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三章
来たる年
しおりを挟む「数が多すぎるから、マシュマロンは厳選して読み上げるね」
「まずは、『会社の事で苦労された事はありますか?』」
「税金対策だな。今はシステムを確立させたから、なんてことはないけれど、紙の時代は辛かったな」
「では次、『今年御社に入社いたします。あと二ヶ月ほどありますが、これをやって置けと言うのはありますか?』」
「んー・・・自分らしさ、を大切にしてほしいのと、病気と怪我はしないように。俺から言えるのはこれだけ。人事部からも同じこと言われてると思うけど、ほんとにそれだけ。自分らしさが分からなければ、他人から見た自分と言うのを聞いてみると良いよ」
厳選されているので、当たり障りのない物ばかりだが、それでも消化するのに二時間も要した。
今回読み上げなかった物は、ちゃんと読むことを約束して配信を終わらせた。そしてスタジオの片付けを終えて、全員で会社を後にする。
美優希は家に帰り着くと鞄をダイニングの机に置いてお風呂へ、ゆったりと疲れを取った。
ダイニングへ戻ると、啓が軽食を作って待っていた。
「そんなにうれしいの?」
「え」
ずっとニコニコして笑顔が途切れない美優希、あまりの上機嫌振りに啓も突っ込まざるを得なった。
「まーね。私さ、なんとなく覚えてるんだよね。リビングで泣くパパの姿。たぶん三歳の頃、梅雨時期だと思う。『美優希は俺の子だ』ってつぶやきながら泣いてた。あの時はさ、意味が分からくて。でも泣いてるパパを慰めたくて、私はパパの頭を撫でて、抱きしめてもらったところまで憶えてる」
「今日の話からすると、DNA鑑定結果から真実が分かった時と言う事かな?」
「たぶんその時。パパも撫でてもらったの覚えてるって言ってたし、忘れられない出来事だろうし」
「ちゃんと愛していたんだろうね」
感慨深そうに言う啓に美優希は首を傾げた。
「どうして?」
「どうするかなんてその時にならないと分からないよ。だけど、もし、俺がその立場になった時、子供を抱きしめてあげられる自信はない。突き飛ばす可能性だってある。お義父さんは根っから優しい人なんだろうね」
「諭されたことは合っても、叱られたことも怒られた事もない。だけど、何でも我儘聞いてくれるわけじゃないし・・・そっか、甘さと優しさは別か」
「そうだな。甘やかすのは簡単だしね。でも、うんとかわいがらないとね」
「うん」
配信では話さなかった裏話で話を咲かせ、寝るのが遅くなったのだった。
翌日
朝からある動画が公開されて、その日の配信時間、ゲーム画面は見せず、雑談配信をする為に席に着いた。
「今日も話すことがいっぱいだよ」
「うん、でも、予定通りだよね」
「勿論、輝、野々華、クリス始めるよ」
「「いつでもおっけー」」
配信が始めた瞬間から飛び交う投げ銭、来た人みんなが投げて行く。前日には報告していたことなので、当然の流れであろう。
「あなたの子な訳ないじゃん。ちゃんと旦那の子だよ」
「私はまだ彼氏の子かな」
「輝の式は来月だもんね」
変なコメント付きの投げ銭もあり、いつものように飄々と受け流す。
「私の予定日は十月初めだよ。輝は?」
「私は九月末だね。野々華は兆候なし?」
「うーん、できるようにやってるけどね、拓哉が気を使ってくれてるのか、頻度が少ないんだ」
「別に病気とかじゃないんでしょ?」
「うん。だからのんびりできるのを待つ感じかな」
因みに、珍しくクリステルもこちらの配信に参加している。
「クリスはどう?」
「私もなかなか、でも病気とかじゃないよ」
「そっか。クリスも焦らないようにね」
「うん。のんびりできるの待つ」
話題は大会の話へ、開幕リーグは出るが、本戦には出場しない旨を伝えると、残念がりつつも、当然のように受け入れてくれている。
配信に関しては、入院しない限り続けて、出産後は落ち着くまでしない事を伝える。また、子供の顔出しは一切しないが、写真や動画を定期的に上げる約束をした。
「成りたいって言ったら、全力で応援するよ。強要しないのは皆一致してる」
子供をプロにするのかどうかの話である。わざわざ、限度額いっぱいのコメント付き投げ銭で聞いてきたのだ。
そして、話題は家の話へと変わる。
