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第十一章 復職
二節 カウンセリング
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子供の成長は早いもので、この間座れるようになって、歯が生えてきて、ハイハイするようになったと思ったらつかまり立ちができるようになった。
つかまり立ちができるようになったと思えば、乳離れが完了した。
「なんだか、寂しいですね」
育児の補助をしてくれているライエラにイネスはそう洩らした。体型も完全に元通りになったのもそう思う原因なのだろう。
「それでも抱っこは必要なことです。ようやく私も抱っこできるようになったのですが」
ベビーシッターのようなこともやってくれていたので、育児ノイローゼなんて無縁でいられて感謝しかない。しかし、ライエラに抱っこされて泣かなくなったのはハイハイができるようになったここ二ヶ月の話で、ライエラにはだいぶ苦労を掛けてしまった。
「申し訳ございません」
「いいのですよ。人見知りではなくても、親以外に抱っこされるのが嫌な赤ちゃんは一定数いますから」
ルシフェルが床座りしてクシェルの相手をして、それをライエラとイネスが傍目に話している。
「痛い、痛い、痛い」
突然ルシフェルがあまり大きくない悲鳴を上げた。
つかまり立ちができるようになったことで困っているのは、クシェルがルシフェルの髪をよく引っ張るのだ。
今まで触れることさえができなかったのが、座ったルシフェルにつかまり立ちすると髪が握れるようになってしまった。引っ張ることでルシフェルが反応するので面白がって遊んでいるのである。
「こらこら、ダメですよ、めー」
「やーん、あー!」
イネスがそれを止めさせて抱っこするとクシェルは泣き出してしまった。
「やー!」
善悪の判断などまだできやしないので、教えるまでもなく、泣き止むまで優しく抱いておくしかない。
今は興味がそこに向いているが、地上に降りれば好奇心をくすぐる物はたくさんあるので、ルシフェルも今だけ我慢している。
「ありがとう」
「はい。でも、辞めさせないといけませんね」
「今だけなんだ。天族と精霊以外に抱かせないから、その内止めるだろう」
「だといいのですが・・・」
痛いと言う言葉と意味が結びついて実感すれば、少し教えると大体はやめる。
「クシェル君はかなり頭が良いようですから、心配しなくても大丈夫です。少し飽き性な所もありますから」
経験豊富なライエラが言うと説得力がある。今いる天使の四分の一は彼女が出産から育児まで関わっており、乳母的な存在だからだ。
地上での注意について色々と説明を受け終わり、ライエラが退出した。クシェルの遊び相手をしながら、環境変化についてこられるのか心配していると来客が来た。
ウリエラと佐々木勇成、吉沢優那の三人だ
「少し協力してくれないかしら?」
「内容次第です」
勇成と優那がクシェルに夢中になったのを傍目に、ウリエラの話を聞く。
精神性のショックから立ち直りつつあるが、自己同一性障害に悩まされ続けており、ラビエルもややお手上げ状態になりつつある。
初めからウリエラにあてがったのは、権能の関係上、最後まで彼女は見捨てないからである。
「構いはしませんが、口出しはしない約束が欲しいですね」
「もちろんよ」
二人にとって、歳の差が良くない方向に働いているのではないかと感じ、歳の差がないルシフェルであれば効果があるのではないかということだ。
一回で効果が出るとは思えないが、価値がないとも言えない。ラビエルと相談の上、ウリエラは地上に戻る前に声をかけてきたのである。
勇成と優那を執務室に呼んでカウンセリングを行うことにした。
「今ある不安は何だい?」
ウリエラからとある機械を受け取って、二人と対面するようにソファに座りながら語りかけた。物腰を柔らかく、でも、あえて丁寧な言い回しはしない。
そんな問いかけに、二人してきょとんとして答えない。
「元の世界、地球には帰れないということは分かっているんだよね」
「「はい」」
「受け入れることはできた?」
答えない。
「そう・・・」
時間を使ってもしょうがないので、沈黙が答えだと伝えておく。
「どうして受け入れられないの?ああ、楽にして、背もたれに体を預けていいから」
心の向きが下にならないよう、ふさぎ込ませるようなことはさせない。
ウリエラはその意図を読んで、二人の肩に手を当てて、体を背もたれに誘導した。
