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嫁ぎ先は魔族の街
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関所を後にし、フォスさんに抱えられたまま魔族の街へやってきた。
魔族の街も人間の街と同じように壁で囲われている。外壁に作られた門をくぐると、いろんな見た目のたくさんの魔族のヒトが通りを歩いていた。
私はフォスさんに抱えられたまま不機嫌状態で街の様子を見ていた。
すると、歩いているのは魔族だけじゃないことに気が付いた。よくみると人間の姿もちらほらとある。
大半の人間は魔族に付き従うように歩いているようだ。
(あの人、魔族の荷物持ちをしてるみたい……⁉ あの魔族の男のヒト、あの女の人のお尻ベタベタ触ってなかった⁉ ウエッ、キモチワルッ‼ なんでみんな何も言わないの⁉ それに、なんでこんなに人間がこの街にいるんだろう……)
そんなことを考えながらフォスさんに抱えられていると、私の頭の中を読み取ったかのように彼は教えてくれた。
「あの人間達はな、戦争があった頃にこちらに連れてこられた人間達の末裔さ」
「こっちの国にはずっと人間が住んでたってことですか?」
「ああ。住民としている者はほとんどいないがな。彼らの立場は大半がペットや奴隷だ。本人達もそれが当たり前と思っているだろうな」
さも当たり前のようにそんなことを言われたけれど、どう受け止めたらいいのかわからない。
(私もこれからあの人達と同じように生きていかないといけないのかな……ううん、絶対にどうにかして逃げ出してみせる‼)
絶望感はあったけれど、このまま今の状況を受け入れたくはなかった。私は気持ちを切り替えることにした。
1人で百面相をしているとフォスさんの歩みが止まり、やっとのことで地面に下ろしてもらえた。
目の前には豪邸、とは言えないけれど、周りの家に比べると明らかに大きな家が建っている。庭もかなり広く、金持ちの家という感じだ。
「さて、ここが俺の家だ。狭いと思うかもしれんが上がってくれ」
(狭い? これが⁉ 私の家の3倍、いや5倍以上の広さがあるんじゃない⁉)
フォスさんの言葉と家の大きさに私が呆然としていると、フォスさんは私に手を差し出した。
「おいで」
「あ、はい……」
優しげな声をかけられ、不本意にも心臓がドクンと脈を打ち、無意識に出された手の上に手を重ねていた。そして思い出した。
(ダメ! このヒトは私を誘拐したヒト! ドキッて何、ドキッて!)
慌てて手を引こうとしたけれど、既にフォスさんに固く手を握られてしまっていて引き抜けない。
手を引かれて家の中に入ると、そのままダイニングと思われる部屋へ連れてこられた。こんなに広いのに他にヒトの気配はない。
家族は、お手伝いさんはいないのだろうか。
「茶を出そう。ゆるりと座って待っていてくれ」
重要なお客さんを迎えたかのように、フォスさんは私が座りやすいよう、椅子を動かしてくれた。
私は促されるままにその椅子に座った。
フォスさんがお茶の準備をしている間、することもないので家の中を見回した。物は多くはないけれど、一つ一つが高そうな物で揃えられている。
一通り観察した後、今度はフォスさんに目を向けた。
(あっ……尻尾が……)
ずっとフォスさんの正面しか見ていなかったから気が付かなかったけれど、お尻のところにふさふさの尻尾が生えている。
その尻尾は右へ左へと、嬉しいとでも言っているように動き回っていた。
(私を連れてこられたのが嬉しかった? いやいや、動物が尻尾を振るのが嬉しい時だからって、尻尾の生えた魔族がそうとは限らない!)
と、フォスさんに悟られないよう、一人頭の中でノリツッコミをしてみたりして時間を潰した。
むしろそうやって時間を潰していないと不安に心が負けそうになる。
(なんでフォスさんは私を連れて来たんだろう……これから私、どうなるのかな……)
考えることがなくなるとそんな言葉が頭をよぎる。
人間を家に連れてきたかったのなら、売られているという人間を買えばいいだけの話なのに。この家からしても、フォスさんはそれだけの財力はあるはず。
それに、フォスさんの話を聞く限り、私みたいなのより、この国にいる人間の方が彼の言うことをきちんと聞くんじゃないかな。
いるかどうかもわからないあんな森の中で、迷い込んでしまった人間を探していたとは考えにくいけど。それなら何をしにあの森の中へ行ったんだろう。
何度考えてもそれっぽい答えにはたどり着かず、疑問だけがわいてくる。
フォスさんは変なことを聞いても、怒るようなヒトじゃない気がしたので、率直に聞いてみるのが一番かもしれない。
「あの、あなた……は、私をどうしたいんですか?」
「どうしたいとは?」
「何のために連れてこられたのかよくわからなくて。お金のためではないことはわかったんですけど」
「ん? 言っていなかったかな?」
(言われてないから聞いてるんだって!)
