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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
存在しない男 07
「ユキさんや!」
「あっ、サチさん!」
がたん、と立ち上がり腕を伸ばしてくる零仁に捕まる前に玄関まで一目散に駆けて行く。
がたがた、と音のする扉前で拳を握り開くのを待った。
顔を見たい。
声を聞きたい。
ぎゅう、として欲しい。
頭を撫でて貰いたい。
唇であちこち触れて欲しい。
考えたこともなかった『したい』がサチを埋め尽くしている。
がちゃり、と開いた隙間から幸在が入って来るのを見た瞬間、彼に飛び付いていた。
* * * * * *
試合は滞りもなく終わり、個人戦では優勝を、団体戦では成績を残せなかった。
幸在の部活のレベルは高くない。
一人で抜きん出ている状態では仕方のないことだった。
特に順位にこだわりもない幸在は、いい運動になった、ぐらいのノリでいる。
謝ってくるチームメイトに「気にするな」と答え、用事があるからと試合会場から立ち去った。
幸在は電車を途中下車し、最近になってオープンした商業施設に立ち寄る。
サチを外に連れ出す時の服を一着と、部屋着を二着、下着を三枚、突っ掛けて履けるサンダルを一足、購入した。
100円均一店と薬局と迷った結果、幸在は人混みの中、薬局にと足を向ける。
一つの建物に様々な業種のテナントが入っているのは便利だった。
初めて訪れた施設に満足しながら、薬局で歯ブラシと散髪用のハサミとヘアゴムを購入する。
まだ必要になるものは頭に浮かんでいたが、持って帰るのにもう手が空いていなかった。
また本人を連れて来ようと画策しつつ帰路に着く。
マンションに辿り着き、荷物をドアノブに掛け、鍵を取り出した。
施錠してあるロックを解除し、荷物を持ち扉を開け中に入った途端に、ぼすん、と何かが胸に飛び込んでくる。
ふわふわ、と揺れている金にも見える茶髪が上に動き、中から外人のようなハーフのような顔が現れる。
男を抱き留め荷物を地面に落とした。
ばたん、と後ろで扉が閉まる音が聞こえる。
「ただいま、サチ」
双眸をキンキラと輝かせ幸在を見上げてくるサチの両手が幸在の胸元を握り締めている。
「た、ただいま、ユキさん」
興奮しているのか、頬を紅潮させる青年が鸚鵡返しで言葉を放った。
昨夜教えた挨拶の通りに返してくるサチが愛しくて、思わず額に口付けを落とす。
「サチ。ただいま、には、おかえり、だ。もう一度言ってみて」
くしゃり、と頭を撫で、魅惑的な唇に触れたいのを我慢する。
「お、っ、おかえり、です!」
嬉しそうに瞼を綴じて幸在を受け入れる青年に体の奥底から熱が這い上がってくるようだった。
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