「君たちのことは聞いてるよ。元の世界に戻れなくなったことも、自分たちと言う穴は埋められていたことも」
「あなたは、家族がこちらにいるじゃないですか」
「優那さん、それが受け入れられない理由だね。ふさぎ込まない。楽に楽に」
狼狽えてふさぎ込もうとする優那に注意を促す。きつくないように。
「勇成さんは?」
「同じです。母が心配で」
「心配する必要はないんじゃないかなぁ」
「「え」」
二人からすると『何言ってるんだ?こいつ』で、ウリエラもこの返しには納得してないようで、顔をしかめている。
「君たちと言う穴は、君たちに似た人で埋められた、違うかい?」
「そうだが・・・」
勇成は歯切れの悪い応答をした。
今になってはどういう原理なのか分からないのだが、似た人によって埋められていることに違いはない。
「埋めた人たちはどこまで君たちと似ていたのかなぁ?」
「ほぼ同じ、違いが分からないくらい」
先ほど食って掛かろうとした優那は、とってかわって思い出すようにそういった。
「自分より年上を心配するなんてずいぶんおこがましい話だ。とは言え家族だからな、仕方がない。自身と違いが分からない人によって穴が埋められている、つまり、君たちの複製体、君たちの言葉だとコピーだったか、によって埋められたんだよ。心配する必要はないだろう?」
「・・・」
「俺だって数時間とは言え、家族と切り離されてしまったんだ。だから君たちの心が分からない訳じゃない。でもさ、君たちのコピーで埋められたってことは、君たちの家族にとっては君たちがいなくなったってわけじゃないんだよ」
「じゃあ、ここにいる俺たちは何なんですか?」
今度は勇成が食って掛かってきた。
「随分栓のないことを考えるんだね」
「栓のないこと・・・」
「ここにいる自分は自分でしかないんだよ。例え君たち自身がコピーだったとしても、君たちはこれまでの柵から解放されたということでもあるんだよ」
「解放された?」
ルシフェルの言葉を復唱し、思ってもみなかった返しに力が抜けてしまっているようである。
「そう。君たちは今、家族や友達を気にする必要がない、社会を気にする必要がない、自由な立場にあるんだ。ユニゲイズやミカエラが君たちをどうするのか、それも聞いている。この世界で生きてもよし、我々天使の手伝いをしてもよし、選択できる状況にある」
「でも・・・」
蚊の鳴くような声で優那が訴えてきた。
「分かってるよ。個人としては心配をぬぐい切れないのは。家族が笑って過ごしているところを見ていないんでしょ?」
「ああ」
どうやら今ので受け入れられたのか、恋人として心配なのか、そこまでは分からないが、勇成は優那を気遣うしぐさをしながら答えた。
「それを見せてあげるのが特効薬ではあるんだが、流石にそれはできない」
量子再現観測器を使えば不可能ではない。
しかし、選択肢を残すのならその機械は使えない。また、今回の場合では、その機械で絶対見せられる保証はない。
「もし将来的に元の世界に帰れる時が来たとしよう。その時、君たちは今のままで、笑顔でただいまと言えるのかい?胸を張ってただいまと言えるのかい?お見上げ話をできるのかい?」
「・・・」
「天使やユニゲイズができないと言っていることは『今は』と言う話なんだ。数年後、数十年後なんて分からない。それこそ、君たちが今のままなら、周りに任せるしかない。悪いけど天族は親切じゃないし、暇じゃない。ってことは一生帰れない。でも、自分たちが努力したらどうよ?可能性は生まれないんだよ?」
沈黙する二人は徐々にふさぎ込んで行くが、ウリエラはさせまいとする。
「どちらが本物か突き付けられた君たちの心なんて分からない。だけど、考えることはできる。でもさ、真贋がはっきりして何になるのさ?それで漠然とした不安が取り除かれるわけじゃないんだよ。君たちは余計に悩むことになると思うよ?」
「なんで分かるのさ」
「死んだ家族が複製人間だった経験をしてるからさ。クローンって言うんだっけ」
「「は?」」
ルシフェルは二人に過去をざっくりと明かした。
「今でも、妹がクローンなのか本物なのか思うことはあるさ。妹だって自分の真贋に悩んだ時期もあったさ。でもね、どっちだったとしても、生物学上は妹に変わりはないし、兄であることに変わりはないのさ」
「・・・」
「他にクローンがいたとしてさ、俺からすると手のかかる妹が増えるだけなんだよな。むしろ家族が増えるんだよ。こんな喜ばしいことないだろ。漠然とした不安に怯えるのもいいんだが、それで何になるの?」
優那と勇成は顔を見合わせて何かを言うとしたが、ルシフェルは遮った。
