元悪役令息の恩返し 〜 恋のキューピットをしているはずなんですが、もしかして空回ってます? 〜

kei

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番外編 BLゲームの主人公事情(1)

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(主人公もとい王道転校生|アンティside)

「ここが、君が明日から通うクレーター学園だよ」

 そう、最近知り合ったおじさんが言う。

「ふーん」
「私はここで学園長をやっているから、困ったことがあったらすぐ連絡するんだよ」
「わかった」

 事前にいろんな貴族が通っていると聞いていたけれど、豪華な建築物に負けないぐらい緑の草木が生い茂っている。
 その自然の豊さは、いまは無き実家を思い出した。

「前にも説明したけど警備は厳重だけど、その代わり特殊なこともあるから気をつけて欲しい」
「はぁ。忘れてないけど、こんな変装する必要ある?」

 おじさんに会うなり渡された、もじゃもじゃとした黒髪カツラと分厚いビン底のようなメガネ。

「念には念をだよ。君のことはイオから頼まれたからね」
「その名前、出さないでもらえます?」

 オレが実家を無くし、この学園に通うことになった理由。
 頭では理解できているけれど、憎んでいないと言えば嘘になる。モヤモヤと胸の中でわだかっている気持ちが消えない。

「君の事情を知っているのに軽率けいそつだったね。すまない」

 子供の八つ当たりなのに、頭を下げたおじさん。
 本来頭を下げるべき相手はここにいない。

「……べつに。おじさんはオレたちに巻き込まれているだけってわかってる。オレの言い方、悪くてごめんなさい」

 自分の心に素直に。悪いことをしたと気づいたなら、謝るのよ。
 母が繰り返した言葉。

「君は良い子だね」

 そう言っておじさんはオレの頭をくしゃりと撫でた。
 村では兄貴分としてオレにとって母以外に撫でられたことは少なく、胸がこそばゆくなった。

「そ、そんなことないし!」
「そうかい」
「ほっほら。早く部屋に案内してくれよ」
「そうだったね」

 前を歩くおじさんの背中を見ながら、思い出すのはこの学園に転入した経緯だ。


 オレは隣国との境にある、小さな村で育った。
 小さい頃から父親はおらず、母とオレ、2人で暮らしていた。
 母は地方の地方、辺境とも言える田舎に住んでいる人間にしては教養があった。文字書きなどはもちろん、知識も豊富で、よく村の人が相談にきていた。

「どこか貴族のお嬢様なんじゃないか?」

 なんて、娯楽が少ない村では時々ささやかれるようなこともあった。
 母は「本当に貴族のお嬢様だったらココにはいないわよ」と静かに笑っていた。

 裕福とは決して言えないけれど、慎ましくも幸せな日々。
 それは母が流行り病で倒れたことによって、崩れはじめた。診療所もない、地方の村。医者に診てもらうのも時間もお金も必要だった。それに2人の人間が慎ましく生きるぐらいの収入しかないのに、治療費を出すことは難しかった。母は「アンティ、気にしないで。わたしは幸せだったわ」と笑った。
 それからひと月もせずに、母は亡くなった。オレは残された家で暮らし続けた。母のおかげで自活できる知識はあったし、村の人も助けてくれた。
 このまま村で母との思い出とともに穏やかに過ごすのだと思っていた。

「やっと見つけた!」

 突然やってきた男は言った。

「なんですか?」
「アンティだね。君のお父さんだよ!」

 田舎に不釣り合いな馬車と護衛の数。すぐさま、どこかの貴族だと思った。
 そして自分と同じ、金色に輝く髪を持った男。
 母はよくある茶色の髪だったから、自分の髪色は父親の遺伝なんだろうとぼんやりと思っていた。でも、それだけでは信じられる内容ではなかった。

