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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
春の日の、拾いもの 12
焦茶色の瞳を潤ませて恍惚の溜息を吐き出したサチの手が大皿にと伸びる。
もやしが攫われ、白米の上にと着地した。
暫く青年が食事をする様子を眺めた後で、幸在も箸を伸ばす。
痩けた顔も肉体も、健康的な体型にと持っていくのには時間が掛かりそうだった。
肉を贅沢品だと言ってほんの少ししか口にしない男を尻目に、どうしたものか、と思案する。
「おい、バカ犬。バランス良く食べろ。もやしばっかり取っていくな」
大皿を見ればもやしばかりが無くなっていて溜息を吐き出した。
肉を取り強制的にサチの茶碗に入れてしまう。
嫌いな訳ではなさそうなので、無理強いしても大丈夫だと判断した。
「せやかて、ユキさん。野菜だけでもしなびてなくてシャキシャキで上等なんよ? これ以上の贅沢は許されへんです。アカンねん。贅沢したらオバケに食われてまう、っておっちゃん言うてたもん」
サチがホームレスならば食事が貧相なのも頷けるが、だからと言って、産まれた時からホームレスな訳はないだろう。
ホームレスになる前からまともな食事をしていなかったのかもしれない、と幸在は推測を立てる。
ふっ、と翳ったサチの表情が辛そうに見え、幸在も眉を顰めた。
「あのな、サチ。この肉は特別いい肉ではないからな。寧ろ、安物の肉だ。贅沢にはならない。オバケもお前を食べたりしない。解ったらウダウダ言わずに食べろ」
何にしても、タンパク質を摂らせなくては体も作られてはいかない。
有無を言わせない語調で言い切った幸在に、渋々と大きめの肉を箸で摘んだ青年の唇は尖っている。
幼い頃から叩き込まれたのであろう価値観は、中々に抜けるものではない。
「んんんん、っ、おい、しい、です、っ!」
それでも口に入れてしまえば、もぐもぐ、と必死で彼の口唇が動き、ごくん、と嚥下される。
頬を両手で押さえ、幸せを噛み締めるかの如くに瞼を閉ざし体が左右に揺れている。
タイムセールの安売りで買った肉で此処まで感動している人間を見るのは初めてだった。
正直、肉質は安いだけあり宜しいものではない。
「ああ、もっと食べろ」
年上だろう男が食事をしているだけで、幸在も心が満たされる。
美味しそうに食べる姿があまりにも愛らしく思え、気付かない内に微笑を湛えていた。
「あっ、あの、っ、ユキさんも」
自分ばかり食べていることに気付いたサチが恐々と幸在を窺う。
「気にするな。明日のために体重をコントロールしないといけないんだ。俺の分も食べていいから。おかわりするか?」
首を捻るサチに問い掛ければ、彼は逡巡した後でゆっくりと頷いた。
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