「今更だけど、受け入れる必要なんてどこにもないんだよね。帰れないことも、家族のことも、自分の真贋も。今まで経験できなかった世界が目の前にある。そう、チャンスが。不安なんて抱えてるのが当たり前なんだから、まずはチャンスに目を向けてみたら?」
「あたり、まえ・・・」
「そう、当たり前。俺にはセレちゃんやイムちゃんのこともある。イネスとクシェルのこともある。なんなら妹のラジエラだって、俺の悩みの種なんだよ。不安の種なんだよ。その種を除くために殺す?そんな馬鹿な話はないだろう?」
「確かに」
勇成の同意に合わせるように優那も頷いた。
天使たちが未だに二人を殺してしまう判断をしないのは、生きるものを尊重するからである。それこそ、二人がいることによる不都合なんてないのだ。無用な生殺与奪はこれを許さないのが天族の法の一つである。
「今までもそうだったでしょ?不安や悩みを抱えながら前に進んできた。だからこそ生きているんだ。同じことをやるだけ。と言っても何やればいいのかわかんないよね?」
「「うん」」
「ただね、俺の領分超えてるんだわ」
そう言ってウリエラに顔を向けた。
「そうね。超えてるわね」
ウリエラは苦笑を浮かべるしかなかった。
このまま押し付けるつもりだったのだが、見事に躱されてしまったのである。天使は相談を受けない限り口出しはしない。それは相手の領分を侵さない為であり、自分の領分を守る為でもある。
二人に声をかけて立たせたウリエラに声をかけて、ルシフェルは機械を返した。
機械は彼らの本来の言語と意味を収録した辞書である。コピーやクローンに相当する言葉あるが単語そのものはない。カウンセリングを目的として彼らと喋る以上は、言葉の祖語など以ての外なので、ウリエラが渡してきたのである。
「あの、ありがとうございました」
「構いませんよ。私は現実と事実を突きつけただけですからね」
そうは言っても、二人を打ちのめすようなことまではしていない。
「でも、少し楽になりました」
「そう・・・とりあえず、これからは思考のるつぼにはまらないことですね」
「そうします」
優那の顔色は来た時よりも確かに良くなっているが、勇成はそうでもないらしく、少し考えている。過ぎなければ考えさせた方がいいのだ。間違った方向に向かないように。
「押し付けようったってそうはいきませんからね」
退室寸前のウリエラに向かってそう警告したのだった。
つかまり立ちができるようになったと思えば、乳離れが完了した。
「なんだか、寂しいですね」
育児の補助をしてくれているライエラにイネスはそう洩らした。体型も完全に元通りになったのもそう思う原因なのだろう。
「それでも抱っこは必要なことです。ようやく私も抱っこできるようになったのですが」
ベビーシッターのようなこともやってくれていたので、育児ノイローゼなんて無縁でいられて感謝しかない。しかし、ライエラに抱っこされて泣かなくなったのはハイハイができるようになったここ二ヶ月の話で、ライエラにはだいぶ苦労を掛けてしまった。
「申し訳ございません」
「いいのですよ。人見知りではなくても、親以外に抱っこされるのが嫌な赤ちゃんは一定数いますから」
ルシフェルが床座りしてクシェルの相手をして、それをライエラとイネスが傍目に話している。
「痛い、痛い、痛い」
突然ルシフェルがあまり大きくない悲鳴を上げた。
つかまり立ちができるようになったことで困っているのは、クシェルがルシフェルの髪をよく引っ張るのだ。
今まで触れることさえができなかったのが、座ったルシフェルにつかまり立ちすると髪が握れるようになってしまった。引っ張ることでルシフェルが反応するので面白がって遊んでいるのである。
「こらこら、ダメですよ、めー」
「やーん、あー!」
イネスがそれを止めさせて抱っこするとクシェルは泣き出してしまった。
「やー!」
善悪の判断などまだできやしないので、教えるまでもなく、泣き止むまで優しく抱いておくしかない。
今は興味がそこに向いているが、地上に降りれば好奇心をくすぐる物はたくさんあるので、ルシフェルも今だけ我慢している。
「ありがとう」
「はい。でも、辞めさせないといけませんね」
「今だけなんだ。天族と精霊以外に抱かせないから、その内止めるだろう」
「だといいのですが・・・」
痛いと言う言葉と意味が結びついて実感すれば、少し教えると大体はやめる。
「クシェル君はかなり頭が良いようですから、心配しなくても大丈夫です。少し飽き性な所もありますから」
