堕天使は天使となって生きる ~若き天使の子育て論~

紫隈嘉威(Σ・Χ)

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第十三章 自覚

四節 答え

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「ママ、お帰りなさい」
「ただいま」

 聖女たちとの会合から帰ってきたイネスをクシェルが出迎えた。
 イネスに抱かれてご機嫌のクシェルだが、実は、さっきまで寂しさでルシフェルに当たり散らし泣き疲れて寝ていた。
 双子がそうだったように、クシェルも訪れる人がいる事を察知できるらしく、むくりと起き上がって来て、ルシフェルにイネスが帰ってくることを伝えたのだった。
 そんなクシェルは、イネスが持ち帰ってきたお菓子をもらえると分かって上機嫌になっており、イネスに言われた通り、部屋にいる双子を呼びに行った。
 クシェルと手を繋いで現れた双子は、イネスとアイコンタクトを取る。
 これに対してルシフェルは知らないふりをした。何かしら企んでいるのか、女同士の秘密でもあるのか分からないが、それをつつくほどルシフェルは野暮な性格ではない。

「セレちゃん待ちなさい」
「え」

 お手洗いに行こうとしたところをイネスに引き止められ、ちょうどそのタイミングで帰ってきたラジエラがセレを見てこういった。

「あー、来ちゃったみたいだね」
「え、え?」

 セレのおしりが赤く染まり始めていたのだが、本人はよくわかっていない。試しにイムを立たせると、イムも同じように染まり始めていた。

「お姉ちゃんたち怪我したの?おしり真っ赤だよ」
「「は?!」」

 クシェルによって、双子はようやく自分たちがどうなっているのかわかり、怯えてしまった。

「怪我じゃないから大丈夫、クシェル、こっちにおいで」
「うん」
「マリ、イネス」
「うん」「ええ」

 ルシフェルはクシェルを呼んで抱き上げ、双子はマリとイネスと一緒にお風呂へ消えていった。クシェルに双子に何が起こっているかざっくりと教え、心配を取り除いてあげると、部屋を出て宿の厨房へと向かう。
 大人の体になった事を祝う為、夕食のメニューを豪華にしようと言うわけだ。
 当然のように料理人たちは快諾し、腕にりをかけるとまで豪語してくれた。頼もしい言葉を聞き、ルシフェルとクシェルは部屋に戻ったのだった。
 その日の夕食、双子はと言うと、少しだけ複雑な気持ちだった。
 お返しをする為に誕生日サプライズをしようと言うのに、その直前でまた祝ってもらえたことが気に食わない。
 寝る頃にはどうしようもないことだからと諦めてしまうのだが。
 第二神殿落成式当日
 拡声魔法で島中に聖母と教皇の声が届けられて始まったお祭り、時間が経つにつれて、この暑い中で獣の耳が付いた袖なしのパーカーを着た人が増えている。袖なしだからいい物の、フードをかぶらないとその真価は発揮されないので見ていて暑苦しい。
 その発祥元はカウトネン商会であるのは言うまでもないだろう。
 すでに出来上がっている物もあれば、リクエストを受けてその場で付けるパフォーマンスを行っており、その手際は見事と言うほかない。
 と言っても、双子はそれに食いつかなかった。ラジエラが数年前に先に作っていたので、物珍しさを感じないのが原因だ。
 双子が食いついたのは最近、この島で開発されたと言うシンプルな氷菓子だ。要するにかき氷だ。染色技術を応用し、水に色を付けることができるようになった。氷を整形する為の削ると言う概念が既にあり、氷を削る方法が開発されて生まれたのだ。
 かき氷は氷の彫刻師が削りカスで食べた時、思いのほか食感がよかったのが始まりである。

