賢者の転生実験

1巻試し読み

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トラックが突っ込んでくる。
少女が轢ひかれそうになっていた。
そう、少女を助けるために駆け寄って突き飛ばしたら、逆に自分が轢かれてしまったのだ。
何となく思い出してきた。
でもおかしい。自分は決してそんなことをする人間ではなかったはずなのだけれど。人間の本性は死ぬ間際まぎわに出るという話も聞いたことがある。これが自分の本性だったのだろうか。
それとも、何か他の特別な理由があったのか……よく覚えていない。
正確には、覚えていないというよりも、思考が纏まとまらないから「分からない」のだ。
自分は今、何やら暗いところを漂っているようだが、それが何処どこであるか明確には認識できない。
この暗さに、永遠に続く闇に、思考が、いや自分の存在がまるごと溶けてしまいそうになっている。
ああ、なるほど。これが「死」なのか。曖昧あいまいな意識で「それ」を受け入れはじめている自分が恐ろしかった。しかし、今の自分には死という永遠の闇に抗あらがうための確かな道標みちしるべが何もない。
そんな時、急に現実感があるというか、温かみのある生身の声が聞こえてくる。
「お。やっと交信に成功したみたいだ。そこにどなたかいますよね？」
声が聞こえてくるというよりも、魂たましいに直接響いているという感覚だろうか？　この声を失ったら自分の全存在が消えてしまうような気がする。早く答えなければならない。
「い、いる……」
「お～、ちゃんと返事ができるみたいですね」
死後の世界で自分に話しかける存在。ひょっとして――
「あなたはかみさま？」
「神様？　あ～なるほど。そう解釈かいしゃくしましたか。でも違います。僕は世間からは〝大賢者〟と呼ばれていますよ」
神様かと思ったけれど、違うらしかった。だが、賢者でも誰でもいい。助けて欲しい。
思えば、自分が過ごした人生は決して楽しいものではなかった。むしろ辛い人生だった気がする。
それなのに、どうして死にたくないと思うのだろうか。何か大切な理由があるのか、それとも生物としての本能なのか……思考が纏まらず、今の自分にはそれすらも分からない。
「たすけて」
「あーはい。私はそのつもりですから安心してください。でもその前に教えて欲しいのです。貴方あなたは僕とは違う世界の魂であるはずです。そちらの世界では魔法技術はどのように発展していますか？」
魔法？　魔法技術なんてあるわけがない。
「まほう……ない」
「何ですって？　魔法がないのにどうやって敵から身を守っているのですか？　私の考えでは、どんな世界であれ、言語を持つほど知的な生物になると、生存競争をするための身体的な能力は他の生物よりも劣るようになると思うのですけど？」
この暗闇の世界の道標は謎の声だけだ。必死に答えようとするが、うまく言葉を紡つむげずに、どうしても拙つたない返答になってしまう。
「ぶき」
「なるほど。貴方の世界では武器が発達したのですか。よほど凄い剣や弓があるんでしょうね」
この人は何を言っているのだ。剣や弓だって？　中世でもあるまいし。
「じゅう。せんしゃ、せんとうき、いーじすかん、かくみさいる、れーるがん……」
いけない。思考がさらに混濁こんだくしていく。
レールガンなんてものは実際の兵器としてはまだ運用されてないはずだ。研究自体はされているし、実験も成功していたと思うが、実用化しているのはアニメやラノベの世界の話だろう。
「かくみさいる？　れーるがん？　より詳しい説明を求めます」
何やら謎の声に訊きかれるままに説明している気がするが、もう自分が何を話しているかも分からない。それでも、すがりつく思いで自分が知るかぎりの知識を披露し続けた。
「なるほど。素晴らしい……。たまたま交信に成功した死にゆく魂のいた世界が、これほど科学技術に優れているとは思いませんでした」
今、自分を助けることができるであろう唯一の人物から高評価をもらえたようで、少しほっとした。その一方で、既に自分の存在が消滅しつつあるのを感じる。
「おっと。申し訳ありません。時間を使い過ぎたようですね。先ほど少し申し上げましたように、私は貴方を助けることができます。私が開発した〝究極魔法〟で貴方を〝転生〟させることができると思うのですよ。……きりゅう・れおくん？」
転生だって？　ひょっとして小説とかでよく出てくるあの転生だろうか。
「魂の状態でここまで的確に受け答えできるということは、貴方がとても聡明そうめいな証あかしです。どうも貴方はそちらで不幸な生涯を送られたようですが……、私個人としては、是非ぜひとも転生して頂きたいと思っています。ただ……」
褒ほめられたことは素直すなおに嬉しいし、今にも消えそうな自分としては転生の提案はありがたい。だが、何か奥歯に物が挟まったような言い方が気になる。
「ただ、この転生の秘術はまだ実験段階なんです。そこで、万全を期すために魂が入る前の胎児に貴方の魂を導きます。ちなみに、その胎児は僕の子供です。つまり、貴方は僕の子供になる、ということですが、どうでしょう？」
転生の提案だけでも驚いているのに、謎の声の人物が親になるって？　人の一生において親の比重は物凄く大きい。ある意味では、親が人生を決定付けるとも言える。この謎の人物が親で良いのか、曖昧な意識の中では判断できない。
「あ、そうだ。子供は双子ふたごになるということも魔法で分かっています。男の子と女の子ですから、性別を選ぶこともできますよ」
それも早く言って欲しい。重要な問題じゃないか！　でも、もう本当に意識が……
「わわわわわっ。どちらの性別が良いかなんて悠長ゆうちょうに聞いている場合じゃないみたいですね。とにかく転生したいかどうかだけ答えてください」
貴方は転生しますか？

はい←
いいえ