永劫の誇り – 鹿之助、燃ゆる戦国の灯』

honyarara

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第十三章 旗の沈黙

旗の沈黙

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春の嵐が去った後の静けさは、不気味なまでに張り詰めていた。出雲の山間に広がる平地にて、義軍と毛利軍は、互いの存在を意識しながらも、しばしの静寂を保っていた。戦火の前夜に訪れるこの“沈黙”は、ただ音が消えたのではなく、言葉にならぬ意思と感情が空を満たす、緊張の結晶であった。

鹿之介は、峠下の麓に仮設された陣屋の裏庭に立ち、ひとり風に靡く軍旗を見上げていた。
「かつての尼子が、この地に旗を掲げたとき、民は何を見たのか…。義とは言葉にあらず、誠の姿で示すものだ。」

彼のもとには、先の戦で捕虜とした毛利方の若武者から密書が届けられていた。そこにはただ一言、「なぜ戦うのか」とだけ記されていた。鹿之介は返筆を取らず、軍旗の足元にそれをそっと埋めた。「言葉では届かぬものがある。だから、我らは立つ」と。

その夜、義軍の兵たちは静かに火を囲んでいた。誰も高ぶった声を上げず、鎧の手入れにも言葉はなかった。ただひとり、若き兵が小さな詩を呟いた。
「心なき旗のもとでは、名は残れど、声は残らぬ。されど、心ある旗には、名を持たぬ者の願いが宿る。」
火が揺れ、詩が風に乗って消えた。

一方、毛利軍の前線拠点でも、同様の沈黙が支配していた。輝元は兵を集めず、ただ古文書を読みふけっていた。元就の筆になる一節――
「勝つとは、全てを奪うことにあらず。誇りを折らぬように折る技こそ、真の政である」
それを指でなぞり、静かに巻き閉じると、彼は呟いた。「鹿之介よ、貴殿が掲げる旗の重さを、我はどこまで受け止め得るか…」

こうして夜は深まり、両軍の間に流れる沈黙は、避けがたい衝突の前兆として刻まれていった。だがそれは、ただの戦の予兆ではない。旗とは誰が掲げるかではなく、「なぜ掲げるのか」を問われる瞬間だった。
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