みおそてぃす

一章：偵察

神沼さん家の事情 06

無駄な抵抗が長兄を煽るだけだと身を以って理解しているのだろう。
もう一度大きく息を吐き出して彼はポケットからスマホを取り出した。

「早く貸して。えー、と。イニシャルー？　なになに、今日はありが」

司破の手からスマホを奪い取り、彼を解放して画面を眺める。
ポップアップを表示する設定にしてあるのだろう、ロック画面の中央には、アイコンとトーク内容が映し出されている。
名前は『ｍ.ｋ』とイニシャルで、アイコンはマッシュルームの画像だ。
全く誰なのか見当もつかない。
ネットの危険性を解っている一部の人間は、LINEでも本名を使わないのかもしれない。
表示されている本文を読み上げれば、司破の声は聞いたこともない語調の荒さで淳志を睨（ね）め付けた。

「読むんじゃねぇよ！　もういいだろ」

スマホを奪い取っていく司破が珍しくも感情を露にしていて、可笑しくて笑いが止まらない。

「ふーん。そんなに大事なヒト、かあ。じゅんじゅんが知ったら、きっと利用されちゃうね。あの人、手段選ばないからなあ。拉致って監禁して犯して。ボロボロにされちゃうね。だって、司破ちゃんが何かに執着するの、初めてでしょ？　やっと弱味握れるんだもん、じゅんじゅん喜ぶだろうなあ」

言葉にすると余計に笑えてしまう。
このサイボーグにも、感情を掻き立てる存在が出来たのだ。
漸く彼にも、純に痛め付けられて傷付く瞬間が訪れる。
そう思うと楽しくて仕方が無い。

「イニシャルじゃ何にも解らないでしょ。名前、フルネームで。職業、年齢、家族構成も。司破ちゃんがいい子なら、じゅんじゅんも下手なことはしないよ、きっと」

あの長兄がこんな面白い展開を放っておく訳がないと解っていて、淳志は宥めるように問い質した。
勿論、司破とて純が嫌がらせをするだろうことは解っているだろう。
要は程度の問題である。
抵抗すればしただけ、あの気違いは固執し、エスカレートするのだ。
そして、今此処で情報を隠しても、長兄の情報網に掛かれば、忽（たちま）ち暴かれてしまう。
それを痛い程に理解しているからこそ、司破は苛々とした風情でボサボサの髪に指を絡め掻きしだく。

「神沼 明紫亜。高校生、16歳。家族構成は知らん。ただの生徒だ。カタギの人間には、手ぇ出すなよ」

大きな溜息を吐き出し、緩慢に告げられていく情報に双眸を瞬かせた。
念を押すように鋭い視線を送られ、苦笑が溢れ落ちる。
そんなにも大事なのか、と胸の奥底を掻き回される痛みに襲われた。
どういう感情なのかも解らぬままに、淳志はニッと笑みを象る。