「人違いじゃありません?」
「そんなことない! あぁ、そうだ。これを見たら信じてもらえると思う」

 護衛の一人と思われる人物から手のひらサイズの紙を受け取った男は、オレにその紙を見せる。

「これは…」

 差し出された紙、それは写真だった。
 そこには、メイド服を着た母が、男に引き寄せられるように立っていた。

「私たちは若かったし、その当時から私は権力がなくて……」

 そう語る男の口から出された言葉は信じがたいことばかりだった。
 男は隣国の王族関係者であったが、血筋の関係で権力は低く、貴族のような暮らしをしていた。そんな中、メイドとして働いていた母と恋に落ちたと言う。主人とメイド、許されない恋。だけど、お互いに想いを止めることができず、愛瀬を重ねた。しかし、ある日突然、母が姿を消した。

「私は結婚を考えていたんだ。だから何も言わず消えた彼女に最初は怒りを感じたよ。でも、いざ調べてみたら理由があった。私は嫌われていなかったんだと嬉しかったよ」

 どこか浮世離れなズレた発言。母が死んでしまった後にならなんとでも言えることを連ねる男に嫌悪感ばかり生まれる。

「ーーそれで、いま、王家は少々揉めていてね。権力もなにもない貴族風情の私も巻き込まれてしまった。困ったもんだよ。だから君たちを保護、いや君を保護したいと思うんだ。僕のせいで死んでしまっては彼女にも申しわけ立たないから」

 そう軽妙語った男は、にこりと笑う。
 オレは拒むことは許されず、そのまま家から連れさられるように保護された。

「君の存在に気づいている者は少ないが、私が最も信頼できる友人に君を託すことにした。君のためだよ」

 そうして引き合わされた、学園長という肩書きを持つおじさん。
 父親と名乗る男のおかげで貴族という存在に嫌気が差していたが、おじさんは子供オレ相手でも終始、懇切丁寧に語りかけてくれた。ちょっとは貴族という生き物を見直しかけたが、入学先の特殊な状況を説明されて、やっぱり理解できないと思った。

「どうしても警備のこともあって、閉鎖的だからね」

 男同士の恋愛が当たり前であること、顔の良し悪しが成績のように評価されてしまうこと。
 それと貴族と平民の格差。

「赤ん坊の頃から根付いてしまった考えを変えるのは難しいことだけど、すこしでも変えられたらとも思っているんだ」

 オレのことは絶対、あの男に押し付けられたのだろうと思っていたが、その穏やかな中にある強さはとても惹かれるものがあった。

「…わかったよ。おじさんの学校が安全なんだろ? 行くよ」
「そうかい。ありがとう」
「なんで、おじさんが礼を言うんだよ?」
「ふふっそうだね。君は良い子だ」

 ◆

 学園長室で様々な注意事項を受けて、一応、おじさんに渡された変装アイテムを身につける。
 どんな貴族が来ようともオレは負けない。
 そう気合いを入れて、指定された寮のドアノブをひねる。

「わっ! びっくりした!!」

 その声で、そう言えば2人部屋だと言われていたと思い出す。
 でもオレの視線は、それよりも何よりも、目の前の人物に釘付けだった。

「あ! もしかして、君が王道てnゴホンげへん、えっと今日から同室になる転校生だね! 僕はオーアマナだよ」

 そう言って翡翠ひすいのような瞳を輝かせた彼は、首を傾げ月に照らされたような白銀の髪がさらりとなびかせた。
 その姿はいままで出会った中で、とてつもなく綺麗で、絵画から抜け出したようで、呼吸をすることさえ忘れそうになった。

「オレ…は…アンティ・ガーデン」
「うんっ! 知ってた! あ、違う違う。聞いてたよ!?」

 瞳をキラキラと輝かせながら、口を開いたり、閉じたり。その顔立ちからすれば、冷たい印象を与えかねないのに、ふにゃふにゃとよく動く表情によって温かさを生み出していた。

「ねぇ……アマナって呼んでいい?」

 ”自分の心に素直に”

「うぇ!? え、べ、べつに良いけど…」
「やった! ありがとう!」

 憂鬱だと思っていた学園生活が、楽しみに変わった瞬間だった。



「・・・さすが主人公。距離感の詰め方、えぐい」
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