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7.猫の昔話(1)
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裏表のない言葉をかけられ警戒が解けると、今度は会って間もない誘拐犯もどき相手に、よく「信用できる」という言葉を投げかけられるなと面白く思えてくる。きっと本人に伝えたところで受け流されるのだろう。
そう思った弥生の表情は柔らかく、口からはクスッと息が漏れていた。
「それもそうか。それじゃあ僕は、約束を守ろうとしてくれている間は君の命令には大人しく従ってあげようかな」
「守ろうが守るまいが、お前は俺に従うしかないだろう」
「最終的にはそうなるだろうけど、煩わしさが違うだろう?」
「まあ、たしかにそうだな。ならば、俺はその煩わしさから解放される手段をとろうと思うのだが」
「どういう意味?」
「命令だ。お前、俺の代わりに撫子を娶ってやれ」
「……は?」
側近になる事を命じられた以上の、雷が直撃したのではと思えるような衝撃が弥生を襲う。突拍子のなさに言葉も出てこない。
そんな無反応の弥生の姿に、大和の眉間に皺が寄った。
「おい、聞こえなかったのか? 撫子を娶れと……」
「いやいや、聞こえてはいたよ。聞こえてはいたけど、意味がわからないんだ。どこをどうしたら突然、僕が彼女を娶るって話になるのさ。そもそも君たちが良くたって、周りがどんな反応をするか。受け入れられるわけがないだろう。僕らが婚姻を結んだところで、君の家門にも、彼女の家門にも何の利にもならないんだから。それに君だって、婚姻は破棄できないって言っていたじゃないか!」
困惑を隠せない弥生は責めるようにまくし立てた。対する大和は何も感じていないように冷静だ。
「たしかに、はじめは周りの抵抗もあるかもしれない。だが、俺と撫子が話し合ったうえでの結論だとわかればそのうち収まるはずだ。それにお前は8尾の大妖で、俺の側近になるんだ。管桜家の方も婚約時に立てた援助の約束を反故にしない限り何も言ってこないだろう」
「いやでも、僕たちはついさっき互いの存在を知ったばかりなんだよ?」
「何を驚く必要がある。初めての顔合わせが婚姻を結ぶ時という事などざらだろう」
「君達みたいな高貴な妖怪にはざらなのかもしれないけど、僕みたいなのには普通じゃないんだよ、それは!」
弥生は自分の立場などそっちのけで大和に意見し続ける。
普通、隷属する妖怪がここまで反抗すれば、契約の力を使って強制的に従わせるだろう。けれど大和は面倒そうな表情をするだけで、その力を使おうとはしなかった。
諦めの溜め息をつくと、仕方ないと言いたげに口を開いた。
「わかった。それなら、まずは婚約者候補から。それなら文句ないだろう」
「いや、だから、こんな身元もはっきりしないような男なんて、彼女も」
「撫子は本心からお前のことを好いている。出しに使おうとするな。初対面にこだわって躊躇っているのはお前だけだ」
「それ、は……」
弥生が視線を逸らすと撫子と目が合った。彼女はピクリとからだをふるわせ視線を彷徨わせ、恥ずかしそうに頬を染める。そんな顔をされては、恋愛対象外などと言ってはっきりと断りにくい。
弥生は撫子の事が嫌いというわけではない。撫子は可愛らしく、身分も申し分ない。どちらかというと、好ましい感情を抱いている。ただそれは妖怪としてという話で、恋愛には直結した好ましさではない。ただ、もし弥生が本当の男、ないしは同性を愛せる者なら、「関わるうちに情が湧くかもしれない」と了承していたかもしれない。
けれど弥生の本当の姿は女で、恋愛対象は異性。言われるがまま、性質を偽った姿で婚約を了承したところで、いずれ弥生も撫子も不幸になるだけだろう。
弥生は崖っぷちに追い込まれたような気分だった。
そう思った弥生の表情は柔らかく、口からはクスッと息が漏れていた。
「それもそうか。それじゃあ僕は、約束を守ろうとしてくれている間は君の命令には大人しく従ってあげようかな」
「守ろうが守るまいが、お前は俺に従うしかないだろう」
「最終的にはそうなるだろうけど、煩わしさが違うだろう?」
「まあ、たしかにそうだな。ならば、俺はその煩わしさから解放される手段をとろうと思うのだが」
「どういう意味?」
「命令だ。お前、俺の代わりに撫子を娶ってやれ」
「……は?」
側近になる事を命じられた以上の、雷が直撃したのではと思えるような衝撃が弥生を襲う。突拍子のなさに言葉も出てこない。
そんな無反応の弥生の姿に、大和の眉間に皺が寄った。
「おい、聞こえなかったのか? 撫子を娶れと……」
「いやいや、聞こえてはいたよ。聞こえてはいたけど、意味がわからないんだ。どこをどうしたら突然、僕が彼女を娶るって話になるのさ。そもそも君たちが良くたって、周りがどんな反応をするか。受け入れられるわけがないだろう。僕らが婚姻を結んだところで、君の家門にも、彼女の家門にも何の利にもならないんだから。それに君だって、婚姻は破棄できないって言っていたじゃないか!」
困惑を隠せない弥生は責めるようにまくし立てた。対する大和は何も感じていないように冷静だ。
「たしかに、はじめは周りの抵抗もあるかもしれない。だが、俺と撫子が話し合ったうえでの結論だとわかればそのうち収まるはずだ。それにお前は8尾の大妖で、俺の側近になるんだ。管桜家の方も婚約時に立てた援助の約束を反故にしない限り何も言ってこないだろう」
「いやでも、僕たちはついさっき互いの存在を知ったばかりなんだよ?」
「何を驚く必要がある。初めての顔合わせが婚姻を結ぶ時という事などざらだろう」
「君達みたいな高貴な妖怪にはざらなのかもしれないけど、僕みたいなのには普通じゃないんだよ、それは!」
弥生は自分の立場などそっちのけで大和に意見し続ける。
普通、隷属する妖怪がここまで反抗すれば、契約の力を使って強制的に従わせるだろう。けれど大和は面倒そうな表情をするだけで、その力を使おうとはしなかった。
諦めの溜め息をつくと、仕方ないと言いたげに口を開いた。
「わかった。それなら、まずは婚約者候補から。それなら文句ないだろう」
「いや、だから、こんな身元もはっきりしないような男なんて、彼女も」
「撫子は本心からお前のことを好いている。出しに使おうとするな。初対面にこだわって躊躇っているのはお前だけだ」
「それ、は……」
弥生が視線を逸らすと撫子と目が合った。彼女はピクリとからだをふるわせ視線を彷徨わせ、恥ずかしそうに頬を染める。そんな顔をされては、恋愛対象外などと言ってはっきりと断りにくい。
弥生は撫子の事が嫌いというわけではない。撫子は可愛らしく、身分も申し分ない。どちらかというと、好ましい感情を抱いている。ただそれは妖怪としてという話で、恋愛には直結した好ましさではない。ただ、もし弥生が本当の男、ないしは同性を愛せる者なら、「関わるうちに情が湧くかもしれない」と了承していたかもしれない。
けれど弥生の本当の姿は女で、恋愛対象は異性。言われるがまま、性質を偽った姿で婚約を了承したところで、いずれ弥生も撫子も不幸になるだけだろう。
弥生は崖っぷちに追い込まれたような気分だった。
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