百花征く剣 ~ 殺して奪うか、“えっち”して複製するか ~

凪山キコ

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第三章 エヴァルシア開発編

145 白い花に託す想い(1)

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 あと十日もしないうちに、俺がこの世界に来てから一年になる。振り返ってみれば、この一年で実に多くのものが変わった。
 この世界に来た当初、これほど仲間が増え、挙げ句の果てに街まで築いているなど、想像すらしていなかった。

 すでに街の運営も軌道に乗り、俺の手をほとんど離れている。今や俺が不在でも、街は自立して発展していける段階にまで成長していた。

 (そろそろ俺も、冒険者に戻ってもよさそうだな)

 そんなことを考えていると、リディアから〈念話〉が届いた。

『アレスさま。屋敷の隣の鉄格子の中に、荷馬車が四台来ています』

『了解。すぐ行く』

 もう帝国側から奴隷商が来ることはないと思っていたのだが、意外だった。俺は屋敷の隣にある鉄格子の設置場所へと急いだ。

「ん? あれは何をしているんだ?」

 鉄格子に張られた〈空架障壁スペースシールド〉へ、断続的に魔法が撃ち込まれている。

「アレスさま、おそらく鉄格子を破壊しようとしているのではないかと」

「今回は護衛に魔法使いを雇ったのかな?」

 様子を見る限り、簡易詠唱で魔法を撃ち続けている。〈無詠唱〉の使い手だろう。

 三十代ほどに見えるその男は、背中に流れるほどの長い黒髪を持つ魔法使いだった。この世界では珍しいほど太っており、丸みを帯びただらしない体躯は、ローブの上からでも一目で分かる。
 身にまとっている魔法使いのローブは、仕立ても素材も一級品で、随所に施された刺繍や魔力伝導の細工が、彼の本来の地位や財力を雄弁に物語っていた。

 だが、その高級な装いは、今の状況ではひどく場違いに見える。
 男は荒い息を吐き、額に汗を滲ませながら鉄格子の前に立ち、焦燥と苛立ちを露わにして簡易詠唱の魔法を連発していた。壊れぬ檻に向かって、なおも惜しげなく魔力を注ぎ込んでいた。

「おーい。抵抗しないなら手荒な真似はしないぞ。魔法を撃つのをやめて、おとなしく話を聞いてくれ」

 俺は声をかけたが、

「うるせぇ! この程度の障壁など、俺の魔法にかかれば木っ端みじんよ!」

 ――いや、もう十分壊せていないだろう。
 呆れた俺は、男に〈熟睡ディープスリープ〉をかけた。

「とりあえず地下牢に入れておくか。救助者のほうは頼む」

「承知しました」

 救助者の対応はリディアに任せ、俺は魔法使いと奴隷商四人を地下牢まで運ぶことにしたのだが、

「アレス、手伝おうか?」

 エリュシアが声をかけてきた。今日はシアとリオナとのダンジョンアタックが休みで、暇らしい。

「ああ、じゃあ手伝ってくれ」

 俺とエリュシアは、魔法使いの男と四人の奴隷商を地下牢へと運んだ。


 地下牢に放り込む際、この太った、眠っているにもかかわらず、口元をにやけさせている男が気になったので、魔法使いだけは別の牢に入れることにした。

 奴隷商を収監し終えたエリュシアも、こちらへやって来る。

「どうしたんだ、アレス。そいつが気になるのか?」

「そうだな。素で〈無詠唱〉を持っている魔法使いは、初めて見た。ちょっと〈鑑定〉してみる」


 ミノル ヒューマン 三十二歳
 Aランク冒険者 《賢者》

 所持スキル:
  土魔法[8]
  隷属魔法[8]
  変身魔法[8]
  呪魔法[10]
  鑑定[8]
  アイテムボックスS
  無詠唱
  複合魔法
  念話
  全言語理解


 ん? 〈アイテムボックスS〉に〈全言語理解〉……。
 これは――転生者か?

