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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
春の日の、拾いもの 13
言っても理解出来ないだろうと詳しいことは言わず、サチから茶碗を受け取りキッチンに向かう。
高校は春休みで明日も休みではあるが、所属している部活の試合があった。
無差別の試合と階級別の試合とあり、明日参加する試合は体重が関係してくるものだ。
それ故に、食べる量を考えないといけなかった。
そもそも、サチが学校というものを理解しているのかさえ定かではない状態で、詳しいことを説明したとて仕方がないと幸在には思えてしまう。
恐らく彼は、学校での教育を受けたことがないのだ。
何も知らない内からアレコレと情報を与えてはパニックになるだけである。
この短い時間でも、サチがパニックに陥りやすいことは想像出来た。
こんもり、と茶碗に白米を盛り部屋に戻る。
大人しく待っている青年の前に茶碗を置くと「おおきにです」と頭を下げられる。
幸在を、無償で施しを与えてくれる良い人だと認識している様子の世間知らずな男に、つい苦笑が零れた。
「いや。よく噛んで食べろよ」
世の中、良い人などいない。
優しさの裏には大なり小なり、何かしらの思惑があるものだ。
幸在の見てきた大人の世界は、遍(あまね)く偽善と策略に満ちていた。
他人を騙し思い通りの展開に運ぶことが、幸在にとっての当たり前だった。
騙される方が危機管理に乏しく自業自得でしかない。
人を騙すことに何の罪悪感も抱かない、それが幸在という男なのである。
そして、目の前の男を手に入れるのに必要な状況は全て揃っていた。
死ぬ前に神様からご褒美がやって来た、などと本気で考えているサチを、愚かで馬鹿な男だと嘲笑したいのを堪え、青年の向かいにと腰を落ち着かせた。
世間知らずの浮浪者を騙すことなど造作も無い。
赤子の手をひねるよりも容易く幸在の元に落ちてくるだろう男が、ひどく哀れで愛しかった。
食事を終え、自分が洗う、と言って聞かないサチが、二人分の食器を流しにと運んでいく。
キッチンから響く食器を洗う音を聞きながら、幸在はクローゼットから道着を取り出した。
明日の試合の支度をしていると、サチが部屋にと入ってくる。
「俺の分まで悪いな」
「ええんです! ようしてもろたし、このぐらいはせぇへんと」
学習机の前で鞄に荷物を詰めている幸在の前に立ったサチが頭を下げた。
「ホンマにようしてくれて、オレ、思い残すことなく死ねます。なんも返せんくてごめんな。おっちゃんも天国で待ってるし、行きます」
顔を上げ身を翻す男の手首を掴み引き止めると、きょとん、とした顔で青年が振り向く。
「あの、ユキさ、ん?」
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