第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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23 影との邂逅(中編)

「会話以外のことはしないデ」

 影の中にいるせいか、それとも元からそうなのか、彼の髪は黒かった。
 黒く、まるで濡れているようにすら見えた。


「で、話ってのは?」

「本題に入る前に、自己紹介をしようヨ。人間は自己紹介が好きなんでしょウ? 僕の名前はないけど、仲間にはカルマって名乗ってル」

「ほとんどの人間が好きだとしても、俺は自己紹介が嫌いだ」

 俺はヴァンピールに銃口を向けて威嚇する。


「待ちなさい。対話を望む相手に、喧嘩腰ではいけない。すまないカルマ君。私は……」
「答える必要はない」

 俺は出てこようとした官吏を、再び机の下に押し戻す。


「二人は親子なノ?」
「だったらなんだ?」

 俺は出てきた官吏を背中に庇う。

「ただの会話の糸口だヨ。あんまり似てないネ」
「で、本題はなんだ?」

「そんなに急がないでヨ。ほら、二人とも座ってくださイ」

 彼は影から完全に這い出し、床の上に立った。

 座ってくれと言われたが、官吏の席は俺がテーブルごと蹴飛ばして破壊したので、まともに残っているのは俺の座っていた椅子だけだ。


「残った椅子は一つだけだ。客人のお前が座るべきだろ」

 と、俺は銃口を向けたまま言う。


「いや、年長者を敬うべきじゃないかナ?」

 ヴァンピールは肩をすくめた。


「分かった。対話による解決ができるのなら、私はそれを望んでいる」

 官吏は、俺の背後の椅子に座った。
 できれば出しゃばってほしくはなかったが、この距離なら守れるだろう。


「僕はただ、人間と話したかったんダ。いくつか確認したいことがある」
「俺の誕生日を祝ってくれるつもりなら、生憎だったな。孤児なんだ」
「それはいいネ。羨ましイ」

 ヴァンピールは再び影に潜って姿を消し、滑るように移動して、入り口をふさぐように移動した。


「ちなみに確認だけど、二人は始祖のヴァンピールの知り合いなんだよネ?」

「すまないカルマ、始祖というのは、何のことなんだ?」
「理性を持つ、ヴァンピールのことだヨ」

 ヴァンピールはそう言う。
 それが427のことだとはすぐに分かった。


「喋るヴァンピールなら知ってるよ。お前より流暢に喋ってたのを」

「手厳しいネ。実は、喋るのは得意じゃないんダ。でも無駄足じゃなくて良かったヨ。じゃあさ、その子、僕に預けてくれないかナ」

「……あいつを? それでどうするんだ?」
「処刑すル」

 迷いなくヴァンピールはそう言った。


「処刑?」
「人間にとっても、悪い話じゃないでしょウ? ヴァンピールは人間の敵、それを一人、殺すだケ」

「それは、」
「理由は?」

 俺は何か言いたげな官吏を無視して、強く問いかけた。


「……最も多くの、仲間ヴァンピールを殺したかラ」


 ヴァンピールは俺を見据えて真っ直ぐに言った。
 冷たい目をしていた。まるで氷のように。


「427が人類に与してるのが許せないのか?」
「違ウ。人間に味方してるわけじゃなイ。アイツはただ、ヴァンピールを、悪魔の系譜を憎んでるだけダ」

「悪魔の系譜? お前らは元人間だろ。知らないかもしれないけどな、悪魔ってのは奈落に住んでるんだよ」

「そして、地上に喚び出されル。よく知ってるネ。でも、始祖は、悪魔の直系の眷属で、特別な力を与えられル。アイツは最初の眷属ダ。悪魔を喚んダ」

「……はぁ?」

 ヴァンピールは入口の扉に体を預けてもたれかかりながら、俺のことを見ている。
 品定めするように。


「そしてアイツは、最も近くにいながら、あの方を裏切って、大勢のヴァンピールを殺しタ」

「つまり、427は、自分で呼び出した悪魔の眷属になり、途中で裏切って殺し、お前らをも殺し始めた、と?」

「……生かしてはおけなイ。アイツは危険ダ」

 ヴァンピールは表情を険しくして、ギリッと奥歯を噛んだ。

「なら、427は自他共に認める人間の味方だな。そんな健気な427を殺すなんて」
「止めなさい、刺激するようなことを……」
「お前は動くな、話し相手は俺だ」


「本当に、そうだと思ウ?」

 ヴァンピールは、突然口元を歪めて、ニヒルに嗤った。

「だったらどうして、アイツは悪魔を喚んだノ? 我らの始祖を創りし存在を喚ばなければ、そもそもこんなこと、起きてないヨ」

「さぁな。お前はどう考えてる?」
「彼奴は狂ってル」

 ヴァンピールは声を低くしてそう言った。

「仲間を喰らって、悦楽を覚えル。同族喰らいの悪魔ダ」
「悪魔も同族殺しは嫌いなのか」
「僕は悪魔じゃないからネ」

 ヴァンピールはそのまま俺に歩み寄る。


「僕は、ヴァンピールと人間の争いに終止符を打ちたイ。これ以上、仲間が死ぬのを見たくないんダ」

「お前らヴァンピールは、やたらめったら人間を殺しまくってるだろうが。それが原因だよ」

 俺は銀の弾丸を装填した銃口を決して逸らさないまま言う。


「……それなら、何故ヴァンピールは人を噛み、生き血を啜ると思ウ?」
「生きるためだろ。お前らは殺さなきゃ生きられない。人間は殺されないように抵抗する。そうやって争ってる」
「残念、不正解ダ」

