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四章
引退したと言う事
しおりを挟む『【IPEX】検証、IGL(インゲームリーダー:司令塔)を欠くとどうなるのか【軽い言語縛りあり】』と、ほぼ美優希が提案したままで配信、もう梨々華は関係ないので仕方がないだろう。
しかも、土曜の昼間から配信を始めており、長時間企画にする気満々である。
二人の配信を家族で眺め、二戦目も終わろうとする頃に、雄太の発言に驚かされた。
「ママ?」
「なーに?」
「くみちゃんのママと、まやのちゃんとさやのちゃんのママって、こんなにへただった?」
単純に、動きが噛み合ってないだけなのだが、三歳半の子がこれを感じ取っている、と言うのが驚きである。
「下手になったんじゃないんだよ?」
「そうなの?」
「そうだよ。ママがいないから実力が発揮できなくなってるの」
「ママがいないとダメなの?」
「ママじゃなくてもね、ある程度指示を出せる人がいれば、二人ならすんなり勝てるはず。でも大丈夫、次から変わるよ」
首を傾げた雄太は、美優希に『ほら』と言われて、画面を見つめた。
三戦目の初め、輝は自信が持つ天才性を遺憾無く発揮した。
まるで美優希かクリステルでも乗り移ったのかのように、的確な指示を飛ばし、蹂躙が開始された。野々華にしても経験だけは豊富なのだ。それを言葉にするだけ。
三戦目が輝の指示によってチャンピオンを取ると、四戦目は野々華の指示によってチャンピオンを取った。
まさしく蹂躙、ワンサイドゲーム、一歩後ろから見ていた輝と一歩前から体感していた野々華、指示の内容は美優希から言わせれば、まだつたない。クリステルとて同意見だろう。
その拙さがなくなるのが早いのが輝、感覚だけで出しているのが丸分かりだが、二人はもうプロではないので、そこを考える必要はどこにもない。
「ほら、強かったでしょ?」
「すごーい」
無論、チャンピオンを取れなかった試合もあった。それが、IGLとしての経験のなさからくる、感覚的指示と拙さである。
二人が出した結論はIGL、と言うより、本気でやるなら美優希は必要、だった。
互いに、指示は的確だった。
しかし、判断が遅い。技術で圧倒できるが、ワンテンポの差が片方のデスを招いて苦しくなり、必然的にフォーカスされて負けてしまうのである。
そして、美優希が、IGLが見ている世界と、自分たちが見ている世界に大きな乖離がある。
IGLは、もしかすると技術的に下かもしれない。
しかし、タイマンをした時、IGLに勝てない可能性が高い。それを今から証明しようと。
「マジで言ってんの」
「美優希、頑張れ」
「まぁ、いいわ」
ほどなく、輝から連絡が入り、美優希は音声のみで参加、IGLとしての真骨頂を見せてやろう、と豪語した。
何気にチームメイト同士のタイマンは初めてだ。理由は、一義から禁止されていたからで、数字としても体感としても序列が生まれやすく、不和を生みやすいからである。
結果から言うと、美優希が勝った。
野々華は得意のキャラコンを封じられて負け、輝のエイムが輝く前、すべて美優希に先打ちされて負けたのである。
何度やっても結果は同じかと言うと、そうではない。
まれに輝と野々華が勝てる場面が出てくるが、戦績で言えば美優希が勝利を七割掻っ攫ったのである。
「元インゲームリーダーから言わせると、十年以上一緒に戦ってるんだから、当然、癖も知ってるわけ、引退して一年も時間たってないんだから、勝てない方がおかしい。さて、この話はおしまい。リターンマッチ待ってるから、やる時は事前に声かけてねー。ばいばーい」
通話を切って特大級の溜息を付き、はしゃぐ雄太を抱っこしてあげる。
「ママつよーい、さいきょー」
「ふふん、ありがとゆうたー」
頬刷りしてあげるとキャッキャと喜ぶ雄太、啓にも頭を撫でられてご満悦である。
視聴を止めて、美優希は夕食の準備をし、啓と雄太はテラスに設置したブランコで遊んでいる。
「やっぱさ、プロってすごいよね」
「そうね」
土日、夕食を作る時間になると、必ず美春がやって来て、お手伝いをするか、雄太の遊び相手になってくれる。
