みおそてぃす

一章：偵察

神沼さん家の事情 02

　母が亡くなったと聞き付け、真っ先にやって来たのは、組長の奥さんだった。
純の母である彼女は、黒い着物を身に纏い颯爽と現れた。
まだ中学生の淳志には、葬式のこと、自分の身の置きどころの手続き、などなど諸々のことなど全く解らず、病室の椅子に茫然と座っていた時だ。
月に一度、倉本の本宅に顔を出していた淳志は勿論、純の母である彩菜（アヤナ）のことは知っていた。
温度の感じない人形のような綺麗な面立ちは恐怖を抱くものであった。
それでも、不倫の末の子供である司破と淳志が倉本の本宅に顔を出すことに嫌な顔もせず、料理も用意し、養育費だとお金も持たせてくれていた。
司破の家は金には困っていないからか、よく断っていたが、淳志にとっては天の恵みにも等しかったのだ。
時折浮かぶ僅かな微笑が、淳志は好きだった。
とても解りづらいが優しい人なのだ。


　彩菜は淳志の肩を抱き締め、ごめんなさい、と囁いた。
鼻を擽る優しい匂いは香水などではなく、花をよく触る彼女から自然と香るものであった。

「組長は会合で、どうしても今日は来られませんの。わたくしが、責任を持って弔わせて頂きます。淳志さんは、何も心配することはありませんわ。純さんも、今学校から駆け付けているところです。本当に、この度は……」

普段、表情を崩さない彼女が言葉を詰まらせる。
顔は見えないが、淳志を抱く腕は震えていた。
何故、己の旦那と不倫をした女と子供に、此処まで尽してくれるのだろうか、と疑問が淳志の胸を渦巻く。

「わたくしは、もう子供を産む強さがありませんの。でも純さんに兄弟を、どうしても作ってさしあげたかったのです。美菜さんも夏波さんも、純さんに弟を与えて下さいました。ですのでわたくしは、彼女達も、司破さん、淳志さんのことも、家族だと思っております」

淳志の想いに気付いたのだろう彼女は、薄っすらと双眸を細めると、そう話してくれた。
その話は初耳で、恐らくは純も知らないのではないかと思われた。

「純さんにも言っていませんのよ。内緒に、して下さいましね」

そっ、と体を離され、珍しくも照れたように笑う彼女の指が、淳志の口元を辿る。
首を傾ける彼女に、頷くことしか出来なかったのを覚えている。


　結局、その後は彩菜の仕切りで葬式の手続きが行われ、親権を倉本に移す手続きをし、賃貸アパートを引き払い、淳志は倉本の本宅に住むこととなった。
それは施設に行くよりは、という父と彩菜の気遣いであり、淳志とて単純に嬉しく思う。
が、どうしても手放しに喜べないのは、純の存在のせいである。