経験豊富なライエラが言うと説得力がある。今いる天使の四分の一は彼女が出産から育児まで関わっており、乳母的な存在だからだ。
地上での注意について色々と説明を受け終わり、ライエラが退出した。クシェルの遊び相手をしながら、環境変化についてこられるのか心配していると来客が来た。
ウリエラと佐々木勇成、吉沢優那の三人だ
「少し協力してくれないかしら?」
「内容次第です」
勇成と優那がクシェルに夢中になったのを傍目に、ウリエラの話を聞く。
精神性のショックから立ち直りつつあるが、自己同一性障害に悩まされ続けており、ラビエルもややお手上げ状態になりつつある。
初めからウリエラにあてがったのは、権能の関係上、最後まで彼女は見捨てないからである。
「構いはしませんが、口出しはしない約束が欲しいですね」
「もちろんよ」
二人にとって、歳の差が良くない方向に働いているのではないかと感じ、歳の差がないルシフェルであれば効果があるのではないかということだ。
一回で効果が出るとは思えないが、価値がないとも言えない。ラビエルと相談の上、ウリエラは地上に戻る前に声をかけてきたのである。
勇成と優那を執務室に呼んでカウンセリングを行うことにした。
「今ある不安は何だい?」
ウリエラからとある機械を受け取って、二人と対面するようにソファに座りながら語りかけた。物腰を柔らかく、でも、あえて丁寧な言い回しはしない。
そんな問いかけに、二人してきょとんとして答えない。
「元の世界、地球には帰れないということは分かっているんだよね」
「「はい」」
「受け入れることはできた?」
答えない。
「そう・・・」
時間を使ってもしょうがないので、沈黙が答えだと伝えておく。
「どうして受け入れられないの?ああ、楽にして、背もたれに体を預けていいから」
心の向きが下にならないよう、ふさぎ込ませるようなことはさせない。
ウリエラはその意図を読んで、二人の肩に手を当てて、体を背もたれに誘導した。
「君たちのことは聞いてるよ。元の世界に戻れなくなったことも、自分たちと言う穴は埋められていたことも」
「あなたは、家族がこちらにいるじゃないですか」
「優那さん、それが受け入れられない理由だね。ふさぎ込まない。楽に楽に」
狼狽えてふさぎ込もうとする優那に注意を促す。きつくないように。
「勇成さんは?」
「同じです。母が心配で」
「心配する必要はないんじゃないかなぁ」
「「え」」
二人からすると『何言ってるんだ?こいつ』で、ウリエラもこの返しには納得してないようで、顔をしかめている。
「君たちと言う穴は、君たちに似た人で埋められた、違うかい?」
「そうだが・・・」
勇成は歯切れの悪い応答をした。
今になってはどういう原理なのか分からないのだが、似た人によって埋められていることに違いはない。
「埋めた人たちはどこまで君たちと似ていたのかなぁ?」
「ほぼ同じ、違いが分からないくらい」
先ほど食って掛かろうとした優那は、とってかわって思い出すようにそういった。
「自分より年上を心配するなんてずいぶんおこがましい話だ。とは言え家族だからな、仕方がない。自身と違いが分からない人によって穴が埋められている、つまり、君たちの複製体、君たちの言葉だとコピーだったか、によって埋められたんだよ。心配する必要はないだろう?」
「・・・」
「俺だって数時間とは言え、家族と切り離されてしまったんだ。だから君たちの心が分からない訳じゃない。でもさ、君たちのコピーで埋められたってことは、君たちの家族にとっては君たちがいなくなったってわけじゃないんだよ」
「じゃあ、ここにいる俺たちは何なんですか?」
今度は勇成が食って掛かってきた。
「随分栓のないことを考えるんだね」
「栓のないこと・・・」
「ここにいる自分は自分でしかないんだよ。例え君たち自身がコピーだったとしても、君たちはこれまでの柵から解放されたということでもあるんだよ」
「解放された?」
ルシフェルの言葉を復唱し、思ってもみなかった返しに力が抜けてしまっているようである。
「そう。君たちは今、家族や友達を気にする必要がない、社会を気にする必要がない、自由な立場にあるんだ。ユニゲイズやミカエラが君たちをどうするのか、それも聞いている。この世界で生きてもよし、我々天使の手伝いをしてもよし、選択できる状況にある」
「でも・・・」
蚊の鳴くような声で優那が訴えてきた。
「分かってるよ。個人としては心配をぬぐい切れないのは。家族が笑って過ごしているところを見ていないんでしょ?」
「ああ」
どうやら今ので受け入れられたのか、恋人として心配なのか、そこまでは分からないが、勇成は優那を気遣うしぐさをしながら答えた。