 ヴァンピールは、首を傾げて、俺を見て不気味に笑う。


「血は、愛ダ。僕らが求め、決して手に入らなかったもノ。僕らは、ただ愛して欲しかっタ。人は、眠らずに生きられル? 人は食べずに生きられル? 愛情は、人が生きるために必要ダ。食べ物と同じくらイ」

「カルマ、君も家族に虐げられていたのか……?」
「官吏。死にたいなら俺が殺してやる、そうじゃないなら黙れ」

「もし眠れないのなら、食べられないのなら、死ぬしかなイ。今まではそうだっタ。でも僕らは適応しタ。肥沃な土地から追われた花が、虫を喰らうようニ」

「私は……」
「赤ん坊みたいなことを言うんだな」

 俺は吐き捨てて、近づいてきたヴァンピールに銃を振って離れるように促す。
 官吏を間合いに入れさせる気はない。


「愛されないお前らサイドに問題があるとは思わないか? 無償の愛情だからって、無条件に与えられるわけじゃない。可愛くないものを愛せって言うほうが無理な話だ。赤ん坊みたいに寝っ転がって駄々捏ねてれば、どうにかなると思ってんのか? 気持ち悪いんだよ、結局愛されないで逆ギレしてる。とんだクソガキだ」

「そうだろうね、もちろン。全身に力が入らなくて、呼吸すら上手くできなくて、一歩も動けないかもしれないなんて考えもつかなイ。死にたいほど苦しくて、もがき苦しんでるのニ。『みんな』苦しいんだからって言うんだ……『みんな』って誰だろうネ? この世で一番苦労してなきゃ、助けを求めちゃいけないのかナ?」

「そうやって被害者ぶってんのが気持ち悪いって言ってんだよ。死にたいほど辛いならさっさと死ね。誰がお前らに生きてほしいって言った? 傷を舐め合ってそれで満足してるんだろ。助けなんか望む価値が自分にないことを自覚しろ。お前らが何の役に立つ? お前らになんの価値がある? ただ助けを望むことすらしないでダラダラと文句垂れてる有象無象に、命を懸ける価値なんかあるか? 俺はご免だ」

「死にたい気持ちは、生きたい気持ちの裏返しなんだヨ。そんなこともわからないノ?」

「生きたいなら生きたいと、助けてほしいなら助けてほしいと、そう言えばいいのにお前らは、ぐちぐちぐちぐち、求めてもいない助けが得られないことに逆ギレしやがって気持ち悪い」


「悲鳴を上げ続けて潰れた喉で、何を叫べっていうノ? そもそも僕らに言葉を教えてくれた人なんて、誰かいたかナ」

 ヴァンピールは曇った目で俺を見て、首を傾げ、滑るように素早く動いた。
 俺は引き金を引く。
 奴は影に潜り、それを躱した。
 

「待ってくれ、二人共感情的になるな! 私は対話を望んでいるんだ……頼む、仲間を失いたくないのは私とて変わらない、誰だってそうだ……」

「黙ってろ官吏!」
「卑怯者のサイコパスは、お呼びじゃないヨ」

 ヴァンピールは、ふわりと床を蹴り、天井へ舞い上がる。俺はそこを狙撃するが、手ごたえがない。
 銀の弾丸が効かないのだろうか。俺は短剣を取り出して構える。


「話をさせてくれ! 私は上と掛け合える。共存することができるなら、それを望んでいる!」

「僕はサ。僕は、死にたいと叫ぶ人を面白がってる奴らが許せなイ。偽善を掲げて搾取しようとしてる奴らが許せなイ。そんな奴らは罰を受けるべきだと思ウ。これは革命ダ。こんな世の中間違ってル」

「ああ、間違ってるな。ところで、お前らは何人殺された? お前は何人殺した?」

「外は、本当に酷い場所ダ。どんなに働いても頑張っても、水も与えて貰えなイ。些細なことで血が出るまで鞭打たれ、骨が折れるまで殴られても病院にすら行かせてもらえなイ。そうやって痛めつけられてる子を助けようなんて、誰一人思わなかっタ。むしろ積極的にそういう『遊び』に参加しタ」

「もちろんだ。間違っている……」
「座ってろ官吏、影に近寄るな」

「それが今の現実ダ。人間の本性ダ。上位存在を持たない人間は、恐れを知らず他者を虐げル。そして罰は与えられなイ。そんなの間違ってル。弱い人が罰を受ける、弱い人だけが罪を犯ス。僕らは力を手に入れタ。強者を殺すだけの力を手に入れタ」


「カルマ君……」
「退け」

 俺は官吏の腕を掴み椅子ごと倒す。
 その場所に、俺のグラスが放り投げられ通り抜け、壁に当たってゴトンと鈍い音を立てた。


「罰されるのはいつも弱者ダ。虐げられる者が罰を受けル。僕らはこんなに苦しんでいるのに、当然の権利のように何もかもを奪い取っておいて、聖人面して救いを与えたつもりになって、裏では奪い取ル。僕らはただ愛されたかった、ただ愛されたかっただけなのニ…………もういいよ、やっぱり愛情なんてそんなもの、僕らが望むのが間違いだったのカナ? 僕らはヴァンピールなんだかラ……」

 ヴァンピールの目の焦点は酷く濁ってブレている。
 彼は自分の頭を抱え、ぐらりと体を揺らす。
 足首が溶けた。影に躓き、彼は転んだ。


「……話してくれてありがとウ。また会おうね」
「お大事に」

「最後に、一つ警告しておくネ。アイツを殺そうとしてるのは、僕だけじゃないんだヨ」

 ヴァンピールは再び影に潜り、そして、消えた。

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