クリスは地鎮祭と起工式が済んで、現在建築中、美優希と野々華はそのまま社宅とマンション暮らし、輝がまだ土地探し中だ。
「私は彼氏が所有してるマンションだから。私も彼氏も建てる気はないよ。美優希は?」
「私はどこまでいっても妹次第だなぁ」
「妹ちゃんいくつだっけ?」
「十二歳だから来月小学校卒業だね」
その美春は、私立中学に行きたいとは一切言わなかった。ただ、美優希の高校の制服を覚えているようで、響輝女学園に行きたいと言っている。
美春は成績がいい。
教えるのに慣れた春香、昔から美優希の勉強を見ている一義、帰ってきてからは美優希と啓も勉強を見てやっており、塾に行かなくてもほぼ毎回満点を取っている。
ゲームは理論派で、偶に教えてもらっているパズル課のココノエ選手に、本気を出させるほどだ。ボールモンの対戦レートも高く、ストーリー時点でガチモードになって育てて、同級生を泣かせたことがあるほど強い。
しかし、本人はプロに成るつもりはないらしい。
「将来の夢って、変わったの?」
「変わったみたいだよ。マネジメント課の心理カウンセラーに、心理マジック披露されたみたいで、学校の読書の時間は心理学の本を読んでるみたい。それも、専門家が読むレベルの本で、私が試しに読ませてもらったら頭痛くなったぐらいの」
「それ分かって読んでる?」
「電子辞書片手に読んでるみたいだけど、どうだろうね」
『分かってないでしょ』とコメントも話半分で、数年後、美春はとんでもない事を起こすとは露ほど思っていない。
「そうだ、今年、私たちの秘蔵っ子がデビューになるから、応援してあげて」
「海外選手がリトルクイーンズ二世とか呼んでたね」
「私たちの七光りになるかどうかは本人たち次第だけど、正直、あっちの土俵じゃ、もう勝てない。何とか勝ててるのはクリスだけでしょ?」
「私ももう辛いよ、崩し方分かってないとあの子たちは無理。私が負かさられるのも、時間の問題かな」
PSBG2とIPEX2ではゲーム性が全く違う。
多人数、多パーティのサバイバルゲームと言うのは共通しているが、キャラ毎の能力などないPEBG2は、ワンマガジンで数人落とせ、体力が増える要素もない。正統派FPSの延長で、アグレッシブなキャラクターコントロールもない。
「デビューしてないとは言え、プロだからね。自分の土俵で他の土俵のプロに勝てないのは、ちょっとまずいかな」
雑談配信を終える前に、恵美たちの配信へと誘導した。
その後、戦術会議室へと移動し、恵美たちの配信を見る。
少しずつ自信が付いているのか、智香は前に比べればしっかり指示が出せるようになっている。奈央と麻央の実力不足は解消され、コーチが付くだけでだいぶ化けており、智香からの支持をしっかりとこなせている。
智香の指示は恵美対してとても少ない。理由は、智香のやりたいことを分かって指示を出される前にやっているからだ。
特徴的なのは、カルテットながらもデュオのチーミングをするように動いている事だ。
「クリス、決まった?」
「うん。ソロに恵美ちゃん、デュオは奈央ちゃんと麻央ちゃんでエントリーだね。その間の智香ちゃんは情報集め、私と同じことをしてもらう」
「分かった」
恵美たちの配信が終わり、クリステルによって決まったエントリーを伝えて帰宅した。
輝の結婚式が恙無く行われ、これで残りは野々華とクリステルとなった。
開幕リーグ、美優希たちがIPEX2で暴れまわっている間、恵美たちもPSBG2の開幕リーグで暴れまわった。
PSBG2の開幕リーグは週末に、二戦ずつそれぞれのモードで試合を、十四週に渡って行う。
美優希たちがトップを走る以上に、恵美はソロモードで独走をみせた。デュオモードで奈央と麻央はトップ層で抜きつ抜かれつを演じ、カルテットでは多様な戦術を駆使してトップを走る。
七週目が終了するころには期待の新人ともてはやされるようになり、開幕戦が終了すると、恵美にはリトルクイーン二世、チームにはPSBGリトルクイーンズの通り名が定着した。
恵美はソロモードで開幕リーグシード権を獲得、デュオは惜しくも一ポイント差で二位、カルテットで開幕リーグシード権を獲得した。
美優希たちは優勝を飾ったのだった。
この他、パズル課、格闘ゲーム課も開幕リーグ優勝を飾り、モバイル課が大健闘を見せて二位、MOBA課はベストフォーに輝いた。
