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8.狐の屋敷(5)
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「じゃあ、君だけに教えてあげるから秘密にしておいてくれる?」
「! はい!」
「僕の真名が弥生で、夫が竜彦だよ」
「弥生様に、竜彦様……弥彦様のお名前はお二人のお名前でもあるのですね」
そう指摘され、思わず顔が引きつった。
(慌てて答えたらそうなっただけなんだけど、これは言わないでおこう)
これに関してはどうにも本当の事を伝えてしまうと、撫子の夢を壊してしまいそうな予感がしたのだ。聞かせない方が幸せなら、これくらいの事なら隠したままでいた方がいいだろう。
「そうだね」
「でしたら、あの、私はこれからどうお呼びすればよいのでしょう」
「僕は女であることを明かす気は無いし、彼の名で呼ばれるのも複雑だから、弥彦のままでいいよ」
「わかりました。本当のお名前は秘密、ですね。弥彦様」
撫子は嬉しそうにはにかんだ。自分だけが知っているという事に優越感を持ったのだろう。
逆に弥生は話をしているうちに、偽りだらけの自分をよくここまで慕えると欝々とし始めていた。今の自分は亡くなった夫を模しているだけ。先ほどは弥生の本性が女でも構わないと言っていたけれど、やはり撫子が恋い慕っているのは夫の、竜彦の幻影ではないのかと。
そう考えると、弥生の心は急激に冷めてきた。
「僕も聞きたいんだけど、口調とか諸々、今のままの方がいいのかな?」
「お話ししやすい方で構いませんよ。女性に戻られた時の喋り方の方が話しやすいのでしたら、そちらでもいいですし。私は気にしませんから」
意外だった。
素直に「はい」と頷くのだと思っていたけれど、まさか女性らしさを残したまま側にいてもいいと言われるとは。しかもそう言った彼女の姿に一切の淀みはない。
幻影ではなく、本当に自分を慕ってくれているのではと弥生の胸にほんのりと温かさが戻ってきた。
「じゃあこのままで。さっきも言ったけど、女だって事を明かす気は無いから、僕にはわざわざ話し方を戻す理由がないからね」
「たしかに。そうですね」
「それにさ、正直長い事こんな感じでやってきたから、昔の口調に戻してほしいって言われたらどうしようかと。気を抜くとこっちに戻ってしまうからさ」
「そうなのですね。どのような形であれ、私は弥彦様が自然体で接してくださるのが一番嬉しいですから」
もう今の撫子の顔には何のわだかまりもなくなっていた。あるのは喜びだけだった。
「それに、こうやって弥彦様が自分の事を色々お話してくださるのも、とても嬉しいです」
「そう? もうここまで話しちゃってるし、聞きたいことがあるなら何でも教えてあげるよ。ただし、教えるのは僕の事だけ。僕の旦那さんについては……内容によりけり、かな」
一瞬、撫子はきょとんとしていたけれど、何故か嬉しそうにくすくすと笑いだした。
「ふふふ、わかりました。弥彦様は本当に旦那様の事が大好きなのですね」
「もちろん。いまだに彼の姿を手放せずにいるくらいだからね」
「そう、ですよね。私なんて足元にも及ばないかもしれないですけど……弥彦様に少しでも好いていただけるように頑張りますね」
「じゃあ僕も、君の努力に報いられるように頑張るよ」
互いに微笑み合った。きっと周りに人がいたならいい雰囲気の2人に見えたに違いない。
撫子は凛と姿勢を正すと、ふんわりとした笑顔で告げた。
「ではあらためまして。不束者ですがよろしくお願いいたします」
「ははっ、律儀だね。僕の方こそよろしく。じゃあ、挨拶も済んだことだし、今度こそ屋敷の中、案内してくれるかな?」
「ええ、もちろんです。どうぞ、こちらへ」
撫子は足取り軽く屋敷の中へと消えていった。
思うところがないわけではないけれど、もしこのまま本当に婚姻を結ぶことになっても、彼女とならばなんとか夫婦ごっこを続けられそうだと、弥生は安堵したのだった。
「! はい!」
「僕の真名が弥生で、夫が竜彦だよ」
「弥生様に、竜彦様……弥彦様のお名前はお二人のお名前でもあるのですね」
そう指摘され、思わず顔が引きつった。
(慌てて答えたらそうなっただけなんだけど、これは言わないでおこう)
これに関してはどうにも本当の事を伝えてしまうと、撫子の夢を壊してしまいそうな予感がしたのだ。聞かせない方が幸せなら、これくらいの事なら隠したままでいた方がいいだろう。
「そうだね」
「でしたら、あの、私はこれからどうお呼びすればよいのでしょう」
「僕は女であることを明かす気は無いし、彼の名で呼ばれるのも複雑だから、弥彦のままでいいよ」
「わかりました。本当のお名前は秘密、ですね。弥彦様」
撫子は嬉しそうにはにかんだ。自分だけが知っているという事に優越感を持ったのだろう。
逆に弥生は話をしているうちに、偽りだらけの自分をよくここまで慕えると欝々とし始めていた。今の自分は亡くなった夫を模しているだけ。先ほどは弥生の本性が女でも構わないと言っていたけれど、やはり撫子が恋い慕っているのは夫の、竜彦の幻影ではないのかと。
そう考えると、弥生の心は急激に冷めてきた。
「僕も聞きたいんだけど、口調とか諸々、今のままの方がいいのかな?」
「お話ししやすい方で構いませんよ。女性に戻られた時の喋り方の方が話しやすいのでしたら、そちらでもいいですし。私は気にしませんから」
意外だった。
素直に「はい」と頷くのだと思っていたけれど、まさか女性らしさを残したまま側にいてもいいと言われるとは。しかもそう言った彼女の姿に一切の淀みはない。
幻影ではなく、本当に自分を慕ってくれているのではと弥生の胸にほんのりと温かさが戻ってきた。
「じゃあこのままで。さっきも言ったけど、女だって事を明かす気は無いから、僕にはわざわざ話し方を戻す理由がないからね」
「たしかに。そうですね」
「それにさ、正直長い事こんな感じでやってきたから、昔の口調に戻してほしいって言われたらどうしようかと。気を抜くとこっちに戻ってしまうからさ」
「そうなのですね。どのような形であれ、私は弥彦様が自然体で接してくださるのが一番嬉しいですから」
もう今の撫子の顔には何のわだかまりもなくなっていた。あるのは喜びだけだった。
「それに、こうやって弥彦様が自分の事を色々お話してくださるのも、とても嬉しいです」
「そう? もうここまで話しちゃってるし、聞きたいことがあるなら何でも教えてあげるよ。ただし、教えるのは僕の事だけ。僕の旦那さんについては……内容によりけり、かな」
一瞬、撫子はきょとんとしていたけれど、何故か嬉しそうにくすくすと笑いだした。
「ふふふ、わかりました。弥彦様は本当に旦那様の事が大好きなのですね」
「もちろん。いまだに彼の姿を手放せずにいるくらいだからね」
「そう、ですよね。私なんて足元にも及ばないかもしれないですけど……弥彦様に少しでも好いていただけるように頑張りますね」
「じゃあ僕も、君の努力に報いられるように頑張るよ」
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「ではあらためまして。不束者ですがよろしくお願いいたします」
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「ええ、もちろんです。どうぞ、こちらへ」
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