「それを見せてあげるのが特効薬ではあるんだが、流石にそれはできない」
量子再現観測器を使えば不可能ではない。
しかし、選択肢を残すのならその機械は使えない。また、今回の場合では、その機械で絶対見せられる保証はない。
「もし将来的に元の世界に帰れる時が来たとしよう。その時、君たちは今のままで、笑顔でただいまと言えるのかい?胸を張ってただいまと言えるのかい?お見上げ話をできるのかい?」
「・・・」
「天使やユニゲイズができないと言っていることは『今は』と言う話なんだ。数年後、数十年後なんて分からない。それこそ、君たちが今のままなら、周りに任せるしかない。悪いけど天族は親切じゃないし、暇じゃない。ってことは一生帰れない。でも、自分たちが努力したらどうよ?可能性は生まれないんだよ?」
沈黙する二人は徐々にふさぎ込んで行くが、ウリエラはさせまいとする。
「どちらが本物か突き付けられた君たちの心なんて分からない。だけど、考えることはできる。でもさ、真贋がはっきりして何になるのさ?それで漠然とした不安が取り除かれるわけじゃないんだよ。君たちは余計に悩むことになると思うよ?」
「なんで分かるのさ」
「死んだ家族が複製人間だった経験をしてるからさ。クローンって言うんだっけ」
「「は?」」
ルシフェルは二人に過去をざっくりと明かした。
「今でも、妹がクローンなのか本物なのか思うことはあるさ。妹だって自分の真贋に悩んだ時期もあったさ。でもね、どっちだったとしても、生物学上は妹に変わりはないし、兄であることに変わりはないのさ」
「・・・」
「他にクローンがいたとしてさ、俺からすると手のかかる妹が増えるだけなんだよな。むしろ家族が増えるんだよ。こんな喜ばしいことないだろ。漠然とした不安に怯えるのもいいんだが、それで何になるの?」
優那と勇成は顔を見合わせて何かを言うとしたが、ルシフェルは遮った。
「今更だけど、受け入れる必要なんてどこにもないんだよね。帰れないことも、家族のことも、自分の真贋も。今まで経験できなかった世界が目の前にある。そう、チャンスが。不安なんて抱えてるのが当たり前なんだから、まずはチャンスに目を向けてみたら?」
「あたり、まえ・・・」
「そう、当たり前。俺にはセレちゃんやイムちゃんのこともある。イネスとクシェルのこともある。なんなら妹のラジエラだって、俺の悩みの種なんだよ。不安の種なんだよ。その種を除くために殺す?そんな馬鹿な話はないだろう?」
「確かに」
勇成の同意に合わせるように優那も頷いた。
天使たちが未だに二人を殺してしまう判断をしないのは、生きるものを尊重するからである。それこそ、二人がいることによる不都合なんてないのだ。無用な生殺与奪はこれを許さないのが天族の法の一つである。
「今までもそうだったでしょ?不安や悩みを抱えながら前に進んできた。だからこそ生きているんだ。同じことをやるだけ。と言っても何やればいいのかわかんないよね?」
「「うん」」
「ただね、俺の領分超えてるんだわ」
そう言ってウリエラに顔を向けた。
「そうね。超えてるわね」
ウリエラは苦笑を浮かべるしかなかった。
このまま押し付けるつもりだったのだが、見事に躱されてしまったのである。天使は相談を受けない限り口出しはしない。それは相手の領分を侵さない為であり、自分の領分を守る為でもある。
二人に声をかけて立たせたウリエラに声をかけて、ルシフェルは機械を返した。
機械は彼らの本来の言語と意味を収録した辞書である。コピーやクローンに相当する言葉あるが単語そのものはない。カウンセリングを目的として彼らと喋る以上は、言葉の祖語など以ての外なので、ウリエラが渡してきたのである。
「あの、ありがとうございました」
「構いませんよ。私は現実と事実を突きつけただけですからね」
そうは言っても、二人を打ちのめすようなことまではしていない。
「でも、少し楽になりました」
「そう・・・とりあえず、これからは思考のるつぼにはまらないことですね」
「そうします」
優那の顔色は来た時よりも確かに良くなっているが、勇成はそうでもないらしく、少し考えている。過ぎなければ考えさせた方がいいのだ。間違った方向に向かないように。
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退室寸前のウリエラに向かってそう警告したのだった。
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