「あなたもそう言われるように頑張りなさい」
「うん」
「でも、頑張り続ける必要はないからね。辛いときはちゃんと休養を取る事、それで壊れてしまったら元の子もないから」
「うん」
嬉しそうに頷く美春、そんな美春の頭を撫でて、夕食の準備を続けた。
夕食、食べる時になると美春は実家に帰り、美春は実家で夕食を食べる。以前は歩きだと少し億劫になる距離だったが、車がギリギリ擦れ違える程度の道路を挟んでいるだけなので、普通に帰ってしまう。
夕食後は配信の為に出社するので、荷物の為に帰るのなら、夕食は別にするようになったのである。
寂しくはあるが、順調に姉離れしているので、美優希は我慢している。
夕食後、雄太と一緒に配信、最近のモーションキャプチャは当時では考えられない程進んだ。
一人当たりに一つのウェブカメラが必要ではあるが、画角から外れなければ、指先まで正確にキャプチャしてくれる。
このおかげで、雄太を抱っこして配信する事ができる。妊娠中なのでは抱っこではなく隣に座っているだけだが。
それこそ、今でも偶にやるのだが、最初の方の配信は、雄太がモーションキャプチャで遊ぶ様子をよく配信していた。
そんな美優希の配信は、まず初めに、今日公開された会社の記事を読む。それが終わると雑談なり、ゲームなりとなる。
雄太がいる時は、素材制作部が発刊している電子絵本を読んだり、英語等の勉強を教えたり、知育ゲームをしたりする。著作権に関しては、自社の物しか使用しておらず、美優希をCBO、最高ブランド責任者に指名して利用を許可している。そう言う意味では、輝と野々華にとって、美優希は二人目の上司と言う事になる。
コラボ企画の時も雄太は隣に居たりする。と言うのも、コラボ相手は女性が多く、雄太の人気は何も視聴者だけではないのだ。
それこそ、ヴァーチャル配信者の間では、子供の成長を見守る会が立ち上がって、美優希と同じような親となった者や、子供好きが集まって、配信企画や意見交換が行われる。
健康の為、雄太が配信に参加できるのは二十一時まで、その頃にはうとうとしだすので、啓が連れて行ってお風呂に入れてから寝かせ、寝かせ付けると啓が配信に参加する。
配信を行う書斎はリビングに直結していながら、寝室にも直結している。見守りカメラで雄太の様子を映しながら、二十三時前後まで配信を続けるのだ。
「雄太を抱っこできないのが寂しい・・・」
「そのおなかじゃぁ、なぁ」
現在四月で、予定日七月では仕方がない。
「あとさ、来月からの開幕リーグでなくていいんだなぁって考えると、すっごい虚無感あるんだよね」
「もしかして、練習もなくて落ち着かないからほぼ毎日配信してる感じ?」
「たぶんそうだと思う・・・私ってこんな未練がましい女だったの・・・」
「いやいや、当たり前だったのが突然なくなったからそうなるんだよ。未練がましいのではなく、ルーティーンとして落ち着かなくなってるんじゃない?」
「そうなのかなあ」
コメント欄の意見も割れてしまっている。
「マネジメント業務が終了した時さ、すっぱり仕事辞めたけど、落ち着かないんだよなぁ。美優希のスケジュールどうなってるか、俺から聞くじゃん?一般的にはこれが正常だけど、引退するまで俺が管理してたわけだから、今までと逆なわけよ」
「あー、今はクリスがやってくれてるね」
「美優希の秘書だからね。それでさ、自分でも気持ち悪いけどさ、美優希これ見て」
「ん・・・うっわ」
配信には映してないが、啓が見せたのは表計算ソフト、そこには美優希のスケジュールが書かれている。
「聞いた分はこうやってつけてるのよ。現役時代はほんとしんどかったけど、俺としては配信をすっぱり止めなくて良かったかなぁ、って思ってるぐらい」
「なるほどねー」
「それに、止めてたら、今頃ストレスヤバかったんじゃない?未練だろうが何だろうが」
「続けてこれだから、それは間違いないなぁ。案外天職なのかもね」
『じゃぁ、収益化しないとね』などと飛び交っているが、美優希はしないの一点張りである。
「ねぇ、啓?」
「ん?」
