百花征く剣 ~ 殺して奪うか、“えっち”して複製するか ~

凪山キコ

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第一章 アストラニア王国編

014 一般奴隷と捨てられた奴隷

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 ――五日後。

 実験は成功した。
 俺は五日間かけて、持っているスキルをすべてレベル8に上げ、最後に〈剣術〉だけをレベル9にしてみた。
 レベル8から9にするには、イレーヌに1万80倍を八回かける必要があり、身体への負担を考えると簡単にはできない。なので、今回は〈剣術〉だけだ。しかし、不思議なことに、後半になるとレベル8でも脳にダメージを受けなくなった。

「身体が……慣れた?」

 脳の記憶と関係なく、身体だけで慣れたりするものだろうか。もしかしたら、スキル複製の際にイレーヌに与えていた〈身体強化[7]〉が影響していたのかもしれないし、詳しいことはわからない。

 この五日間、俺は朝食と昼食を用意し、イレーヌを牢屋に残してダンジョンで訓練。夕食後にスキル上げをするという生活を繰り返していた。淡々とした日々だったが、イレーヌとの距離は少しずつ縮まっていった。

 イレーヌは二日目から口を開き、少しずつ打ち解けてきた。
 三日目には、自分の過去や組織に関する情報を整理して伝えたいと言い出す。五日目には、組織から離れたい、本当に助けてもらえれば協力したい、と率直に告げてきた。

「でも、急に協力すると言われてもなあ。そもそも、俺を殺そうとしたんだろ?」

「それは……謝罪するわ。アタシがアンタに敵わないことは、十分理解したから」

「そうは言ってもね……いきなり俺を殺そうとした相手を、どうやって信用しろっていうんだ?」

 イレーヌはしばらく沈黙した後、口を開いた。

「わかったわ……アンタの奴隷になるわ。そうすれば、アンタを裏切ったり害したりできなくなる」

 奴隷か……。
 確かに、パーティを組むときに必要かもしれないとは思っていたが。

 当初は、用がなくなったイレーヌを始末して元素還元するつもりだった。今のイレーヌは〈スキル・称号奪取(性)〉によってスキルを何一つ持っていない状態になっている。しかし、すでに始末しようという気持ちはなかった。情が湧いたのだろうか。恋愛感情でも愛玩感情でもないが、ここまで俺を強くしてくれたイレーヌを殺す気にはなれなかった。


「奴隷になるなら、俺とパーティを組んでもらうことになるけど?」

「それくらい別にいいわ。これでも昔はパーティを組んでいたこともあったのよ……結局、生き残ったのはアタシひとりだったけど」

 暗い過去がありそうだが、そこは突かないことにする。
 イレーヌをパーティメンバーにか……奴隷にすれば、決して裏切られないのであれば、俺が好きなようにスキルを与えられるようになるのか。これは大きいかもしれない。

「じゃあ、奴隷商館に行けばいいのかな?」

「そうそう。その前に……下着と服、よこしなさいよ!」

 そうだった。この五日間、イレーヌはずっと裸だった。はい、どうぞ。

 ◇

 イレーヌと二人で、以前ギルドから紹介されていた『アルトヴィア奴隷商館』に向かう。
 それは、メインの通りから少し外れた、裏通りと呼ばれるあまり人が歩いていない場所にひっそりとあった。建物はとても立派で、見た目だけで「何か高級なものを売っている店」といった雰囲気がある。もう少し汚いところをイメージしていたので、少しだけ驚いた。

 扉の前に立つ用心棒にギルドの紹介状を見せると、すぐに中へ案内された。
 窓がないので少し薄暗いが、ランプで照らされるカーペットや調度品は、素人の俺が見ても高級品だとわかる洗練されたものだった。
 案内された待合室のソファは、想像していたよりも沈み込むので少し驚いた。匂いの時点で高級なものとわかる紅茶が、目の前にでてきて口に付けた頃、奥の扉から中肉中背、五十代後半ほどの男性が入ってきた。上質な絹のローブを纏い、品の良さを感じさせる。

「ようこそお越しくださいました。ここ、アルトヴィア奴隷商館を預かっております館主、バルドランにございます」

「はじめまして。C級冒険者のアレスです。こちらがギルドからの紹介状になります」

「たしかに。では恐れ入りますが、ご用件をお聞かせいただけますでしょうか」

「こちらの彼女を私の奴隷にしていただきたいのですが、お願いできますか?」

 バルドランさんの右眉がぴくりと動いた。

「こちらの女性でいらっしゃいますか。お二人でお越しになったということは、すでに彼女のご同意も得られているものと存じます。少々お待ちください。書類を整えさせていただきます。なにぶん、当店で一般奴隷の契約が行われるのは、この十年ほどなかったものでして」

 聞くと、この『アストラニア王国』で奴隷になるのは、借金奴隷か犯罪奴隷で、その昔身分差別で奴隷として扱われていた一般奴隷は現在はいなくなったそうだ。
 現在この国で一般奴隷になれるのは、自ら奴隷を希望した極めて稀な者で、数えるほどしかいないらしい。ただあくまでも「この国でなれるのは」であって、他国から輸入された奴隷も一般奴隷と呼ばれる。外見だけでは、それが借金奴隷か犯罪奴隷か、はたまた一般奴隷なのかは判別できないという。

