社会復帰は家庭教師から

Neu(ノイ)

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一章:精神病×難病×家庭教師

恋愛初心者 02

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「良いんだよ、返事は。その、別に焦ることでもないし。告白とかした訳でもないしさ」

彼の表情は気になったが、触れてはいけない気がして敢えて何も聞かずに話を進める。
箸に掬ったご飯を口に放り、もぐもぐと噛み締めた。
口内に米の甘味が広がる。
冷めているご飯も、お弁当の醍醐味なのだろうか。
幸せな気分になった。

「まあ、ツウリが良いなら俺は何も言えないけども。大人は汚いから気を付けろよ。ツウリみたいな恋愛初心者は騙されやすいんだから」
「椎名さんはそんな人じゃねぇよ。大体、椎名さんだって恋愛初心者だ」

七海の言葉にムッとして言い返すも、七海も真剣な顔で俺を見ていた。
俺は息を詰めて言葉を失う。

「恋愛初心者がいきなりチュー奪うかなあ? 七海君は釈然としない訳です。……ま、天然のタラシって線もあるけどさ。何にしても、気を付けなさいよ。俺はお前が大事なの」

向かい側から七海の手が伸びてくる。
その手は俺の頬を撫でて、すっと唇を擽って消えた。
茫然と戻っていく手を凝視する。
カチンコチンに固まる俺に、七海はクスリと笑った。

「ツウリ。このぐらいで固まってたら、恋愛なんて出来ないぞ?」

口端が意地悪く、にぃ、とつり上がっていく。

「なっ、なな、……っ……な、ななうみ。揶揄うなよっ!」

俺は熱くなる顔を俯かせて、やっとのことで言葉を絞り出す。
一々触り方がイヤらしいのだ。
なんてことのない触れ合いなのに、どぎまぎしてしまった。

「揶揄ってなんかないよ。俺はツウリが好きだって、ずっと言ってるでしょ」
「は? 何言って」
「お前は友人としてしか受け取ってないみたいだけど、俺、本気よ? ツウリのこと、マジ好きだから」

そんな俺の頭をポンポンと叩く七海を見上げるも、いきなりの台詞に目を見開いた。
ふざけるな、と言い掛けて、言葉を呑み込む。
真剣な顔をしている七海の言葉を、冗談には出来なかった。

「お、俺は。七海が好きだよ。でも、それは友達としてで。その」
「良いよ、それ以上言わなくて。解ってるからさ。お前の初恋を邪魔する気もないし、応援はする。ただ、知っておいて貰いたかっただけ。ほら、七海君は優しいから、ツウリの幸せを一番に願ってんの。気にしないで」

ぐしゃ、と髪を乱暴に撫でられる。
七海の顔は優しくて、切なくなった。
込み上げてくるものを堪えて、一度だけ頷く。


 頭から温もりが消えた。
ご飯食おうぜ、と七海が促すように宣い、食べ掛けのパンに手を伸ばす。
俺も食事を再開させた。
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