永劫の誇り – 鹿之助、燃ゆる戦国の灯』

honyarara

文字の大きさ
35 / 42
第十三章 旗の沈黙

旗の沈黙

しおりを挟む
春の嵐が去った後の静けさは、不気味なまでに張り詰めていた。出雲の山間に広がる平地にて、義軍と毛利軍は、互いの存在を意識しながらも、しばしの静寂を保っていた。戦火の前夜に訪れるこの“沈黙”は、ただ音が消えたのではなく、言葉にならぬ意思と感情が空を満たす、緊張の結晶であった。

鹿之介は、峠下の麓に仮設された陣屋の裏庭に立ち、ひとり風に靡く軍旗を見上げていた。
「かつての尼子が、この地に旗を掲げたとき、民は何を見たのか…。義とは言葉にあらず、誠の姿で示すものだ。」

彼のもとには、先の戦で捕虜とした毛利方の若武者から密書が届けられていた。そこにはただ一言、「なぜ戦うのか」とだけ記されていた。鹿之介は返筆を取らず、軍旗の足元にそれをそっと埋めた。「言葉では届かぬものがある。だから、我らは立つ」と。

その夜、義軍の兵たちは静かに火を囲んでいた。誰も高ぶった声を上げず、鎧の手入れにも言葉はなかった。ただひとり、若き兵が小さな詩を呟いた。
「心なき旗のもとでは、名は残れど、声は残らぬ。されど、心ある旗には、名を持たぬ者の願いが宿る。」
火が揺れ、詩が風に乗って消えた。

一方、毛利軍の前線拠点でも、同様の沈黙が支配していた。輝元は兵を集めず、ただ古文書を読みふけっていた。元就の筆になる一節――
「勝つとは、全てを奪うことにあらず。誇りを折らぬように折る技こそ、真の政である」
それを指でなぞり、静かに巻き閉じると、彼は呟いた。「鹿之介よ、貴殿が掲げる旗の重さを、我はどこまで受け止め得るか…」

こうして夜は深まり、両軍の間に流れる沈黙は、避けがたい衝突の前兆として刻まれていった。だがそれは、ただの戦の予兆ではない。旗とは誰が掲げるかではなく、「なぜ掲げるのか」を問われる瞬間だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『豊臣徳川両家政務会議録
〜高度な政治的判断でだいたい丸く収まるパラレル戦国〜』

cozy0802
歴史・時代
豊臣と徳川が“なぜか共存している”少し不思議な戦国時代。 そこでは定期的に、「天下のことをだいたい決める会」という政務会議が開かれている。 議長は淀殿。補佐は徳川秀忠殿。参考意見は豊臣秀次様。 そして私は――記録係、小早川秀秋。 議題はいつも重大。 しかし結論はだいたい、 「高度な政治的判断により現状維持」。 関ヶ原の到着時期の差異も、言いにくい史実も、 すべて会議の議事録として“やさしく処理”されていく。 これは、歴史が動きそうで動かない、 両家政務会議の記録コメディである。 だが―― この均衡がいつまで続くのかは、誰も知らない。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...