そう口に出したかったけれど、それは心の中に抑え込んでフォスさんの疑問に答えた。
「この国の住人にするってことだけは聞きました。他はなにも……」
住民と言ってたけど、フォスさんが求めている形によっては本当はそうじゃないかもしれない。
(家政婦なら住民と言えるかもしれないけど、もし自分の言うことを聞く奴隷のような人間を求めているのだとしたら……)
自分の立場は気になるけれど、答えを聞くのが怖かった。
フォスさんはお茶を入れ終わり、机の上に置くと、私の向かいの椅子に座った。
「そうか、失念していたな。ナツキ、俺には、かねてからの夢があるんだ」
「夢……それが関所で言っていたチャンスに繋がってるんですか?」
「ああ、そうだ」
その夢と私にいったい何の関係があるというのだろう。
カップを口へ運びながら、今後の私の立場を左右することになるかもしれない夢の話に息を呑んだ。
フォスさんの口からは、全く思ってもみなかった夢の話が飛び出した。
「俺には昔から人間の妻を迎えたいという夢があるんだ。今日は完全な非番の日で、いるわけはないとは思いつつも散歩を兼ねてあの森の中を歩いていた。すると、ちょうどそこへ君が現れた。運命的だとは思わないか? だから俺は、ナツキ、君を妻として迎えたいと思ったんだ」
私はある単語の意味がすぐには理解ず、聞き返してしまった。
「つま?」
「そう、妻だ」
「……」
(彼の言う、“つま”とはあの夫と妻の“妻”?)
それを理解した途端、私は叫んだ。
「妻ぁぁぁぁ⁉」
(何の冗談? なんで私が魔族の、このヒトのお嫁さんにならないといけないの⁉ そもそもお互いのこと全然知らないのに!)
混乱しつつも、このまま口走ってしまえばきっと相手のペースになってしまう。
私は一旦落ち着くために、大きく深呼吸をした。
(とりあえず落ち着いて話をするべきだ。そうすれば私が思っていた人間、好みじゃない人間だと思って諦めてくれるかも)
そのための話のネタを、一生懸命考えた。
「あの、ちなみになんですが、あなたの年齢は? 私18歳なんですけど……」
年上なのは間違いないはずだ。
この見た目なら、おそらく20代前半くらい。もうちょっと上かもしれない。もしかしたら、私が成人していないことを知って諦めてくれるかもしれない。
「俺か? 俺は32、だったかな? よく覚えていない」
「……32⁉」
疑問形なので多少上下するかもしれない。それでも思った以上に年の差がある。
私が驚きで目を丸くして停止したけれど、フォスさんは全く気にするそぶりは見せなかった。
「なぁに、大丈夫さ。俺たち魔族は人間より多少長生きする生物だ。死ぬときはだいたい同じくらいになるさ」
「そういう問題じゃなくて……」
(よく知らない、しかも30歳超えたおじさんのお嫁さんにならないといけないなんて……)
私はショックに打ちひしがれ、項垂れた。
フォスさんはそんな私のことを気にする様子もなく、落ち着いてお茶を飲んでいた。
「それでなんだがな、先に相談しておきたいことがあるんだ」
「なんですか……」
ショックのあまり、全てが投げやりだった。
これ以上、衝撃を受けるような話はしてこないでほしい、それだけを願って。
「ナツキは、子供は何人欲しい? 俺は3人くらいがいいと思うんだが、どうだろう?」
「⁉」
さらなる衝撃に、項垂れていた頭を勢いよくフォスさんの方へ向けた。
フォスさんはとてもご機嫌、といった感じで私を見ている。