ずば抜けた実力を持った日本チームとして、二軍選手へ凄まじいプレッシャーになったのは言うまでもない。
その為、絵里奈のカウンセリングの仕事が途切れず、マネジメント課はてんてこ舞いになっていた。その甲斐あって、八月の日本選手権はタイトルの半分の表彰台を、ジャストライフゲーミングが独占する。
その為、ゲーミング部は取材の申し入れが殺到、一義が予めリスト化していたおかげでスムーズに捌くことができた。リストとは、取引企業とそれ以外で信用のおけるマスコミを一覧にしたものだ。
また、生放送以外のテレビ取材は断る方針を表に出していたのも、マネジメント課がてんてこ舞いにならずに済んだ要因でもある。
九月、アジア大会はさすがに表彰台の独占をすることができなかった。
それでも、PSBG2ソロ優勝、デュオ三位、カルテット三位、パズル課はココノエ選手がテトリカで優勝、ぷにぷには今年デビュー選手が三位、格闘ゲーム課はソロ二位、団体優勝、モバイル課は三位、MOBA課は四位となった。
十月、世界大会の裏では輝が予定より遅く出産、恵美がソロで世界大会二位、ココノエ選手が優勝、格闘ゲーム課が団体優勝、他もベストエイト入賞を果たして帰ってきた。
選手たちが帰って来てから、美優希が出産し、十月も終わりの社長室には約一名を除いて笑顔が並んだ。
「俺もお祖父ちゃんか」
「私はお祖母ちゃんね」
「美春は叔母ちゃんね」
感慨深く言う一義と春香に、美優希は流れるように言い、美春が膨れっ面になった。
「老けてないもん!」
字の読み方がそうなっている以上、美春がどんなに頬を膨らませようと覆ることはない。
「お姉ちゃんって呼ばせるから大丈夫」
「絶対そうして」
美優希の子供は男の子で雄太、輝の子供は女の子で久美、名付け親は二人の頼みで一義である。
「じゃ、雄太といっぱい遊んであげてね」
「久美とも、お願いね」
「もちろんだよ!」
二人の親に抱かれて眠る二人の赤ちゃん、そっと抱かせてもらった美春の顔がとろけ、さっきの膨れっ面はどこかへ消えてしまった。
その日から、美春はほぼ美優希の家に帰るようになった。
育休中とは言え、育児ストレスに悩まなくていいように、輝の家にも行くよう、一義の指示である。
因みに、美春は帰宅部で、成績主席の彼女に学校は強制する事ができなかったのである。また、事業の勉強をさせたい、という一義の一言にも抗えなかった。
実際はそんなことは全くないのだが。
おかげで楽ができる美優希と輝、美春が輝の部屋の掃除をしている間、輝は美優希の部屋へ、美春が美優希の部屋を掃除する時は美優希が輝の部屋に行く。
美春の仕事は掃除ばかりではない。
美優希と輝が練習する時は、雄太と久美の世話をし、旦那が仕事の時は食事を作る。なお、啓は毎日来る取材の申し入れや、スポンサー関連の仕事をさばく為、残業する日もあるほど忙しい日もある。
「美優希が育休の時の方が忙しいのかよ・・・」
強めの缶チューハイを片手にうなだれる啓が面白いのか、美春はずっと笑っている。
「野々華とクリスが私と輝の様子を配信で毎回報告するからね」
「あ、そうだ。クリスさんから伝言預かってる」
「何?」
「妊娠したんだって」
「マジ!」
叫びそうになるのを押さえて、美優希が驚きながらも嬉しそうにする顔は、次の瞬間凍り付くことになる
「なんだけど、ちょっと様子がおかしくてね、明日から入院になる」
「まじで・・・」
「うん。悪阻がひどいらしくてね。出血もあったみたいで、切迫流産を判断されて管理入院だそうだ。シア部長はそんなことなかったらしいけど、シア部長の両親がそうだったらしくて、遺伝かもなって」
「そっか・・・」
「んで、母子検診の時以外は絶対来るなってさ」
クリステルらしい言葉だが、美優希は『はい、そうですか』と言う人間ではない。
「雄太と久美は私が見てるから、定期的に行ってあげなよ」
いくら本人がそう言っているからと言って、美春も『はい、そうですか』と言う人間ではない。
「いいの?」
「うん」
「じゃ、ちょっと輝と野々華と話してくるね」
美優希は書斎に向かい、二人と話を行うのだった。
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