BEAR AND BEAR

Neu(ノイ)

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一章:山のクマさん♪

クマさんと下宿先 01

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【クマさんと下宿先】


 二良の実家は下宿場所として学生に提供している家で、現在は二良の父母と二良、志那とその他3名の学生が住んでいる。


 志那が二良の家に住むことになった経緯は、二良の先輩であり志那の父でもある男が死んだことによる。
彼は登山家だった。
山を愛し、山と生き、そして山と死んだ。
最期の最期まで、父は家族よりも山を選んだのだ。
母親は愛想を尽かして新しい男を作った。
志那を置いて出て行ったのは、もう10年も前のことだ。
顔すらぼんやりとしか覚えてはいない。
母がいなくなった時よりも、その後、志那の面倒をみてくれていた祖父母が亡くなった時の方が、悲しかったし寂しかったように記憶している。
所詮は自分を捨てた女よりも、可愛がってくれた祖父母に愛着があるのは仕方無いことであろう。


 父とて同じではある。
いつも自分を置いて山に向かう男だ。
それであっても、志那は父のことを嫌いにはなれなかった。
帰って来た際には、離れていた時間を埋めるかのように優しくしてくれた。
何処か別の世界のような冒険話は、いつでも志那の心を躍らせた。
其れだから、父の死は志那の心に穴を空けたのだ。


 彼の葬式に、母親だった女もやって来た。
頼まれてもいないのに、あろうことか彼女は、志那に向かって毒吐き始めた。
お前を預かることは出来ないよ、だとか。
あんな男は死んで当然だ、だとか。
そんなことをひたすらまくし立てていた。
悔しさで息が詰まる。
視界がぼやけたが、女の顔を直視せずに済んで良かったと思う自分がいた。
苦しい呼気の中で、涙を堪えながら女を睨み付ければ、躾がなっていないと、今度は祖父母を悪く言い始める。
ざわめく弔問者は、口を挟めずにただ傍観するしかなかった。


 志那にはもう、頼れる親戚が彼女しかいなかったのだ。
下手に口を出して、預かれと言われるのが嫌だったのだろう。
他人は冷たい。
身内ですら平気で子供を捨てられるのだ。
厄介事には目を瞑って当然だろう。
志那とて解っているからこそ、震える手で拳を作り、唇を噛み締めて耐えているのだ。


 野太い声が響いたのは、施設に行けと女から怒鳴られた時だった。
言われなくてもそのつもりだ、と。
言い返すために開けた口は、無意味に息を吐き出した。

「うちで預からせて貰いますわ」

そう無駄にデカい声を張り上げたのが、二良であった。
この時に初めて見た彼を、志那はヒーローのように感じた。
本人に伝えたことなどないが、二良は志那にとって、ヒーローだったのだ。
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