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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
存在しない男 12
だが、零仁の語ることが事実なのも解っている。
今は好き放題にやっているが、ゆくゆくは兄と共に組を支えて貰いたい、と周りに期待されていることは重々承知していた。
「一度テメエの懐に入れたのなら、最期まで面倒をみるのが飼い主の責務だろ? 拾うと決めた時点で、死ぬまで離すつもりなんかねぇんだよ。外野が騒ごうが何をしようが、サチは俺の犬だ――。家を出る覚悟は出来ている。言っただろ? 俺はサチと結婚する」
サチに出逢わなくとも、家を出る未来は常に幸在の中にあった。
想い描くビジョンに変更は何一つとしてない。
ただ添い遂げる人間が出来たというだけの話だった。
ジッ、と零仁と睨み合うも、彼の顔に笑みが浮かぶ。
「そこまでの覚悟がおありなのでしたら、私がどうこう申し上げることもありませんね。解ってはいましたが、安心致しました」
では報告に戻ります、と冷静な口調で話す零仁も、食えない男である。
所詮は兄の犬に過ぎない。
彼が許容する態度を取っている間は、兄も邪魔をするつもりはないと知れる。
「無平、と言う男について。下の名前も年齢も解らないので確かではありませんが。隣町の日雇い労働者を集めたアパートに、無平 権造と名乗る子連れの男がいたことが解っています。どうも拾ってきた子供だと周りには漏らしていたようです。子供の泣き叫ぶ声が聞こえることもあったとか。さち、と呼んでいたとの証言は取れています。一年程前に突如としていなくなってしまい、子供も同じ時期に消えたとのことで、権造は今も行方不明のままだと言います。無平 権造で戸籍を調べましたが、特徴に該当する戸籍は見付かりませんでした。偽名の可能性もあるかと」
そうか、と相槌を打ち、瞼を閉ざす。
一年前に養い主を亡くしたとして、一年もの間、何の知識も持たないサチが生きられるとは思えなかった。
誰かに見付かることにひどく怯えている様子を考えると、養い主を亡くした後、誰かに捕まっていたのかもしれない。
其処から逃げたは良いが、外に出たことのないサチには家に帰る道が解らなかったのだろう。
それ故に、ホームレスのような生活を余儀なくされていた。
仮説は飽くまでも仮説だ。
点と点を繋ぐ線を予想し、一つの像を結ぶ。
しかし、予想した線が全くの違う点に結ばれることもあれば、線自体に誤謬があることもある。
点となる情報を増やすことが仮説を真実に近付けていく近道である。
可能性が導く真実を予想し、己の望む未来に如何に歩み寄らせるかを計算して生きている幸在には、その計算を捨て、形振り構わずに欲しいと願ったサチが特別に思えた。
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