百花征く剣 ~ 殺して奪うか、“えっち”して複製するか ~

凪山キコ

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第三章 エヴァルシア開発編

117 アンデッド迷宮(3) 踏破できない迷宮

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 ――アンデッド迷宮 地下三十階 ボス部屋前。

『相変わらず、とんでもない速さでここまで来たな、アレス。昼休憩を含めても五時間もかかってねぇ。なんなんだよ、お前らの強さは』

「俺とエリュシアを軽くあしらってたやつが、よく言うぜ」

『あれはお前が剣だったからだろ。イレーヌとリディア相手だったら、勝てる気しねぇよ』

「じゃあ、今回も撮影して、さくっと終わらせるぞ」

 そう言って、そのままボス部屋の扉を開き、中へと踏み込む。
 足を踏み入れた瞬間、空気の重さがはっきりと変わった。

「ミイラ×4、サンドスコーピオン×4、サンドスネーク×4、アヌビス・ガーディアン×4と……あいつは何だ?」

 部屋の天井は高く、砂岩色の石柱が円を描くように立ち並んでいる。壁面には古代文字めいた紋様がびっしりと浮き彫りにされ、どこか神殿めいた荘厳さを漂わせていた。
 その中央、玉座のように盛り上がった岩座の上に、それは静かに身を横たえていた。

 獅子の体。
 筋肉の隆起は彫像のように洗練され、黄金色の体毛は薄く砂をまとって鈍く光っている。巨大な前脚の爪は床石をわずかに抉り、その一本一本が刃のような鋭さを秘めていた。尾はゆったりと地を打ち、静止しているにもかかわらず、獣としての圧倒的な威圧感を周囲に放っている。

 だが、その首の先にあるのは――人間の女性の顔だった。

 切れ長の瞳は理知と冷酷さを併せ持ち、こちらを見据える視線には、獲物を見る猛獣とは異なる“測る”色がある。整った輪郭は神殿の女神像を思わせ、唇には微かな笑みが浮かんでいた。
 それは慈悲でも誘惑でもない。ただ、問いを投げかける者の表情だった。

「――スフィンクス!」

 〈鑑定〉の結果、獅子の体に人間の女性の顔を持つ魔物、“スフィンクス”と表示された。

 (スフィンクスって石像のイメージだったから、最初はピンとこなかったな……生きているスフィンクスか。スキルは……〈真理眼〉!)

「レオン、悪いが今回は宝箱はなしだ。たとえガルドに何を言われても、そうする。あきらめてくれ」

『いや、別に俺は構わねぇが……どうするんだ?』

「ドロップに変わる前に、死体を亜空間に収納する」

『はあ!? そんなことできんのか!?』

「結構タイミングはシビアだけどな。オークなんかは成功すれば、ドロップを全部回収できるぞ」

『マジかよ……それ今言ってよかったのか? 他の冒険者も真似するぞ?』

「ああ、構わない。それで素材が集まるなら、俺としてはむしろ歓迎だ。ただし、マジックバッグでこれをやろうとしたらかなり大変だぞ。やってみれば分かる。できれば〈無詠唱〉と〈空間魔法〉のスキルを両方持っているやつにすすめたい」

『アレス……そんなやつ、ほとんどいねぇよ……』


 さて、肝心のスフィンクス戦だが――。

「誰がやる? 正直、誰がやっても瞬殺な気はするが。スフィンクス以外は“全滅バッチ”で倒すぞ」

 セオリー通りなら、スフィンクスは“なぞかけ”でもやってくるのかもしれないが、面倒だ。さっさと倒そう。

「じゃあ、たまにはアタシが接近戦をやってみようかな」

 そう言って、イレーヌは両手にショートソードを構えた。

「じゃあ、イレーヌに任せる。〈バッチ処理〉起動」

 止めていた〈バッチ処理〉を起動した瞬間、スフィンクス以外の魔物が一斉に消え失せた。
 死体は自動的に亜空間へと収納されていく。

「じゃ、いってきまーす」

 力の抜けるような一言を残し、イレーヌは〈空間転移テレポート〉でスフィンクスの目前へと転移した。
 次の瞬間、両手のミスリル製ショートソードが閃き、スフィンクスの首は一撃で胴から離れた。

「はい、収納っと。お疲れさま。次のセーフルームで紅茶でも飲んでから、先に進もう」

 俺たちはボス部屋の先にあるセーフルームで、紅茶を飲みながら一息ついた。


 その頃――王都冒険者ギルド一階、掲示板近くのモニター前では。

「〈百花繚乱〉って、あんなに強かったのかよ! 地下三十階まで、全部スライム倒してるみたいじゃねぇか!」
「イレーヌさん、すごい……一瞬でボスのそばに近づいたと思ったら、一撃で首を落とすなんて。あれ、地下三十階のボスよね?」
「Aランクって、こんな次元なのかよ……先は遠いな……」
「あの“ダンジョンのオークの死体を収納する”って話、試してみたいわね」
「ああ、俺はその前にマジックバッグを買わないとな……」

