みおそてぃす

Neu(ノイ)

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一章:偵察

智如と雪代さん家の関係 03

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智如から冷子に、冷子から地面に降りた幼児は一目散に涼子の元に駆けていき、ぼふん、と抱き着いた。
幼児を受け止めた涼子の腕が幼児を抱き上げると、あれだけ泣いていた幼児も、ぴたり、と泣き止んだ。

「蒼真、そんなに泣いたのか? 綺麗な顔が不細工になってるぞ」

額を息子の額に擦り合わせて笑う涼子の視線が智如を捉える。

「……すまなかったな。時折、妹をナンパする不届き者がいるものだから、ついその類の輩かと思った。息子と妹が世話になった。感謝する」

憮然とした表情で頭を下げる様に自然と笑みが溢れた。
不器用な人間なのだろう。
近寄り難いと感じていたのが一気に和んでしまう。

「いや、大丈夫。俺、次も授業だからそろそろ行くけど。あんまりしつこい男がいるようだったら声掛けて。そういうのは男が出た方がおさまるだろうし」

腕時計を見ると授業開始まで五分もない。
じゃ、と片手を上げて立ち去る智如の背中に「助かる」と言葉を返した涼子の表情は残念ながら見ることが出来なかった。


* * * * * *


 想い出は色褪せもせず、かと言って、役に立つでもなく、脳を支配している。
神沼 冷子(カミヌマ レイコ)と言う女性に出逢い、恋に落ち、恋愛を重ね、漸く二人で家族になるスタートラインに立つ筈だった。
両家の顔合わせを行い、式場も決め、衣装も決め、結婚まであと少しだった。
冷子の親代わりの雪代の人間の喜びようと言ったら、それは凄いものだった。
彼女が愛されていることを改めて痛感し、共に幸せになろうと胸に誓った矢先のことだった。


 あの日の冷子の苦悶の表情を、智如はいつまでも忘れないだろう。
どんな状況でも笑顔を絶やさなかった彼女の涙をはじめて見た。
智如の実家に泊まった冷子が、唐突に下腹部の痛みを訴え、嘔吐したのだ。
痛みで寝転ぶ彼女の全身には冷や汗が浮かび、急いで救急車を呼んだが、その時には既に何もかもが遅かった。
緊急手術になると言われ、その日の内に始まった手術で、冷子は卵巣と子宮、その周りの臓器を取り除くしかなかった。
病魔に蝕まれた身体は、病巣を残してはおけない緊迫した状況だったのだ。
末期癌です、と告げられた時の絶望感よりも、智如の胸に刻まれているのは、それでも笑っていた冷子の笑顔だ。
女性にとって、子供を産むための器官を失うことがどれだけ苦しいことなのか、智如には想像も出来ない。
それでも、泣いてくれたなら彼女の痛みを共有出来たかもしれない。
それを拒むように冷子は笑っていた。
余命半年です、と聞いても彼女は悟ったように笑っていた。
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