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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
存在しない男 14
黙考の末に袖口を丁度いい長さで折ることで納得したようだった。
後ろの幸在に顔だけを向けてくる青年は満足そうに笑い、双眸を細めてくる。
その様が可愛く思え、額に口付けていた。
男に触れて接吻し抱き締めたい欲求が常に幸在の中で渦巻いている。
「そうだな。サチの仕事だ。ゆっくりでいいからちゃんと覚えろ」
擽ったいと言いた気に顔を揺するサチの体躯に背中から腕を回し抱き締めた。
首筋に顔を埋めると、自分と同じシャンプーの香りが鼻孔を満たす。
些細なことに充足感を抱いてしまう。
いつまでも腕に抱いてくっついていたいが、そういう訳にもいかず、渋々とサチから身体を離した。
「行くぞ」
青年の前に差し出した手と、幸在の顔を交互に見遣り、サチの首が横にと倒れる。
手を繋ぐことを知らない素振りの男の掌に手を合わせる。
ぎゅう、と握り込んだ手は男にしては小さく細い。
弛緩したままの手に僅かな力が入り、おずおず、と握り返してくる。
ちろり、と上目に窺ってくる男に目を細めた。
「サチ、それ履いて」
零仁が置いたのだろう、タグを外したサンダルが玄関に置かれている。
「これ、オ、オレの? 服も、靴も?」
ぱちくり、と瞬きを繰り返す青年の足が恐る恐るサンダルにと掛けられる。
「ああ。またちゃんとした靴は一緒に買いに行こう。取り敢えず、外に出掛ける時はこれを履け」
学校指定の革靴に足を入れ頷く幸在にサチの首が、ふるり、と左右に揺れた。
「あっ、あんな、オレ、これで……十分や。おおきに、です。すごく、いっぱい、たくさん、嬉しいです」
泣き出しそうに歪んだ顔を精一杯の笑顔が飾っている。
ぐしゃり、と潰れた顔は不細工で、それなのに幸在の目には愛しく見えた。
「サチ。俺はお前にもっと沢山の物を与えたいし、色々なことを教えたい。諦めて俺に愛されていればいい」
返事を聞く前に彼の手を引いて玄関を出る。
鍵を締め、廊下を進んだ。
あの、あの、と戸惑いつつも引かれるままに後ろを着いてくるサチと歩調を合わせる。
階段を並んで降り、マンションの敷地から出て、目に着いた信号機にふと大事なことに気付いた。
「ああ、そうか。交通ルールも知らないんだよな?」
こーつーるーる、と呟く様に握った手に力を込めた。
よく今まで無事でいたものだと逆に感心すらしてしまう。
「白い線の外側だけ歩ける。このシマシマは横断歩道。シマシマのあるところだけ向こうに行ける。あの縦長の機械は信号機。横断歩道を歩くタイミングを教えてくれる。上の緑は進む。緑がパカパカしたら注意。下の赤は止まる」
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