 冒険者ギルド内は、モニターを見上げる冒険者たちでごった返していた。


 ――アンデッド迷宮 地下三十一階。

 前の階層までのピラミッド内部とは、明らかに景色が変わっていた。

「……城の中か?」

 石畳の床は黒曜石のように光を拒み、歩くたびに靴底が乾いた音を立てる。壁一面には蔦と棺を思わせる彫刻が施され、装飾の隙間からは赤黒い結晶が覗いていた。結晶は脈打つように淡く輝き、城そのものが呼吸しているかのような錯覚を与える。

 通路に満ちる空気は重く、鉄錆と甘い花蜜が混じった匂いが鼻を刺した。等間隔に並ぶ燭台の炎は暗紅色で、影だけが意思を持つかのように床や壁を這い回り、視界の端で揺れ続けている。

 広間に出ると、天井は異様なほど高く、円天井の奥に刻まれた紋様が闇に溶け込んでいた。両脇には石像の騎士が立ち並び、胸元を押さえたその姿は、何かを守るというより、失われたものを悼んでいるように見える。唇に刻まれた微かな笑みが、不気味な静けさを際立たせていた。

『気をつけろ、アレス。アンデッドで城となると、思いつく魔物は一つしかない。「途中で“ヴァンパイア”が出てくるダンジョンは踏破できない」ってのが、冒険者の間での通説だ。場合によっては、引き返すことも考えておけ』

 やはり思い当たるのはヴァンパイアか。しかし――。

「レオン、どうして途中にヴァンパイアが出ると踏破できないんだ?」

『それは分からん。ただ、挑んだやつが誰も帰ってこなかったという事実があるだけだ』

 なるほど。挑んだパーティが尽く全滅したのなら、理由が分からないのも無理はない。

「まあ、行けるところまで行ってみるさ」

 地下四十階までの魔物だ。俺たちからすれば、そこまで脅威になるとは思えない。
 しばらく進んだところで、羽ばたく音が一斉に響いてきた。

「何か来るぞ。数は……二十!?」

 二十体同時は初めてだ。姿を現したのは、ブラッドバットと呼ばれる蝙蝠型の魔物だった。

「数は多いが、〈光弾ライトショット〉一発で倒せるな」

 俺は次々と〈光弾ライトショット〉を放っていく。
 だが、その直後――。

「うっ! 耳が!」

 エリュシア、リディア、イレーヌの三人が耳を押さえてうずくまった。俺は少し距離を取っていたため影響を受けなかったが、これは間違いなく、こいつが持っているスキル、〈超音波〉だ。

「面倒なやつだ……こいつは“全滅バッチ”指定。起動」

 “全滅バッチ”の起動と同時に、ブラッドバットの群れは一瞬で消え去った。

「これ以降のブラッドバットは“全滅バッチ”で処理する。安心してくれ。この階層の宝箱を回収したら、次の階層へ進もう」

 宝箱の中には、各種宝石がぎっしりと詰まっていた。

『アレス……やっぱりお前たちが開ける宝箱、入っている数が異常だぞ。こんな量、見たことねぇ』

 たまたまだろう、ということで話を流す。


 ――アンデッド迷宮 地下三十二階。

 ブラッドバットは“全滅バッチ”に指定したため、もう姿を見せない。
 しばらく進んだ先で現れたのは――メイド服の女性だった。

「……え? 迷宮に、メイドさん?」

『馬鹿野郎アレス! そいつは魔物だ!』

 気づいた瞬間、そのメイドは両手に持った二本のナイフを投げつけてきた。しかし、リディアが軽く盾で弾き落とす。

 〈鑑定〉すると、魔物名はダークメイド。肌は青白く、眼は紅く光っている。腐っていないゾンビのようなものだろうか。
 ここまで見た目がほぼヒューマンの敵は初めてで、正直やりづらい。

「アレスはやりにくいだろ。ここはアタシたちに任せな」

 イレーヌが察したように言い、俺を外して三人でダークメイドを討伐した。
 ドロップは暗黒服布。これも死体回収で問題なさそうだ。

「一応、“全滅バッチ”にダークメイドも追加する。ただ、この階層あたりからは一発で死なないかもしれない。倒し損ねていたら頼む」

「了解」
「承知しました」
「りょーかい」

 普段なら他の冒険者の迷惑にならないよう、一撃必殺のときにしか“全滅バッチ”は使わない。
 だが今回は、俺たち以外に冒険者はいない。フロア全体の魔物に何発かかろうが、倒しきるまで〈バッチ処理〉で魔法を打ち込み続けても問題はなかった。
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