(いやいやいや! なんでこのヒトの頭の中ではそこまで話が進んじゃってるの⁉ 私、何も肯定してないよね⁉)
「ま、待ってください‼ そっ、そんな話いきなりされても困ります‼ そもそも私は、あなたの妻になることなんて了承してません‼」
「了承しようがしまいが、俺に拾われた時点で、お前は俺の妻になることは決まったんだ。諦めろ」
焦って否定する私とは反対に、浮かれているように見えるこのヒトの対応は冷静。
私は、もうすでに離婚して逃げ出したい、と心から願わずにいられなかった。
そんな心を見透かしたかのようにフォスさんは話しを続けてくる。
「逃げようったってそうはいかんぞ。人間のお前がこの街から出るには相応の手続きが必要だからな。その手続きも俺がいないと不可能だ。脱走を計ってもよいが、街の周りは高い壁で囲われているし、出入り口には門番がいる。そう易々とは逃げられまい」
「そんな……」
フォスさんはこの家についてから一番の笑顔だった。
こんなことを知る前の数時間前の私だったら、その顔にときめいてしまっていたかもしれない。
けど、今の私はフォスさんの言葉に打ちひしがれ、心臓もそんな気を起こす余裕をなくしてしまったようだ。
フォスさんは話を続ける。
「だからな、ナツキは諦めて俺に囲われていればいいんだ。心配しなくとも金に困ることはないし、お前が嫌がるなら子作りだって先延ばしにする。俺のことを気に入ってくれるまで我慢するさ」
(ダメだ……何を言っても聞いてくれそうにない……こんなことになるのなら、ユキ姉の誘いなんかに乗らなきゃよかった……家に帰りたい……お母さん……)
涙があふれてきた。
そんな顔を見られたくなくて、私は両手で顔を覆い、心からあふれでる絶望を伝えるため、絞り出すような声で言葉を紡いだ。
「何で私なの……別に私のこと、好きになったわけでもないんでしょ……」
「何故かと言われると、ちょうど都合がいい状態で俺の目の前に現れたから、としか言いようがないな。見目も俺好みではあったし。好きかどうかという問いは、そうだなぁ。これからそうなればいいだけの話だから、問題ないだろう」
お互いに好きでも何でもない相手と結婚だなんて。私には問題しかない。
目からは次々と涙が流れてくる。手を濡らし、さらにはのズボンに跡を残した。
「お願いだから、帰らせてよ。お母さんに、会いたい……ユキ姉に会いたいよ……」
「落ち着いたら里帰りはさせてやるさ。その時は親御さんに挨拶しないとな。菓子折りでも持っていくか」
私とフォスさんの間の温度の差は明白。
聞いてくれないというよりも、そもそもの物事の感じ方が違いすぎているようだ。
さっきまでの絶望は、徐々に怒りへと形を変えていく。
「あなた、さっきからおかしいよ! 好きでもない異種族を、つ、妻にしたいなんて!」
もう殺されようが何されようがどうにでもなれの勢いで怒鳴りつけた。普通の相手なら多少はひるみそうな勢いだったと思う。
けれど、こんな私を見てもフォスさんは飄々としていた。
「同族の女は気が強いのばかりで好みではないんだ。その点、人間の女はか弱くてよいだろ? 守ってやりたくなる」
「それは偏見です! 人間の女の人だって気の強い人はいるし、男の人に負けないくらい力の強い人だっています!」
行き場のない悲しみや怒りを、このヒトにぶつけるしかなかった。その感情は、勢いを増すばかりだ。
(何で私なの! 人間がいいだけなら私じゃなくてこの国の……そうだよ、この国にだって人間はいるじゃない! 奴隷がいるって!)
