ジ・エンド

Neu(ノイ)

文字の大きさ
24 / 47
一章:幸せを知らない男は死にたいらしい

存在しない男 06



「あ、あの、キリヤさん。それ、何ですか?」

おずおずと尋ねると零仁の視線が手に持つ物とサチを交互に見遣り、嗚呼、と呟いた。

「眼鏡もご存知ないのですね。これはメガネと言って、物を見易くする道具です。サチさん、食事が終わったら、勉強をするようにと言付かっています」

眼鏡を掛けている零仁の言葉はサチには難しいものが多い。
くてん、と首を倒し「べんきょー? ことづかっ……?」と口の中で転がす。
零仁の表情が固まりジッと凝視されてしまった。

「学校に通ったことがないと言うのは、本当なのですか?」

暫時流れた沈黙を破った零仁の顔には緊張が浮かんでいる。

「がっこー、って何やの?」

思ったままに聞いたサチに小さく笑うと零仁の首が左右に揺れる。

「いえ、気にしないで下さい。その内に幸在さんから教えて貰えるでしょう。とにかく、貴方に必要なことは理解しました。よくもまあ、今まで生きてこられましたね」

何やら感心した風情の零仁が立ち上がり、サチの前髪を払う。
胸ポケットから取り出したもので留められた。
顔を覆っていた髪がなくなり視界がクリアになる。

「おおきに、です。あの、ユキさんは、何処におりますのやろ? オレ、ユキさん、会いたい」

知らない言葉を沢山聞いて不安が募り、誤魔化そうとご飯を頬張る。

「試合、と言っても貴方には解りませんね。……仕事に出掛けていると思って下さい。勉強は、貴方がする仕事です。終わる頃には帰ってくるでしょう」

んぐんぐ、と口を動かし、ごくん、と飲み込み、零仁に腕を伸ばす。

「オ、オレ、仕事、したことないねん」
「大丈夫ですよ。簡単なことですから」

手を取られ、にこり、と笑い掛けられると、サチは何も言えなくなってしまった。


 食事を平らげ食器を洗うと学習机に座らされ、鉛筆を持たされる。

「これは鉛筆。これで字を書きます。持ち方はこうです。親指と人差し指で挟んで中指で支えます」

早速始まった仕事にサチは緊張してしまう。
後ろから零仁の体にすっぽりと包み込まれるような体勢で指を弄られる。
指と指の間に木の棒を挟まれ、零仁の掌に手を取られ、紙の上を走っていく。

「これが"あ"です。書く順番も決まっていますから覚えて下さい」

何度か一緒に書いた後に自分で書いてみたが、上手いこと書けず不格好な形の"あ"となった。
それでも零仁は「上出来です」と頭を撫でてくれた。
表情と仕草から褒められているのだと察する。


 あ行から始まりた行まで一通り書けるようになった頃に、玄関から物音が聞こえてきて、サチは顔を上げた。
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年