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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
春の日の、拾いもの 08
首筋に息が掛かりサチの体躯が、ぴくん、と脈打った。
満足するまで洗い浄めた青年の姿は、ごぼうじみた形(なり)からピカピカに輝く宝玉にと変わっていた。
汚れに塗れていた肌は真っ白で細かい血管でさえも透いて見えそうな程である。
金に近い明るい茶髪は癖毛なのか、ほわほわ、と柔らかく波打ち揺れている。
肩まで伸びているのが若干重苦しいが、特に問題でもなかった。
二重の瞳は垂れ気味で優しい雰囲気を醸し出している。
虹彩の色は焦茶色だった。
顔立ちもシャープで、日本人と言うよりも、外国の血が混じっているように見える。
純粋な外人でも日本人でもない、ハーフなのかクォーターなのか、血の濃さは判別出来ないが、西洋の面影が垣間見えた。
洗面所で濡れた服を脱ぎ洗濯機に放ると、バスタオルを棚から取り出し、サチの頭に掛け遣る。
自分で拭ける、と暴れ出そうとする男を腕で囲い、水気を含む柔らかな髪をタオルで撫でていく。
背後から抱き込んだ体躯は、矢張りガリガリで痛々しかった。
「ユ、ユキさ、ん。オレ、自分で」
頭を振って抵抗をみせる青年の耳輪に唇を落とし、彼が自ずから落ちてくるように言葉を紡ぐ。
「大人しくしていれぱすぐに終わる。お腹空いてるんだろ? ご飯、サチの分も用意してやるんだ。俺のしたいようにさせろよ」
うううう、と唸り声を発して動かなくなったサチは余程お腹が空いているらしく、腹の音が合唱している。
青年は困惑を隠せず、眉頭が、きゅっ、と上向く。
拭かれるのは嫌だが、死ぬ前に食事にありつけるチャンスを逃すのも嫌だった。
「オ、オレ。もやし炒め、食べたいです。もやし、好きやねん」
彼は食欲を優先させ幸在に身を任せることを選択した。
丁寧に一房一房、髪の束をタオルで挟み水気を取っている幸在の口から、もやし、と漏れ落ちる。
死ぬ前に食べたいものに、まさか「もやし」を要求されるとは考えてもいなかった。
「解った。肉と他の野菜も入れてバランスよく食べような。味付けの好みは?」
くっ、と思わず笑いが吐いて出る。
恐らく、青年の中で「もやし」は極上の御馳走なのだろう。
胸を覆い尽くした衝撃は、サチを甘やかしたい衝動にと変化していく。
拾った責任感だけではなく、何も知らないこの男の全てが欲しかった。
彼の人生を丸ごと支配してしまいたい。
「肉なんて贅沢はアカンのです。……で、でも。死ぬ前やし、もし許されるんやったら、そやね、ほんのちょびっと、欠片でええです。塩コショウで炒めるのがいっちゃん好きなんよ」
タオルを頭から首筋にと降ろしていく。
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