「私なんか捕まえてこなくっても、人間の奴隷を買えばよかったじゃないですか! それくらいのお金は持ってるんでしょ! こんな大きな家に住んでるくらいなんだし!」
この言葉でやっとフォスさんは表情を変えた。
何が気に食わなかったのかわからなかったが不快に思ったようで眉をひそめた。
けれど、直後に明かされたその理由は、意外なものだった。
「そんなことを言うものではないぞ。彼らだって君と同じ人間だ。かわいそうだとは思わないのか?」
(それをあなたが言う⁉)
こんな状況じゃなければ、私はその言葉に騙されていただろう。
今の私には火に油でしかない言葉。よくそんな言葉をその口で言えると思わずにはいられなかった。
「私を攫ったあなたに言われたくありません!」
フォスさんは目を丸くした。そう返されるとは思っていなかったとでもいうように。
「そりゃそうだな。これは一本取られた。はっはっは!」
言いたいことを一通り言ったのと、フォスさんの拍子抜けするような言葉に、膨れ上がっていた感情は一気にしぼんでいった。
(なんなの、このヒト⁉ 根っからの悪い人ではないんだろうけど……このヒトが何を考えているのかさっぱりわからない‼)
魔族の街も人間の街と同じように壁で囲われている。外壁に作られた門をくぐると、いろんな見た目のたくさんの魔族のヒトが通りを歩いていた。
私はフォスさんに抱えられたまま不機嫌状態で街の様子を見ていた。
すると、歩いているのは魔族だけじゃないことに気が付いた。よくみると人間の姿もちらほらとある。
大半の人間は魔族に付き従うように歩いているようだ。
(あの人、魔族の荷物持ちをしてるみたい……⁉ あの魔族の男のヒト、あの女の人のお尻ベタベタ触ってなかった⁉ ウエッ、キモチワルッ‼ なんでみんな何も言わないの⁉ それに、なんでこんなに人間がこの街にいるんだろう……)
そんなことを考えながらフォスさんに抱えられていると、私の頭の中を読み取ったかのように彼は教えてくれた。
「あの人間達はな、戦争があった頃にこちらに連れてこられた人間達の末裔さ」
「こっちの国にはずっと人間が住んでたってことですか?」
「ああ。住民としている者はほとんどいないがな。彼らの立場は大半がペットや奴隷だ。本人達もそれが当たり前と思っているだろうな」
さも当たり前のようにそんなことを言われたけれど、どう受け止めたらいいのかわからない。
(私もこれからあの人達と同じように生きていかないといけないのかな……ううん、絶対にどうにかして逃げ出してみせる‼)
絶望感はあったけれど、このまま今の状況を受け入れたくはなかった。私は気持ちを切り替えることにした。
1人で百面相をしているとフォスさんの歩みが止まり、やっとのことで地面に下ろしてもらえた。
目の前には豪邸、とは言えないけれど、周りの家に比べると明らかに大きな家が建っている。庭もかなり広く、金持ちの家という感じだ。
「さて、ここが俺の家だ。狭いと思うかもしれんが上がってくれ」
(狭い? これが⁉ 私の家の3倍、いや5倍以上の広さがあるんじゃない⁉)
フォスさんの言葉と家の大きさに私が呆然としていると、フォスさんは私に手を差し出した。
「おいで」
「あ、はい……」
優しげな声をかけられ、不本意にも心臓がドクンと脈を打ち、無意識に出された手の上に手を重ねていた。そして思い出した。
(ダメ! このヒトは私を誘拐したヒト! ドキッて何、ドキッて!)
慌てて手を引こうとしたけれど、既にフォスさんに固く手を握られてしまっていて引き抜けない。
手を引かれて家の中に入ると、そのままダイニングと思われる部屋へ連れてこられた。こんなに広いのに他にヒトの気配はない。
家族は、お手伝いさんはいないのだろうか。
「茶を出そう。ゆるりと座って待っていてくれ」
重要なお客さんを迎えたかのように、フォスさんは私が座りやすいよう、椅子を動かしてくれた。
私は促されるままにその椅子に座った。
フォスさんがお茶の準備をしている間、することもないので家の中を見回した。物は多くはないけれど、一つ一つが高そうな物で揃えられている。
一通り観察した後、今度はフォスさんに目を向けた。
(あっ……尻尾が……)
ずっとフォスさんの正面しか見ていなかったから気が付かなかったけれど、お尻のところにふさふさの尻尾が生えている。
その尻尾は右へ左へと、嬉しいとでも言っているように動き回っていた。
(私を連れてこられたのが嬉しかった? いやいや、動物が尻尾を振るのが嬉しい時だからって、尻尾の生えた魔族がそうとは限らない!)
と、フォスさんに悟られないよう、一人頭の中でノリツッコミをしてみたりして時間を潰した。
むしろそうやって時間を潰していないと不安に心が負けそうになる。
(なんでフォスさんは私を連れて来たんだろう……これから私、どうなるのかな……)
考えることがなくなるとそんな言葉が頭をよぎる。
人間を家に連れてきたかったのなら、売られているという人間を買えばいいだけの話なのに。この家からしても、フォスさんはそれだけの財力はあるはず。
それに、フォスさんの話を聞く限り、私みたいなのより、この国にいる人間の方が彼の言うことをきちんと聞くんじゃないかな。
いるかどうかもわからないあんな森の中で、迷い込んでしまった人間を探していたとは考えにくいけど。それなら何をしにあの森の中へ行ったんだろう。
何度考えてもそれっぽい答えにはたどり着かず、疑問だけがわいてくる。
フォスさんは変なことを聞いても、怒るようなヒトじゃない気がしたので、率直に聞いてみるのが一番かもしれない。
「あの、あなた……は、私をどうしたいんですか?」
「どうしたいとは?」
「何のために連れてこられたのかよくわからなくて。お金のためではないことはわかったんですけど」
「ん? 言っていなかったかな?」
(言われてないから聞いてるんだって!)
