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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
存在しない男 05
死にたい気持ちはなくならない。
死んでしまえば永遠に逃げられる。
けれども、幸在と過ごした時間が優しいもので、サチはどうしていいのかわからなくなっていた。
髪を撫で抱き締め、唇をくっつけてくる。
意味はわからないのに心地良い。
だからこそ、少年が寝た後もサチは逃げなかった。
彼の腕の中にいるのが気持ち良くて大人しくされるがままにしていたのだ。
髪に掛かる寝息を擽ったいと感じながら、いつの間にか寝てしまっていた。
逃げなかったのに幸在がいない。
即ち、自分は捨てられたのだと考えたサチに零仁の深い溜息が返される。
「あの人は、貴方を一生手放しはしませんよ。捨てるだなんて地球が滅びようが有り得ません。死ぬまで傍に置いて放す気はないそうです。厄介な男に目を付けられて、貴方も災難だ」
水を持って来ます、と部屋を出て行く零仁の背中を眺め、サチは言葉の意味を思案した。
昨日幸在は、此処にいる限りサチに危険はないと言い切った。
危険がないのなら死ななくてもいいのかもしれない。
今はまだ、少年の言葉を信じてみたかった。
もしも幸在がサチを傷付けるのなら、その時に死ねばいい。
飼われる、ということがどういう意味なのかはわからないが、サチは幸在と生きてみたかった。
死んだ男に会いに行きたい想いを押し込めて、お試しで幸在と少しの間、生活しようと決める。
「はい、飲んで下さい。朝食は食べられそうですか?」
上体を起こし戻ってきた零仁からコップを受け取った。
彼の問い掛けに答えたのは、盛大な腹の音だった。
零仁の作ってくれた目玉焼きは、黄色い部分がトロトロで美味しくて、サチは感動に目を真ん丸くしてしまう。
白米に乗せて醤油を掛けて食べると口の中が美味しさで充足し、ほっこり、と胸がときめいた。
付け合せの千切りキャベツは矢張りシャキシャキで、しなびていないご飯を2日も続けて食べていいのだろうか、と不安に駆られる。
こんな贅沢な生活を送っていたら、オバケに食べられてしまうかもしれない。
「オ、オレ。こんな美味しいご飯、毎日食べたらオバケに食われてまう。アカン。オレ、ユキさんとおんなじご飯、食べられへん」
ぶるり、と首を一振りするサチを、零仁が怪訝な顔で見ている。
口元を片手で押さえ、若干、肩が震えていた。
「オ、オバケ、ですか? いや、オバケぐらいなら幸在さんが倒しますよ。あの人、空手の腕前だけで言えば組長よりも強いですからね。まあ、オバケに肉弾戦が通じるのかは謎ですが」
くくく、と笑っている零仁が目に着けているものを外し、目尻を拭う。
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