 俺はミノルを起こして、直接話を聞くことにした。回復魔法〈覚醒アウェイク〉をかける。

「ん、ん? ここはどこだ?」

「起きたか、ミノル。ここは地下牢だ。魔法が使えない領域で、声も外には漏れない。おとなしく話してくれれば、危害を加えるつもりはない」

「ふん、なるほどな。だから奴隷商が一人も帰ってこないわけだ」

 やはり、帰ってこない奴隷商を警戒して、護衛として付けられたのだろう。

「ところでミノル、お前は転生者なのか? スキル構成がどうにも転生者っぽいんだが」

「おう、よく分かったな。俺は転生者だ。こっちの世界に来て十五年になる」

 なるほどな。
 そういう人材なら、ぜひとも味方に引き入れたい。うちの仲間はほぼ女性ばかりだし、男手が欲しいと思っていたところだ。

「俺たちの街づくりに協力してくれるなら、悪いようにはしないが、どうだ?」

 少し考え込んだ後、ミノルは答えた。

「ふむ、悪くない話だな。ただ、しばらくはここにいさせてもらう。さっきまで敵対していた相手だ。いきなり信用しろってのも無理があるだろう。ほとぼりが冷めるまで、ここで考えさせてもらうよ」

「そうか。ぜひ、前向きに検討してくれ」

 ミノルが手を差し出してきたので、俺はそれを握り返した。

「ああ。それと、そちらの女性もよろしく」

 エリュシアもミノルと握手を交わす。

「ん?」

 ミノルが小さく声を漏らした。

「どうした、ミノル?」

「ああ、いや。この女性、奴隷なのか? 何か違う感じがしたんだが」

「ああ、そのあたりはおいおい説明するよ。食事と酒だけは自慢のものを出す。地下牢だが、ゆっくりしてくれ」

「はは、ありがたく世話になる」

 そうしてミノルと別れ、一応決まりなので、牢の鍵は閉めておいた。

 ◇

 夜。
 街の住民の治療はすでに終わっており、今は通常のローテーションに戻っている。最近はパーティ単位で相手をすることが多く、今日は〈百花繚乱〉のイレーヌ、リディア、ルビナ、エリュシアの番だった。

 ところが――

「あ、アタシは今日は体調が悪くてね。見学しとくよ」

 そう言って、エリュシアは俺の部屋のソファに腰を下ろした。珍しいことだ。この世界では、体調不良の多くが魔法で治るため、こうしたケースはあまりない。

「大丈夫か、エリュシア。魔法をかけてみようか?」

「いや、大丈夫だ。これは人造魔人特有のものだろう。しばらくすれば治る」

 そう言われたので、エリュシアを除いた三人を朝まで相手することにした。

 ◇

 翌日。
 朝から今日は何をするか考えていると、エリュシアがやって来た。

「昼食後に時間をもらえないか。話したいことがある」

 エリュシアから話を切り出されるのは珍しい。特に予定もなかったため、了承した。

 エリュシアと別れた直後、白虎族のシアと青龍族のリオナが近づいてくる。

「なあアレス。エリュシアねえちゃん、体調悪いって聞いたけど、大丈夫なのか?」

「え? まだ体調が悪いの?」

「昨日も休みだったのに、今日もダンジョンを休むって」

 ――あれ?
 思ったより深刻なのかもしれない。

「午後からエリュシアと話す約束をしている。そのとき、詳しく聞いてみるよ」

 今すぐ様子を聞きたい気もするが、約束は午後だ。
 それまでに、少しでも元気づけられることは――。

 あ、そうだ。

 エリュシアは、ああ見えて花が好きだ。特に森の中で咲く白い花が好きなのを、俺は知っている。
 最近まで名前を知らなかったが、レオンに聞いたところ、図鑑を見せてくれた。『ルミナ・ブランカ』という花らしい。

 魔力の濃い森の奥深く、人の踏み入らぬ場所にだけひっそりと咲く白い花。
 花弁は月光を溶かしたかのように淡く輝き、夜ともなれば周囲の魔力に呼応して、ほのかな光を放つ。その姿は清廉で儚げだが、近づくと空気がわずかに震え、魔力が吸い取られていく感覚を肌で覚えるという。

 この花は土や水ではなく、周囲に満ちる魔力そのものを養分として育つ。そのため開花時期は一定せず、一年のうちいつ咲くのかを正確に知る者はいない。
 森の魔力が満ち、条件が揃った瞬間にのみ蕾を開き、数日も経たずに跡形もなく散ってしまうそうだ。

 希少性ゆえに価値は極めて高く、魔導師や薬師の間では垂涎の素材とされている。
 花弁を乾燥させて調合すれば、高い魔力回復効果を持つ秘薬となり、重傷時でも魔力枯渇から立ち直らせる力を持つ。さらに、核となる部分を魔道具に組み込めば、魔力効率を大幅に高める触媒として機能し、上位魔法の発動を安定させるという。

 以前、森に避難していた人々を助けた際、あの周辺で咲いているのを見かけたことがある。
 年中花が咲く不思議な植物でもあるため、十二月末のこの時期でも、どこかで咲いているかもしれない。

 俺はそう考え、午前中のうちに花を摘みに森へ出かけることにした。
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