「「んー!」」

 アイスクリーム頭痛(彼らの言語では冷食頭痛)に肩をすくめた。

「ほら言わんこっちゃない」
「「今のが冷食頭痛?」」
「そう、だからゆっくり食べるの」
「「わかった」」

 三国の物流の中心地であるだけはあり、屋台がひしめき合う港のごった返しようはさすがと言うべきだろう。
 その中で、ギャロワ商会の屋台が他より客を集めているのは、ひとえにルシフェルが提供したレシピがあるからである。ルシフェルたちからしても、味が保障されるので安心して買い求められると言う利点がある。
 しかし、屋台のほとんどが食べ物で、これと言って遊べるものはない。
 一通り屋台を回って腹が膨れる頃に第二神殿へと移動すると、落成式最後の演目が披露されていた。孤児たちによる天使の舞、半日戦争をモチーフとし、この後に続く竣工式につなぐ為の演目である。
 これをもって一般観覧はできなくなるのは当然ではあるが、元神殿付き旅団である『大空への翼』は話が違う。正式に神殿から招待状が届いており、中身が中身なのでアージェ教としても無視はできなかったわけである。
 招待客は神殿の奥へ案内され、それぞれ着替えの部屋が与えられ、休憩を兼ねた着替えが終わると礼拝堂にある予め割り振られた椅子に座る。
 各国の外交官といる国はトップが並び、そこでは小さな外交戦が繰り広げられている。
 教皇と聖母が登場すると速やかに静まり返り、竣工式開始が告げられた。
 教皇が神殿完成と奉献の報告を礼拝堂に並べられた天使の彫刻に向かって行い、同時聖母と聖女たちが天使の彫刻に向かって祈りを捧げる。
 その最中に二人は後光を背負って現れた。ミカエラとバタルエルである。
 教皇は報告を辞めて跪き、ここにいる全員がそれに倣うように跪いた。
 どうやら今回のミカエラは付き添いらしい。バタルエルの後ろに控えて微笑んでいるだけだ。

「神殿の完成をうれしく思う」
「ありがたきお言葉にございます」
「お前たちの気持ちはうれしいが、残念なことに受け取ることはできん」

 バタルエルの紡ぐ言葉に礼拝堂は騒然となったが、教皇は「そうですか」と動揺している様子はない。
 いずれいなくなるのに動かせもしない物を、受け取れないと知っているのかもしれない。もしくは、奉献がパフォーマンスでしかないと心得ているのかもしれない。

「だが、時が訪れれば、この神殿を使うことになるかもしれん。その時は協力してくれるな?」
「当然でございます。その時はアージェ教の全てをもって」
「うむ、ありがとう。この神殿を権天使バタルエルの名の下に、この島の、引いてはこの世界の全ての者の心に安らぎを与える場所として認め、何人たりともこの神殿に悪意をもたらすことを禁ずる。後は、任せたぞ」

 返答も聞かずに消えていった。
 こうして、竣工式に置いて第一神殿同様に、天使降臨が起こり、ある意味では恙無く、ある意味では騒ぎとなって終了した。
 宿に戻ると双子とクシェルに同じことができるのか問い詰められる羽目になった。種は分かっており、難しい事でもないのでできると言って、方法までは教えなかった。
 翌日

「このような席に呼んでいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、このような席においでいただきありがとうございます」

 イネスと共にクシェルとルシフェルが聖女たちの開く茶会に呼ばれていた。
 第一聖女リリアーヌを筆頭に、第二聖女アンナ、第三聖女オレリアが出迎えてくれた。話題の中心はクシェルで、中身を知っているが故に興味津々である。
 やはり、クシェルは聖女たちの抱っこを拒んだ。
 しかし、遊んでくれるのはうれしいようで、手をつなぐ程度は受け入れている。
 完全に心を許していないから、と言えばそこまでなのだが、ルシフェルにはどうしても抱っこを拒む理由がわからない。
 ラジエラと双子が抱っこできるようになるのも時間がかかっている。時間が解決してくれることでもあると言うわけだが、その割には人懐っこい性格をしているのが不可解なのである。