そう口に出したかったけれど、それは心の中に抑え込んでフォスさんの疑問に答えた。
「この国の住人にするってことだけは聞きました。他はなにも……」
住民と言ってたけど、フォスさんが求めている形によっては本当はそうじゃないかもしれない。
(家政婦なら住民と言えるかもしれないけど、もし自分の言うことを聞く奴隷のような人間を求めているのだとしたら……)
自分の立場は気になるけれど、答えを聞くのが怖かった。
フォスさんはお茶を入れ終わり、机の上に置くと、私の向かいの椅子に座った。
「そうか、失念していたな。ナツキ、俺には、かねてからの夢があるんだ」
「夢……それが関所で言っていたチャンスに繋がってるんですか?」
「ああ、そうだ」
その夢と私にいったい何の関係があるというのだろう。
カップを口へ運びながら、今後の私の立場を左右することになるかもしれない夢の話に息を呑んだ。
フォスさんの口からは、全く思ってもみなかった夢の話が飛び出した。
「俺には昔から人間の妻を迎えたいという夢があるんだ。今日は完全な非番の日で、いるわけはないとは思いつつも散歩を兼ねてあの森の中を歩いていた。すると、ちょうどそこへ君が現れた。運命的だとは思わないか? だから俺は、ナツキ、君を妻として迎えたいと思ったんだ」
私はある単語の意味がすぐには理解ず、聞き返してしまった。
「つま?」
「そう、妻だ」
「……」
(彼の言う、“つま”とはあの夫と妻の“妻”?)
それを理解した途端、私は叫んだ。
「妻ぁぁぁぁ⁉」
(何の冗談? なんで私が魔族の、このヒトのお嫁さんにならないといけないの⁉ そもそもお互いのこと全然知らないのに!)
混乱しつつも、このまま口走ってしまえばきっと相手のペースになってしまう。
私は一旦落ち着くために、大きく深呼吸をした。
(とりあえず落ち着いて話をするべきだ。そうすれば私が思っていた人間、好みじゃない人間だと思って諦めてくれるかも)
そのための話のネタを、一生懸命考えた。
「あの、ちなみになんですが、あなたの年齢は? 私18歳なんですけど……」
年上なのは間違いないはずだ。
この見た目なら、おそらく20代前半くらい。もうちょっと上かもしれない。もしかしたら、私が成人していないことを知って諦めてくれるかもしれない。
「俺か? 俺は32、だったかな? よく覚えていない」
「……32⁉」
疑問形なので多少上下するかもしれない。それでも思った以上に年の差がある。
私が驚きで目を丸くして停止したけれど、フォスさんは全く気にするそぶりは見せなかった。
「なぁに、大丈夫さ。俺たち魔族は人間より多少長生きする生物だ。死ぬときはだいたい同じくらいになるさ」
「そういう問題じゃなくて……」
(よく知らない、しかも30歳超えたおじさんのお嫁さんにならないといけないなんて……)
私はショックに打ちひしがれ、項垂れた。
フォスさんはそんな私のことを気にする様子もなく、落ち着いてお茶を飲んでいた。
「それでなんだがな、先に相談しておきたいことがあるんだ」
「なんですか……」
ショックのあまり、全てが投げやりだった。
これ以上、衝撃を受けるような話はしてこないでほしい、それだけを願って。
「ナツキは、子供は何人欲しい? 俺は3人くらいがいいと思うんだが、どうだろう?」
「⁉」
さらなる衝撃に、項垂れていた頭を勢いよくフォスさんの方へ向けた。
フォスさんはとてもご機嫌、といった感じで私を見ている。
(いやいやいや! なんでこのヒトの頭の中ではそこまで話が進んじゃってるの⁉ 私、何も肯定してないよね⁉)
「ま、待ってください‼ そっ、そんな話いきなりされても困ります‼ そもそも私は、あなたの妻になることなんて了承してません‼」
「了承しようがしまいが、俺に拾われた時点で、お前は俺の妻になることは決まったんだ。諦めろ」
焦って否定する私とは反対に、浮かれているように見えるこのヒトの対応は冷静。
私は、もうすでに離婚して逃げ出したい、と心から願わずにいられなかった。
そんな心を見透かしたかのようにフォスさんは話しを続けてくる。