「借金奴隷や犯罪奴隷の場合は、国の隷属管理局に申請を出し、強制隷属魔法陣にて初めの隷属魔法を施すのですが、今回は一般奴隷でございますので、こちらで隷属魔法をかけさせていただきます。ただし、対象となる方が本意でない場合、魔法は失敗することがございます。成功・失敗にかかわらず料金は変わりませんが、それでもよろしいでしょうか」

「はい、構いません」

 ここまで一言もしゃべっていないイレーヌも頷いている。
 奴隷を害さず大切に扱う誓約書など、いくつかの書類に記名した。奴隷契約期間は最低の五年にしてある。その後、イレーヌに隷属魔法をかけることになった。

「さて、隷属形態は〈血契約ブラッドオース〉のみでよろしいのでしょうか?」

 〈血契約ブラッドオース〉のみというのは、奴隷は主人を害したり裏切ることはできなくなるが、主人は奴隷に命令を強制することはできない、最も軽い隷属形態である。俺はイレーヌに裏切られなければいいだけなので、これでいい。

「はい、それでお願いします」

「承知しました。それでは――隷属の女神ドミナリエの権能を介して隷属の精霊に命ず。左の者“アレス”を主人とし、右の者“イレーヌ”をそれに従属する奴隷とした、決して破られることのない血の契約を成立させよ――〈血契約ブラッドオース〉」

 その瞬間、赤い光に包まれた。その光はゆっくりと形を変え、二人の身体をつなぐ細い糸のように伸びていった。

 俺は息をのむ。胸の奥がじんと熱くなる。
 イレーヌは目を閉じて、静かにその光を受け入れたようだ。

 二人をつないだ光が一度強く輝き、次の瞬間にはすっと消えた。
 そして――〈血契約ブラッドオース〉は完了した。

「では、このチョーカーを奴隷にお付けください」

 バルドランさんから黒いチョーカーを受け取り、イレーヌの首に着ける。このチョーカー自体には何の機能もなく、ただ他の人が奴隷と判別するためだけのものらしい。
 そして奴隷は主人と同じソファに座ってはいけないらしい。イレーヌはすっと俺の後ろに立った。

「アレス様、ほかにご所望はございますでしょうか?」

「そうですね……奴隷を冒険者パーティのメンバーに考えているのですが、お勧めの奴隷がいたら見せてもらえますか?」

「承知いたしました。数名お連れいたします」

 連れてこられたのは全員男性だった。しまった、性別指定していなかった。男のスキルはいじれないな、さすがに。

「あー、例えばエルフの女性とか、いますか?」

 何気なしに「異世界と言えばエルフだよな」くらいのつもりで聞いたのだが、その言葉で部屋の空気が少し冷たくなった。バルドランさんの表情が変わる。

「まさかとは存じますが……エルフを奴隷とすることが国際法で禁じられていることをご存じないのですか? エルフの奴隷、あるいは身元不明のエルフを所持した場合には、厳しく処罰されることになります。今後は、このようなことを軽々しく口にされぬよう、くれぐれもご注意くださいませ」

 なんと、エルフはその美しさから世界中で欲しがる貴族が続出し、多くのエルフが誘拐され違法奴隷になった過去があり、借金奴隷、犯罪奴隷になりそうなエルフ、身元が明らかでないエルフは、エルフの国《リーファリア王国》に引き渡すことになっている。もしエルフの奴隷や身元が明らかでないエルフを所持していた場合は罰せられるそうだ。身元不明のエルフなら冒険者にしてしまえばいいのではと聞いたら、エルフが冒険者登録するには《リーファリア王国》で発行した身分証明書が必要だとのことだった。

「不見識で申し訳ありません。以後気を付けます」

 しまったな。変な空気にしてしまった。

「あの、多少怪我をしていても構わないので、戦える女性の奴隷はいますか?」

「怪我でございますか……かなり重症のものも含まれますでしょうか?」

「ええ、問題ないです」

「一名おります……しかし、すでに虫の息で、商材としては価値がございません。それでもよろしゅうございますか」

「はい。一度見せてもらえますか」

 バルドランさんが立ち上がり、「ではこちらへ」と案内する。イレーヌも後ろからついてくる。

 高級そうなカーペットが敷かれた廊下が、奥に進むにつれて石造りむき出しの廊下に変わっていく。
 石造りの廊下には、鉄格子の部屋がいくつもあった。さらに奥に進むと、すえた臭いも混ざるようになってきて、奥へいくほどアンモニア臭やさまざまな嫌な匂いが混ざってきた。
 顔をしかめるような臭いになってきた頃、バルドランさんが立ち止まった。

「あの奴隷なのですが……」

 指さされた鉄格子の奥には、重症どころか生きているようには見えない姿の奴隷がいた。
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