「管理まで行かなくていいけど、スケジュール記録続けてくんない?」
「なんでまた」
「ん・・・なんか、ね。あった方がいいと思ってるのよね。クリスを信用してないんじゃなくて、体調管理に必要かなぁって」
啓は首を傾げた。
「二人目がお腹の中にいるのもあるけど、さ、ほら」
美優希はカメラの画角外で、親指を人差し指と中指の間に通すように拳を作って、啓に合図をして見せた。
「あー、俺は良いけど?求められて悪い気はしないし」
「負担になってない?」
「別に?寧ろさ、一人でやるくらいなら呼んでくださいって感じ。それに、負担になってないか、は俺が聞きたいぐらいなんだが?」
「全然、毎日でも・・・毎日がいいくらい。雄太がいるからそうはいかないけど」
「それはな」
何の話をしているのか、コメント欄がクエスチョンマークで埋め尽くされているように、一切伝わっていない。
「それ以外のストレス発散法見つけないといけないな」
「そうなんだよね。配信も楽しいんだけどさ、会社での立場あるから迂闊なこと言えなくて、結局気を使ってるし」
「カラオケは?この書斎は完全防音に近いだろ?」
「ありありのあり・・・あ、エンジョイサウンドが家庭用出してたよね」
「あったな。まだやってんのか?」
美優希はブラウザを開いてすぐに検索を掛ける。
エンジョイサウンドはカラオケ産業における二大巨頭の一つで、カラオケ屋に行くとほぼどちらかしかない。
「サブスクリプションのブラウザベースでやってる。登録しよ」
「DEMはサブスクリプションのPCアプリあるよ」
「そっちも登録する。URLちょうだい」
啓がふとコメント欄を見ると、カラオケ配信の渇望する声で埋め尽くされている。
「あー、みんな知らないんだ。カラオケ配信って、著作権が放棄されているか、JSRAC未登録じゃないと、何がどうあっても、ダメなんだよ」
「そうだね。私ら配信者が使用してる楽曲とか効果音って、著作権フリー、著作権保有者許可済み、オリジナルじゃないといけないんだよ」
「一時期さ、歌ってみたとか、演奏してみた系はほぼ消えたじゃん?それに、美優希はそれなりの立場を持ってるからさ、『リクエストあったので歌います』とはいかないのよ」
「これさ、前も言ったよね。現役時代に会社からお知らせかQ&Aで公開してるから、引退したので好き勝手やりますなんてできないよ。私これでも、取締役兼副社長だからね?」
話を逸らす為に、身分を明かし、見事にコメントは役職の話で持ち切りになった。
「あ、いい流れだし、MBAの件も話したら?」
「そうだね。MBAは再来年、アメリカに取りに行くよ。ちょうど二人目が二歳になるからさ。日本人学校もあるし、啓はこうしてるけど、英語ペラペラだから、全然任せられるし」
「俺もリンガスキルビジネスB1持ってるし、マネージャー時代は普通に英語でやり取りしてたよ。仕事辞めたのって、美優希が仕事に専念できるように、俺が家庭を守る為だから。お、やるか?」
啓に対して『ヒモ』という揶揄が飛んだ。
「それを言えるってことは、結婚してる皆は家事を分担できてるんだよな?」
「そうそう、それに、啓って飲食店の厨房経験もあってさ、なんなら管理栄養士の資格持ってるからね?啓のお祖父さんってパティシエで、両親は飲食店経営者だし。私が家事するのって休みの日の食事と、子供のおやつ作るぐらいだから、趣味みたいなもん。ってか趣味」
「で、家事全部が俺の仕事なわけ。子育ては分担だけど、家政婦雇ってないし、ルームツアーやったから広さは知ってるでしょ?掃除ロボット入れてるけど、結構大変なんだからな?」
「家政婦雇うぐらいなら啓にやってもらう感じよね。住み込みで働いてもらうなら、三十万じゃ効かないし。あと、啓は本出したし、まだ出す予定あるからね?舐めてかかったらだめだよ?」
題名は『アスリートの夫』で、エッセイではあるが、だいぶ硬い本で、素材制作部によって漫画化もしている。
ぐうの音も出ない啓の努力に、見事にコメント欄は謝罪で埋め尽くされたのだった。
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