「逃げようったってそうはいかんぞ。人間のお前がこの街から出るには相応の手続きが必要だからな。その手続きも俺がいないと不可能だ。脱走を計ってもよいが、街の周りは高い壁で囲われているし、出入り口には門番がいる。そう易々とは逃げられまい」
「そんな……」
フォスさんはこの家についてから一番の笑顔だった。
こんなことを知る前の数時間前の私だったら、その顔にときめいてしまっていたかもしれない。
けど、今の私はフォスさんの言葉に打ちひしがれ、心臓もそんな気を起こす余裕をなくしてしまったようだ。
フォスさんは話を続ける。
「だからな、ナツキは諦めて俺に囲われていればいいんだ。心配しなくとも金に困ることはないし、お前が嫌がるなら子作りだって先延ばしにする。俺のことを気に入ってくれるまで我慢するさ」
(ダメだ……何を言っても聞いてくれそうにない……こんなことになるのなら、ユキ姉の誘いなんかに乗らなきゃよかった……家に帰りたい……お母さん……)
涙があふれてきた。
そんな顔を見られたくなくて、私は両手で顔を覆い、心からあふれでる絶望を伝えるため、絞り出すような声で言葉を紡いだ。
「何で私なの……別に私のこと、好きになったわけでもないんでしょ……」
「何故かと言われると、ちょうど都合がいい状態で俺の目の前に現れたから、としか言いようがないな。見目も俺好みではあったし。好きかどうかという問いは、そうだなぁ。これからそうなればいいだけの話だから、問題ないだろう」
お互いに好きでも何でもない相手と結婚だなんて。私には問題しかない。
目からは次々と涙が流れてくる。手を濡らし、さらにはのズボンに跡を残した。
「お願いだから、帰らせてよ。お母さんに、会いたい……ユキ姉に会いたいよ……」
「落ち着いたら里帰りはさせてやるさ。その時は親御さんに挨拶しないとな。菓子折りでも持っていくか」
私とフォスさんの間の温度の差は明白。
聞いてくれないというよりも、そもそもの物事の感じ方が違いすぎているようだ。
さっきまでの絶望は、徐々に怒りへと形を変えていく。
「あなた、さっきからおかしいよ! 好きでもない異種族を、つ、妻にしたいなんて!」
もう殺されようが何されようがどうにでもなれの勢いで怒鳴りつけた。普通の相手なら多少はひるみそうな勢いだったと思う。
けれど、こんな私を見てもフォスさんは飄々としていた。
「同族の女は気が強いのばかりで好みではないんだ。その点、人間の女はか弱くてよいだろ? 守ってやりたくなる」
「それは偏見です! 人間の女の人だって気の強い人はいるし、男の人に負けないくらい力の強い人だっています!」
行き場のない悲しみや怒りを、このヒトにぶつけるしかなかった。その感情は、勢いを増すばかりだ。
(何で私なの! 人間がいいだけなら私じゃなくてこの国の……そうだよ、この国にだって人間はいるじゃない! 奴隷がいるって!)
「私なんか捕まえてこなくっても、人間の奴隷を買えばよかったじゃないですか! それくらいのお金は持ってるんでしょ! こんな大きな家に住んでるくらいなんだし!」
この言葉でやっとフォスさんは表情を変えた。
何が気に食わなかったのかわからなかったが不快に思ったようで眉をひそめた。
けれど、直後に明かされたその理由は、意外なものだった。
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(それをあなたが言う⁉)
こんな状況じゃなければ、私はその言葉に騙されていただろう。
今の私には火に油でしかない言葉。よくそんな言葉をその口で言えると思わずにはいられなかった。
「私を攫ったあなたに言われたくありません!」
フォスさんは目を丸くした。そう返されるとは思っていなかったとでもいうように。
「そりゃそうだな。これは一本取られた。はっはっは!」
言いたいことを一通り言ったのと、フォスさんの拍子抜けするような言葉に、膨れ上がっていた感情は一気にしぼんでいった。
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