「上手く行きそうですね」
「ありがとうございます」
「ふふ、精霊の御子様のお願いですからね。無碍にするのは罰当たりも甚だしいでしょう」
「違いありません」

 こんなリリアーヌとイネスの会話、ルシフェルには聞こえていない。
 そんな茶会が進行していく一方、宿の厨房は双子が壮絶な戦いを強いられていた。
 ケーキの生地は完成したのだが、ここに来て生乳の品質に踊らされて、生クリームが予定よりも少ない量になってしまったのである。
 追加で作ればいいだけなのだが、それによって生まれる脱脂乳の量も多い。
 その脱脂乳をどうするかが問題となった。ギャロワ商会としては別に引き取ってもよかったのだが、それでは双子の為にならないとラジエラが許さなかった。
 時間が限られているのでケーキを完成させた双子は、脱脂乳の使い道に悩んだ。
 ラジエラから一言、『これまで何を食べて来たの』と言われてようやく答えを出したのも、ルシフェル達が帰ってくるまで残り三十分を切らんとしていた。
 そうしてここからはラジエラの独壇場と化した。
 脱脂乳の水分を飛ばして濃厚にし、パン、シチュー、スープ、パエリア、ピッツァ、アイスを時間内に仕上げてしまった。
 これには見学していた料理人たちは舌を巻いた。
 無論、双子の汎用熟成魔法がないと作れないメニューも存在するのだが、特筆すべきはそのマルチタスク能力であろう。
 元々持っていた調理のスキルに加え、天で過ごす間の修行で調理を技能として獲得する寸前まで来ていたのである。汎用熟成魔法が使えないから技能化していないのだが、それだけが問題なので、レベルは非常に高いのである。
 そして、これがラジエラの権能『術の知』の効果だ。

「あたしゃあ、あんたにもっと早く出会いたかったよ」

 とモニクは漏らすほどに、一般人から見ても見事だった。
 そうして出来上がった品を料理人たちと共に、部屋に運んで、準備が整った。ルシフェルが宿の部屋に戻るのを今か今かと待った。

「「「ただいま」」」
「「「お兄ちゃん、誕生日おめでとう!」」」

 敷居をまたいだ瞬間に祝われて、ルシフェルはキョトンとした。いや、確かに今日は彼の誕生日であることに間違いはなく、自覚もしているのだが、これまでこのように祝われたことはない。

「パパ、おめでとう!」
「ユンカース様、おめでとうございます」

 裏でこそこそやっていたのは知っているが、これだとは思ってなかった。まさかと思いイネスに顔を向ける。

「そうです。聖女様たちがお呼びになったのも、この為です」

 ルシフェルは左手で顔を覆った。
 確かに触れないようにはしていた。それこそ、これまで誕生日がこんなにうれしいものと言う自覚はあったが、こんな祝われ方は初めてなのだ。
 必死に涙をこらえるのだが、周りは許してくれない。

「お兄ちゃん、頑張って二人でクーヘン|(ケーキ)作ったんだよ」
「マリお姉ちゃんのお手伝いして、いっぱい料理作ったよ」
「そうか、ありがとな」

 感無量とはこのことなのだろう。

「後ね、はい」
「私たちからの贈り物」

 そうして差し出された紺色の紙箱が差し出された。

「「開けてみて」」

 その中にあったのは青銀色の糸と赤銅色の糸、それぞれで施された二つの手拭い。

「「今までありがとう。あと一年、よろしくお願いします」」

 見事な三対の翼の刺繍がどんどん霞んでいく。
 自らの施した教育は間違ってなかった。この子たちの素質にちゃんとあっていたことが証明された瞬間でもある。
 ルシフェルは双子を抱きしめた。

「ありがとな、ほんとにありがとな。まだ、あと一年あるけど、二人とも、何かあったらすぐにおいで。お兄ちゃんは二人の味方だからな」
「「うん!」」

 双子を開放するとイムがこんなことを言い出した。

「お兄ちゃん、私の告白覚えてる?」
「覚えてるよ」
「私ね、気付いたんだ。お兄ちゃんに恋、してるわけじゃなくて、お兄ちゃんがいなくなるのが怖いだけだったんだ、って。ねぇ、お兄ちゃん、いいんだよね?いつでも甘えていいんだよね?」
「もちろん。家族だからね」

 やはりそうだった。甘える人が欲しくて、甘えられるルシフェルに執着しているだけだったのだ。

「だから、ごめんなさい」
「うん」
「でもね、お兄ちゃんのこと好きだからね」
「うん、分かってる」

 ルシフェルが手を伸ばすと、イムはそれに応えるように思いっ切り抱き着いた。
 ある意味では、イムの初恋はイムの手によって終わらせたと言えるだろう。執着を勘違いしていただけ、それを見抜かれたから返答を先延ばしにされた。だからこそ自覚できたのである。
 イムは生涯に渡ってこれを初恋だと認めることはない。
 ただし、セレによって生涯いじられ続けることになる。
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