔、ただの猫だった頃の名残の耳と尾がある。彼女が生きる世界ではありふれた姿。けれど、そうではない世界もこの世にはある。
容姿は誰もが見とれるほどの美しさ。ただ、着物はボロを纏っている。大きさも合っていないらしく、布を持て余している始末だ。
そんな美しい彼女は白い透き通った絹のような髪を風に靡かせ、物思いに耽っているところだった。
「さて、次はどこへ行こうか。このままこっちで旅を続けるのもいいけど、またしばらく人間に紛れて暮らすのはどうかな。ねえ、君はどう思う?」
女性は虚空に向かって問いかけた。声音は優し気で、悲し気。まるでそこにはいない愛しい人に問いかけているように。
彼女はクスリと笑った。
「人間の真似をして生きるのってさ、未だに君との暮らしを思い出せるから好きなんだよ。けど、少し前も向こうに入り浸っていたし、このままだとこっちの世界から取り残されてしまいそうな気もするから、やっぱりもう少しこっちで旅でも続けた方がいいかな。まあ“僕”は君と一緒なら……ははっ……また僕って言ってしまったよ。はぁ……ダメだね。君の姿で、声で自分の事を“アタシ”って呼ぶのに違和感あるからって呼び方変えて。結果元の姿に戻っても、口に出てしまうようになってしまったよ。口調も君に似てきてしまって。今の僕を見たらどう思うんだろうね。ねぇ、御前様」
彼女は自嘲気味に呟き、苦しみを抑え込むように空を見上げた。愛しい彼を思い起こしながら。
そして諦めたように空に向けて笑いかける。
「ふふっ、死んでしまった御前様に語りかけ続けても詮無きことさね。時間はたんまりあるとはいえ、ここでこうしているのも、時間の無駄というもの」
女性が枝の上で腰を上げると、彼女の体に変化が生じ始めた。
ふくよかだった体は骨格から変わっていき、骨ばった体へと変貌を遂げてゆく。立ち上がった時には彼女は女性ではなく、耳と尾は残したまま、細身で整った顔立ちの男性の姿に変わっていた。
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